マジックミラー
華紫亜は2人と別れると、目にも止まらぬ早さで指示されたミラールームの建物へ移動した。すぐに入口を見つけた為、息を潜めながら中へ足を踏み入れると中の様子を伺っていた。
このミラールーム。やはり、ただのミラールームではございませんでした。
まさかマジックミラーの中で戦うことがメインイベントだなんて誰が想像したでしょう。
ミラールームには入口がたった1箇所だけあった。
扉を開けると、そこにはミラールームとは程遠い木で作られた道が続いていた。扉は通用口だったようだ。
道なりに進むと、これまた木でできた扉が目の前に現れた。
周りを警戒しつつ扉を開くと、部屋の中に透明の壁に囲まれた小部屋があった。
その中には倒れている鴇鮫さんと牡丹さん、2人の側にいる和倉さんと椿さんがいた。
それと同時に、その部屋の外側では背の低い男の子が2人笑いながらその様子を見ていた。
椿さん達が外側にいる2人に気がついてない様子を見ると、あの透明の部屋がマジックミラーになっている事が予想ついた。
きっとあの2人が主犯に違いないが、今乱入した所で確実に4人を助けられるか定かでなかった為、一旦扉の影から2人に気が付かれないよう注意しつつ行く末を見守る事にした。
椿さんが牡丹さんの偽物と戦い終え無事勝利した為安堵したのも束の間、突然和倉さんがその場に倒れ込んだ。
そしてすぐに椿さんも膝から崩れ落ち、頭を抱え始めた。
一体何が起きているのでしょうか。
疑問だらけだが、そんな中唯一確実に分かることは、今目の前で高らかに笑う2人の男の子が原因だということだった。
マジックミラーの一角が扉のように開いたと思うと、2人は中へ入り椿さんと話を始めた。
僕も静かに部屋の中へ入り、扉になっているマジックミラーまで近づいた。
マジックミラーの中にいてこちらに気が付かない2人。
僕は、椿さんと2人の会話に耳を傾けつつ、2人に攻撃を仕掛けるタイミングを伺った。
「「アハハハハ!!」」
2人が高らかに笑うと、絶望の表情を浮かべた椿さん。
椿さんは必死に牡丹さんへ手を伸ばす。
しかしその手は届かないまま、椿さんは意識を失ってしまった。
「今回ハ、イツモヨリ楽シカッタネ、ラミー!」
「ソウダネ、ミラー。マサカ、コンナニ強イ人達ヲコチラ側へ連レテ来レルトハネ。」
「流石アリシャ!見ル目ガアルネ!」
アリシャ⋯⋯先程ホワリさんから伺った、HDFのリーダーさんのことでしょう。
それに、『今回も』という言葉。貴方達はどれくらいの人々を苦しめて来たのでしょう。
倒れる4人を前にニコニコと笑い合う2人は、悪い事をしているなど毛頭思っていない無垢な子どものように見えた。
「ソレジャ、早速頂コウカ!」
僕はそんなミラーさんの言葉に違和感を覚えた。
頂く?⋯⋯それって⋯⋯
僕が考えるよりも先に、ミラーさんとラミーさんは行動を示した。
「ソウダネ。今日モ素敵ナゴ馳走ニ感謝シテ⋯⋯。」
「「イタダキm」」
シュンッ!!
「ナニ!?」
「ナンナノ!?」
振り返る2人。
その視線の先には『ミラーさんとラミーさん』がいた。
お2人の驚愕した表情から察するに、あれが僕のレガロ「篝火狐鳴」により生み出された偽物のお2人だとは一欠片もお気づきになられていないでしょう。
きっと、ご自身達のレガロの暴発だと⋯⋯『鏡像だ』と勘違いをなさっているはず。
その予想は的中した。
「ミラー!ドウイウコトナノ!?」
「知ラナイ!僕ジャナイ!」
仲違いする2人。
勘違いをしているなら好都合。
偽物のお2人には好き放題暴れて頂きましょう。
「篝火狐鳴」は身近な人や物を思い通りに化けさせられる。そして、物を化けさせた場合は指示を出したら次の指示があるまでその通りに動き続けるという特性を持っている。
僕は2人が4人に手を下そうとした瞬間、近くに山になっていた鏡の欠片にレガロをかけ、「鏡の欠片にしか出来ない性質を利用し、お2人を戦闘不能状態に陥らせること」を指示した。
2人に化けた物の原型は鏡の欠片。
自分達の体の至る所を相手にぶつけるだけで傷を負わせたり、手刀を入れるだけで相手を切ることが出来た。
そして、2人が放つレガロは鏡の性質を利用し反射させて弾くことが出来た。
要するに、無敵だった。
2人は必死に抵抗するものの、2人に化けた鏡の欠片には太刀打ち出来ずにその場に倒れ込んだ。
僕が出した「鏡の欠片にしか出来ない性質を利用し、お2人を戦闘不能状態に陥らせること」という指示をすぐさま達成した鏡の欠片。
やはり、鏡の欠片を利用し正解でした。
「お2人共、ありがとうございました。」
そう呟くと、2人に化けた鏡の欠片はレガロが解除され元の場所へ戻った。
さて。ミラーさんとラミーさんにお話を伺いましょうか。
僕がマジックミラーの影から姿を現すと、僕に気がついたラミーさんがこちらを見て口をパクパクと動かした。
どうやらラミーさんは喉をやられているようですね。
ラミーさんは先程の衝撃から声が出なくなってしまったようだ。
僕は返事がこない事を理解した上で、ラミーさんに向けて話し掛けた。
「貴方達の悪事を初めからご覧に入れることが出来ず残念ですが、貴方達を知るには充分な時間でした。観覧させて頂き感謝致します。」
「ダ、ダレダ⋯⋯。」
自分達以外の者の声に驚いた様子のミラーさんは、勢いよく僕の方を振り返った。
お2人にとっては不法侵入者でしかありませんから、そのような反応をされても仕方がありません。
まずは名前を名乗らなければなりませんね。
「僕は華紫亜と申します。貴方達が先程まで遊んでいた者達の仲間です。以後お見知り置きを。」
お辞儀をする僕の自己紹介を聞いたミラーさんは、ハッとした後青ざめた。
僕がただの狐ではなく、ガーディアンの狐だと気がついたのでしょうね。
2人の側へとゆっくりと歩を進めながら、この部屋がマジックミラーになっている件について確認をすることにした。
「この大部屋は鏡ではなくマジックミラーですよね?このように、僕が映っていないのが証拠です。」
鏡なら絶対に映っているはずの僕の姿は、どこにも見当たらなかった。
「貴方達はマジックミラーの裏側⋯⋯今僕が出てきた扉の裏手から、椿さん達の様子を伺いながら自由にレガロを使用していたのですよね。マジックミラーの中では反対側におられる貴方達の存在や、レガロを使用している事実を知る事は不可能ですから。」
2人の目の前まで来た僕は、2人を見下ろしながら続けた。
「ミラーさん。貴方のレガロで椿さん達の鏡像を出し、本当に鏡の中から自分が現れたかのように錯覚させていたのですよね。そして、ミラーさんの鏡像に負けたらそれで良し。椿さん達が勝利を収めた場合は、ラミーさんのレガロで眠らせた上で直接始末をすれば良いという算段⋯⋯ですよね。」
僕の言葉を静かに聞いていた2人だったが、ラミーさんが口を動かした。
「ナンデ⋯⋯僕、ガ、眠リ魔法ヲ、使ウッ⋯⋯テ、分カッタ、ノ?」
ラミーさんは、呼吸音をヒューヒューと鳴らしながらも必死に声を紡ぐ。
途切れ途切れながらも、その言葉は伝わってきた。
何故眠り魔法を使うと知っていたのか。
それはとても簡単な理由だった。
「僕の仲間に優秀な魔女がおります。このような世界が存在すること、貴方達の使用するトリックについても全て⋯⋯とは言いませんが大方把握しておられました。事前にお聞きしておいて正解でしたね。」
僕の笑顔に、2人は顔をしかめた。
「さぁ、僕の仲間達を目覚めさせて頂けませんでしょうか?」
この後に2人が下す決断は予想が付いている。
もしも目覚めさせる事が不可能であれば⋯⋯
「ハッ⋯⋯ソンナコトスル訳ナi」
「ご了承頂けないようですね。仕方がありません。」
僕は倒れた2人の前にしゃがむとニッコリと微笑んだ。
「冥界の主が貴方達をお待ちです。何か言い残された事は?」
ここから消えて頂くまでですね。
「⋯⋯ハ?何言ッテ⋯⋯。」
「ございませんか。それでは⋯⋯。」
立ち上がった僕の表情が先程までと打って変わって真顔その物だったからか、2人は恐怖に震えているようだった。
僕は尾に力を込めた。
「良い旅立ちを。打尾鉄火。」
尾を勢いよく振り下ろした。
その瞬間だった。
「ゴメンナサイ!!」
「目覚、メサセル、カラ!!!」
2人の懇願を聞いた僕は、2人に当たる直前で尾を止めた。あと数センチで当たってしまう所だった。
僕の尾が止まったことを確認した2人は、泣きそうな表情を浮かべていた。
「イ、マ⋯⋯目覚メ、サセルカラ、待ッテ⋯⋯。」
「左様でございますか。ラミーさんからそのお言葉が聞けて安心致しました。それでは、どうぞよろしくお願い致します。」
僕が2人から少し離れるとそれぞれがふらつきながらも起き上がった。
座った状態だが、ラミーさんは自分の手と手を合わせギュッと握るとボソボソと何かを呟いた。
ラミーさんの呟いた言葉が言霊となり、椿さん達にキラキラと降りかかる。
椿さん達の表情や顔色が少しずつ良くなっていった。
「スグニ、ハ、起キナイ⋯⋯時間、ガ、経テバ、自然ト、目覚メル。」
「感謝致します。誠にありがとうございます。」
僕が一礼すると、2人は顔を見合せホッと一息をついた。
そうでした。聞き忘れていた事がございましたね。
「最後に聞いておきたいことがあります。」
2人の視線が僕で交わる。
先程より緩んだ表情の2人は、僕に対する警戒が既に解けているようだった。
「このミラールーム。椿さん達はこの部屋を完全に鏡の部屋だと思い込んでおられました。ミラーさんのレガロで鏡だと思わせる為に、6面全てに偽物を配置したからです。ですが、戦闘要員はたった1人。ミラーさんのレガロなら6面全てに配置されていた偽物と戦わせることが可能なはず。何故1人に絞ったのでしょう。」
これは単なる僕の素朴な疑問だった。
予想していなかった質問だったようで、一瞬不思議そうな表情を浮かべたミラーさんだったが、笑いながら続けた。
「出スノハ簡単。デモ、操ルノハ大変。1人ニ絞ッタホウガ僕ノ体力ガ減ラナクテスムカラネ。ソレニ、ラミーノ力デ眠ラセルコトガデキルカラ、無理ニ戦ワセル必要ナイダロ?」
なるほど。ただ弄んで自分達の欲求を満たせればそれで良かったということですか。
「自分達が必ず勝利すると知っていながら⋯⋯残酷な方々なんですね。」
「ソンナコト無イサ!ココニ来タ人は皆楽シンデタヨネ!楽シマセルノガ僕達ノ仕事ダカラ、何モ間違ッテ無イネ!」
そう笑うミラーさん。
ミラーさんは⋯⋯いや、お2人は、他人の気持ちが分からないが故に残酷さに気がついていないのでしょう。
とても可哀想な方々ですが、危険な事に変わりはございません。
そんな危険な方々には⋯⋯
「ミラーさん、ラミーさん。お2人には、やはり眠って頂かないといけませんね。」
「⋯⋯ヘ?」
「何、言ッテ⋯⋯。」
「おやすみなさい。」
状況に理解が追いついていない様子のお2人を他所に、僕は瞬間移動すると手刀でお2人の首の側面を打った。
お2人は気絶しその場に倒れ込んだ。
⋯⋯さて。
お2人が気絶をなさっている間に椿さん達を回復させなくては⋯⋯。
僕は椿さん達の方を振り返り、両手を広げ天を仰いだ⋯⋯と言ってもここはミラールーム内だから、鏡を仰いだという表現が正しいだろう。
見上げた先のマジックミラーには僕の姿に限らず全員の姿が映っていない。
そんなマジックミラーを見つめながら呟いた。
「愛雨ノ華。」
何も映らなかったマジックミラーから、キラキラと紫色の粉が雨のように降り始めた。
この『紫色の粉』に見えている物は厳密には粉ではなく『紫色の小さな鈴蘭』だ。
あまりにも小さく目では形を捉えることが出来ないため、粉のように見えているのだ。
一定時間鈴蘭の降る範囲にいることで大抵の怪我や体力等は回復できる。
気絶をしているものの外傷はそこまで見られない4人。
怪我の治療にはさほど時間を必要としていないし、鈴蘭の回復効果で早めに意識を戻すだろう。
ビアさん、ホワリさんと合流する必要がありますし、鈴蘭が良い働きを見せて下さるといいのですが⋯⋯。
一一数分後
「んっ⋯⋯」
椿さんの意識が戻ったようだ。
それと同時に、和倉さん達も動きを見せた。
「皆様、おはようございます。」
「んぁ?⋯⋯あれ!?華紫亜だ!!」
「本当だ。華紫亜がいる。」
「えっと、おはようございます。華紫亜さん。」
「⋯⋯何で華紫亜が?」
僕の声に反応して1番に飛び起きたのは和倉さんだった。
その声に反応して3人も目を開け、僕を認識したようだった。
ここにいるはずのない僕が突然目の前にいるのだから、驚きを見せて当たり前だ。
「驚かせてしまい申し訳ございません。ホワリさんと合流した後に皆さんの元へビアさん達と戻った所、皆さんがいない代わりにHDFのカードを見つけまして⋯⋯。ホワリさんにカードにかかった魔法を解除して頂きこちらへお邪魔致しました。とにかく、皆さんの意識が戻られたようで安心致しました。」
僕の話を聞いていた4人は、揃って首を傾げていた。
「華紫亜さん。ホワリさんというのはどなたでしょう?」
牡丹さんの言葉を聞き、首を傾げた理由がハッキリした。
そうでした。皆さんはまだお会いされておりませんでしたね。
「そうですね⋯⋯。こちらで詳しく説明をするよりも、実際にお会いされた方が良さそうですね。」
ここで時間をとるわけには行かない。
本人に会って解決出来る事なら、説明に時間を割かずに早く会いに行った方が効率が良いだろう。
「ホワリさんが⋯⋯「マジック」のガーディアン様がお待ちですから、そちらへ向かいましょう。」
このミラールームから出て、一刻も早く戻って合流しなければ。
そして、この世界から脱出する方法を見つけ出さなければ。