目に見えぬ者
ここは透明人間の街「クラルテ」。
「クラルテ」に到着して早々に感じるこの賑やかさ。そこら中からたくさんの人の話し声が聞こえてくる。人で溢れかえっているような気分だ。
だが、視界に入ってくるのは他の街から来た観光客ばかり。店にいるはずの店員はどこを見ても見当たらない。
透明人間は同じハロウィンに住む人々にさえも見えない。
その為、至る所で物が勝手に空中を移動したり、食べ物が空中に消えていくという異様な光景を目にすることが出来るのだ。
噂には聞いていたものの、実際に見るのは初めてであったこの異様な光景に目を奪われている時だった。
ドンッ!
案の定見えない誰かにぶつかったようだ。
「あ、あの!ごめんなさい!」
何処からか聞こえる声。声の雰囲気から想像するに、ぶつかった相手は女性だろうか。
「いえ、大丈夫です。こちらこそぶつかってしまい大変申し訳ございません。」
「そんな!私の不注意ですから謝らないでください!」
「俺もよそ見をしていましたから。お怪我はありませんか?」
何も見えないため女性が転んでしまっているのか、はたまた怪我をしているのかも分からない。
「はい、大丈夫です!お気遣いありがとうございます!」
空中からは明るい声が聞こえる。声のトーンを聞く限りは大怪我をしていることはなさそうだ。
無事を確認して安心した俺は、その女性に街のガーディアンについて聞くことにした。
「あの、お聞きしたいことがあるのですが⋯⋯。」
「なんでしょうか?」
「この街でガーディアンと呼ばれている方をご存知でしょうか?」
女性の表情が見えないため、どんな反応が返ってくるのか分からない。
もしかしたら女性には逃げられてしまい、もう目の前には誰もいないかもしれないという不安を抱えながら、そこにいるはずの女性の返事を待った。
「ガーディアン⋯⋯あぁ!町長様の息子さんのことですね!」
「町長の息子⋯⋯。」
俺は女性から返事が返ってきたことに安堵した。
「今、町長の息子さんが何処にいるか分かりますか?」
「そうですね⋯⋯詳しくは分かりませんが、町長様のお家にいらっしゃるのではないでしょうか。息子さんが外に出た所を見た事がないですから⋯⋯。町長様のお家は、ここの道をまっすぐ行って突き当たりにありますよ。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
俺は女性の声のしていた方向へ一礼すると、女性から教えてもらった通りに町長の家へ向かうことにした。
数分歩いて行くと、突き当りに一軒の家が現れた。きっとこの家が町長の家だろう。
ドア周辺を探しても呼び鈴になりそうなものはないため声をかけることにした。
「こんにちは。」
声をかけて少しするとゆっくりとドアが開き、中から声が聞こえてきた。
「おやおやこれは珍しいお客様だ。どうかしましたか?吸血鬼さん。」
「えっと⋯⋯町長さん⋯⋯ですか?」
多分目の前に町長さんがいるのだろう。しかし⋯⋯どう目を凝らしても、見えないものは見えない。
俺がしかめっ面をしていることで何かを察したらしい町長さんは大笑いをした。
「はっはっはっは!いかにもわしが町長のクリアラじゃ。しかし、吸血鬼さんはわしが何処にいるのか分からんのじゃろう?それは仕方のない事じゃ。わしらは他の街の奴らには見えんからなぁ。まぁ、わしからは吸血鬼さんの綺麗な顔が目にはいっておるがの〜。」
こちらからは何も見えないのにあちらには自分の姿が全て見られているという不思議な状況に、恐怖を覚えそうになった時だった。
「冗談はさておき⋯⋯。このままでは話が進まんな。ヒショウ!」
目の前から大きな声が聞こえたと思うと、奥から透き通った黄色の髪と透き通った水色の瞳が目を惹く1人の若者が出てきた。
なぜ“若者が1人出てきた”ことが分かったのか。それは、その若者が俺の視界にはっきりと捉えることができたからだ。
服の隙間からは包帯が覗いているが、この若者は透明人間では無いのだろうか。
「どうした?じっちゃん。」
若者は俺の目の前に視線を落とすと話しかけた。
クリアラさんをじっちゃんと呼んでいる所から、この若者は透明人間で間違いないようだ。
「このハンサムな吸血鬼さんの話を聞いてやっておくれ。わしのことは吸血鬼さんからは見えんから思うように話が進まんだろう。お前なら話ができるはずじゃ。」
「そういうことね。オッケー。それじゃ、中へどうぞ。」
「⋯⋯お邪魔します。」
俺は若者に連れられるがまま客間に通された。
椅子の近くまで行くと自動で椅子がひかれた。きっとクリアラさんがひいてくれたのだろう。
「ありがとうございます。」
「はっはっは!客人にもてなすのは大好きじゃから気にするでないぞ。」
俺がクリアラさんに向けて一礼し椅子に座ると、それを見ていた若者が早速話をはじめた。
「ところで、吸血鬼さんはどうしてこの家に来たの?」
若者は興味心身だとでも言いたそうなキラキラした目でこちらを見てくる。
あぁ、そうだった。ここへ来た理由はまだ伝えていなかった。
俺は目の前にいる若者とクリアラさんに、ここに来た経緯を全て話した。
「⋯⋯それで、この街のガーディアンは誰なのかをその女性に聞いたところ、町長さんの息子だと仰っていたのでこちらへお邪魔致しました。」
「なるほど。俺を探してたってことだね。」
「俺ってことは⋯⋯君がクリアラさんの息子さん?」
「いかにも!俺がじっちゃんの息子です!」
若者は誇らしげに笑った。
「そうか。それじゃあ、話が早いな。よかったら、俺と共に来てくれないか?」
「うんうん。」
若者は2度頷くとすぐに続けた。
「そうだよね。そうなるよね。俺を仲間にする為にこの街に来てくれたんだもんね。」
何故だろう。突然若者から先程までの笑顔が無くなった。
声もワントーン沈んだように感じる。
「⋯⋯何か問題があるなら遠慮せずに言って欲しい。もちろん一緒に来てほしい気持ちは大きいが、君に無理をさせるつもりは無い。」
若者はクリアラさんが座っている方へ目線を動かした。
数秒後、軽く頷き目を閉じた若者。大きく深呼吸をすると、俺の目をしっかりと見つめ話を始めた。
「俺、女の子が怖いんだ。」
若者の口から出たのは、予想もしていなかった事だった。
「普段の活動の時も、レガロを使って誰にも見えないようにしてから家を出るようにしてる。女の子の目を避けるために。俺のレガロは、「クラルテ」の皆にも効果が現れる。本当に誰にも見えなくなるんだ。俺に意識がないって分かればなんとか共存できるんだけど、少しでも意識が向いてるって分かるとダメなんだ。」
一言一言を丁寧に話す若者の言葉はハッキリと俺に届くものの、視線は全く交わらない。
「だから、正直他の街に行くのも、人目につくようなことをするのも凄く怖い。君だけならまだしも、話を聞いた感じだとこの後も仲間を探すんだよね。きっと他の街のガーディアンの中には女の子もいると思うんだ。その子達と仲間としてやっていくのも⋯⋯俺には厳しい。」
怖いという事実を明らかにしていくに連れて、若者の目線はどんどん下がっていった。
「ただ⋯⋯国王様の命令だからとかそういうことを除いても⋯⋯俺の力で国を救えるなら、俺の力を必要とされているなら、一緒に行きたいって気持ちは心の奥にある。俺もこの「クラルテ」のガーディアンだから。力になれるなら。」
恐怖と使命の間に挟まれ、今にも押し潰されてしまうのではないかと不安に駆られるものの、俺はただただ若者の言葉を受け取ることしか出来なかった。
「でも、やっぱり怖いんだ。そのせいで迷惑をかけるようなことはしたくない。迷惑がかかるくらいなら最初から受けない方がいいと思ってるんだ。」
紡がれる言葉を静かに聞いているだけの俺に対し、若者は声音を通して俺に気持ちをぶつけてきているようだった。
気持ちを全て吐き出したのだろう。
部屋には静寂が訪れた。
今度は俺が若者の気持ちに応える番だろう。
話を聞いて感じたモノを伝えるべく、若者の交わらない俯いた目を見つめながら口を開いた。
「君の存在は迷惑じゃない。共に国を救う仲間を迷惑だなんて思わない。だからこそ、出来ることがあれば全力でサポートする。ただ、申し訳ないがその症状に関しては俺にはどうしようも出来ない。人目から守ることに協力はできても、症状を改善する力は俺にはない。俺が医者だったらもしかしたら手立てを示せたかもしれないが、俺は医者じゃないし、そもそもそんな簡単な話でもないだろう。」
そう簡単に治るようなものじゃないことは俺にも理解ができる。
だからこそ⋯⋯
「俺はこれ以上君を誘うことは出来ない。最終判断は君に任せたい。自分の体調と症状を優先して決断してほしい。ただ、もし一緒に来てくれるなら⋯⋯その時は全力で君を支えると誓う。」
「⋯⋯俺がもし行かないって言ったら、1人足りない分はどうするの?」
俺の話を聞きながらも、若者はかなり悩んでいるのだろう。
悩みながらも出てきた問いかけ。
断られた後のことなんて、正直想定してなかったな。
「⋯⋯ガーディアンを探す街は決まってる。だから、人数が合わずとも集まった人数でオスクリタに立ち向かうしかない。ただ、探す間に立ち寄る街もある。戦力が足りないようなら、他の街から引き抜くしかないだろう。」
「そっか⋯⋯。」
俺の言葉に対し、変わらず目線を逸らしたまま返答する若者。
「嫌だ」とすぐに断ってもよかった所、ここまで悩んでくれている若者の姿に、会ったばかりの俺はこれ以上口出ししてはいけない。そんな気がした。
俺はただただ若者の決断を待った。
「⋯⋯わかった。俺も行くよ。」
「そうだよな⋯⋯⋯⋯ん?」
若者の返答を待っている中、正直断られることを覚悟していた俺は予想外の答えに一瞬思考が停止した。
俺も行く?
「誘いに来た俺が言うのも何だが⋯⋯正気か?」
「うん。確かに君の言う通り、この症状は簡単には治らないよ。これが重荷になる事も重々承知してる。君に⋯⋯これから仲間になるガーディアン達に迷惑を掛けてしまうことも。でも⋯⋯それでも、各街のガーディアンを把握してる国王様が、数ある街の中から敢えて俺を選んでくれたのには訳があると思うから。だから、俺はその選ばれた理由を見つける為にも、そして何より国を救うために「クラルテ」の代表として貢献したい。⋯⋯ダメかな?」
その決断は、若者にとって苦渋のものだっただろう。
行きたくないという気持ちもきっと大きかっただろう。
そんな中、この選択をしてくれた若者の気持ちを無駄にすることはできない。
そして何よりこの若者の決断は、俺にとって、そしてこの国にとってとても有難いものだ。
「断るわけがないだろう。正直、君の方から断られると思ってたから驚いてしまったが⋯⋯その決断には感謝してもしきれない。寧ろ、ありがとう。その決断をしてくれて。」
俺の言葉に緊張の糸が解れたのだろうか。
若者は初めに会った時のような笑顔を見せた。
「よかった!」
その一言が出るまで、どれだけ葛藤したのかを俺は知っている。
俺はそのたった一言を。若者が笑顔を見せながら心から放ってくれたであろうその一言を、しっかりと受け止めた。
「改めて、俺と一緒に来てくれるか?」
ガタッ
若者は勢いよく椅子から立ち上がると、深々とお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そんな若者の姿に、今まで静かに俺達を見守っていたであろうクリアラさんが声高らかに笑った。
「あっはっはっは!!まさかヒショウが前向きな決断をするとはなぁ!!」
「どういうこと!?」
「いやなぁ⋯⋯実はこの話を何となく風の噂で耳にしてたんじゃ。クラルテにも来るらしいという事も。その時から、正直ヒショウは断るだろうなと思ってしまっていた。わしは、数ある街のガーディアンの中から大切な息子が選ばれたという事実が物凄く嬉しかったし、ヒショウなら必ず力になるとも思っていた。ただ、普段から女性を避けて生きているヒショウには重荷を背負わせてしまうかもしれんとも思っていた。」
クリアラさんの座っている椅子の方をじっと見ていた若者の目線が、少し上がった。
「その心配は不要だったようじゃな。」
「じっちゃん⋯⋯」
「行ってこい、ヒショウ。わしの自慢の息子よ。己の力を存分に発揮してこい。ヒショウならどんな困難だって乗り越えられる。何せ、わしが付いているからな。」
表情の見えないクリアラさん。
しかしその声色から、きっと笑顔で、若者の背中を押しているのだと想像できた。
「うん。ありがとう、じっちゃん!」
「ヒショウ、迷惑かけるんじゃないぞ。」
「わかってるって〜。」
今俺達は家の玄関前に来ている。
あの後すぐに若者は旅へ出る支度を始めた。クリアラさんも若者の手伝いをしているようだった。
若者がとても楽しそうに話していた様子を見る限り、クリアラさんも笑顔で話を聞いてくれていたのだろう。
「それじゃあ、行こうか。」
「そうだね!」
靴を履き終えた若者は、勢いよく立ち上がるとクリアラさんの方を向き笑顔で言った。
「いってきます!じっちゃん!」
「あぁ。行ってらっしゃい、ヒショウ。」
俺達がクリアラさんに背を向け歩き始めると、クリアラさんの大きな声が聞こえてきた。
「気をつけるんじゃぞー!」
「はーい!」
「死ぬんじゃないぞー!!」
「生きて帰ってくるよ!」
「絶対⋯⋯絶対、戻ってくるんじゃぞー!」
クリアラさんの言葉が一瞬止まった。
ヒショウにはそれが何を意味してるのかすぐに理解出来たのだろう。
思い切り息を吸い込むと、クリアラさんの方を振り返って最大限に声を張り上げた。
「⋯⋯あぁ!絶対だ!」
クリアラさんは、俺らが完全に見えなくなるまで手を振り続けてくれていたのだろう。
若者は、時々後ろを振り返ると家が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
「ねぇ、吸血鬼さん。」
「なんだ?」
「俺の自己紹介、ちゃんとしてなかったなと思って。仲間になったわけだし、改めて自己紹介してもいい?」
確かに。クリアラさんは何度も若者の名前を呼んでいたが、本人からは名前を聞いていなかった。
「そうだな。よろしく頼む。」
「了解!改めて、俺は透明人間のヒショウだよ。」
「俺は吸血鬼のビアだ。よろしく、ヒショウ。」
「よろしく!」
簡単に自己紹介を終えたところで、俺はどうしても気になっていたことをヒショウに聞いてみることにした。
「聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」
「もちろん!何?」
「ヒショウは、なんで俺に見えるんだ?」
それを聞いたヒショウは、一瞬顔を強ばらせたが、すぐ質問内容に納得したかのように大きく頷いた。
「あぁ〜、そうだよね。気になるよね。」
「ごめん。聞いちゃいけないことなら無理に答えなくてm」
「ううん!これから仲間になるんだから、隠し事は無しだよね!」
ヒショウは眉を下げながらも笑った。
「俺、透明人間のくせに、生まれた時から人に見える性質なんだ。特異体質ってやつ?普通じゃないんだ。だけど、ちゃんと見えなくする事はできる。自分で操るんだ。それが話で出てた俺の使えるレガロ。レガロがあるから誰にも見えなくなるんだ。それに、じっちゃんにも認めてもらったこの体質。俺は心から愛してる。だから、聞いちゃいけないなんてことないよ!俺は自信を持ってこの話が出来るからね!」
「そうだったんだな。教えてくれてありがとう、ヒショウ。」
「いえいえ!俺のこと、少しでも知って貰えたなら良かった!」
無理に答えさせてしまったのではないかという不安が拭えなかったが、ヒショウの解答と笑顔に少し安心した。
「でもよかったよ。「クラルテ」のガーディアンが選ばれているのを見た時、上手く関われるか不安だったんだ。そもそも俺は他人と関わるのがあまり得意じゃない。その上透明人間は見えないということは把握してたから、俺なんかが誘えるだろうかと思ってた。だが、実際は違った。こうして顔を見ながら会話ができる。その特異体質に感謝だな。」
「⋯⋯あははっ!確かに!」
先程の顔を強ばらせた時と異なり、驚いた様子で目を開くヒショウだったが、すぐに明るい声で笑った。
お互いの事を話して緊張の解れた俺達は、次の街への期待を背負いながら歩き出した。