目には目を
ビア達の要求を跳ね除け帰るよう促したランドは、己の対応が本当にあっていたのか、断らず受けるべきだったのかと1人悶々としていた。
華紫亜くん達が扉を出て行ってから10分程が経った。
⋯⋯言いすぎただろうか。
いや、あれくらい言わなきゃ俺の気持ちは伝わらないだろう。仕方のないことだ。
あの行動は正しいと自分に言い聞かせていると、突然もの凄い勢いで扉が開かれた。
「ランドさん!!」
「緊急事態っす!!」
開け放たれた扉の前には息を切らす舎弟達がいた。
「おい、お前ら。部屋に入る時は先にノックしろと何度も言ってんだろ?」
「すんません!」
「ランドさん!それどころじゃないんスよ!!」
「狐くん達が!!」
狐くん達という言葉と慌てる舎弟達の様子にただ事ではない雰囲気を察した。
「あいつらがどうした。」
「そ、それが!!」
「突然ディアヴォルクが現れて!!」
「あぁ⋯⋯大丈夫だ、放っておけ。あいつらは街を率いてるガーディアン様御一行だ。簡単にやられるような奴らじゃない。」
華紫亜くんがついてるし心配はねーだろ。
そう思い軽く受け流そうとした俺だったが、舎弟達は必死に叫んだ。
「違うんス!!」
「違法銃使ってて!!」
俺はその舎弟の言葉に耳を疑った。
⋯⋯違法銃?
「違法銃でレガロが奪われたからレガロ持ちのディアヴォルクに好き放題やられてるんです!!」
「あいつらランドさん目当てらしくって、近くにいた狐くん達をわざわざ巻き込んだみたいなんだ!!」
「早く行かなきゃ死んじまう!!」
ディアヴォルクが違法銃を使ってあいつら全員のレガロを奪ったという事実も胸糞悪いが、それ以上に、俺をディアヴォルクの前に呼び出すために無関係の華紫亜くん達を巻き込んでいるという事実に怒りが湧き上がった。
「チッ⋯⋯どこまでも姑息な奴らだな⋯⋯。華紫亜くん達に手ぇ出したこと、後悔させてやんないとな。」
俺は椅子から立ち上がると、華紫亜くんの元へ駆け出した。
舎弟達に連れられて行くと、余裕そうなディアヴォルクの前で華紫亜くん達がボロボロになって倒れており、まさに地獄絵図だった。
俺はすぐさま幹部に、ボロボロになったガーディアン達を安全な場所へ移動させるよう指示を出した。
それと同時に、捕まった雪男の妹達を安全に保護することをガーディアンの1人である雪男と約束した。
「総長様と言えど君一人だなんて、俺達も随分と舐められたもんだね。」
俺の発言に対し気味の悪い笑顔を貼り付けるイリク。
とても不愉快な笑顔だ。
「お前らには俺一人で充分だ。じゃなきゃ存分に楽しめないだろ?」
「へぇ⋯⋯今まではランロークに来ても会えるのは幹部止まりだったからね。実際にお目にかかるのは今回が初めてなのによくそんなことが言えるね。」
「あぁ、そうだな。確かに顔を合わせるのは初めてだ。だがそれは、あんたらが俺の幹部達相手に苦戦するようなレベルだからだろ。」
イリクの目からは光が消え、笑顔も簡単に崩れ落ちた。
「行け。」
今までと打って変わって空気を震わす程のとても低い声。
ディアヴォルクの面々は物凄い勢いで俺目掛けて走り出すと、次々にレガロを放ち始めた。
ディアヴォルクの面々が持つレガロは一通り把握している。
だからこそ、それが俺に当たることは絶対に有り得ない。
そして⋯⋯
パンッパンパンッ
予想通り放たれた違法銃。
残念だが、違法銃の存在は先に舎弟達から聞いている。避けるのは容易いことだ。
本当は時間をかけて遊んでやりたいが、華紫亜くん達が気になるからな。
さっさと終わらせるか。
「ホーリングウルフ。」
俺の声が路地内に響き渡る。この声により、声を聞いた者だけでなく放たれたレガロや違法銃も同様に10秒間だけ動きが遅くなるのだ。
こうなればもう俺のターンだ。
「スタッブスコール。」
鉤爪のように鋭利になる俺の爪。
俺は放たれるレガロをすり抜け、周りのディアヴォルクや違法銃を斬りつけながらイリクの元へ歩みを進めた。
イリクの目の前に到着すると、丁度10秒が経過したようだ。
俺に襲いかかって来ていたはずのディアヴォルクの面々が一斉に叫び声を上げながらその場に倒れ込んだ。
「は?⋯⋯え⋯⋯なっ⋯⋯」
突然目の前に現れた俺と倒れた仲間の様子に動揺が隠せない様子のイリクと幹部達。
これくらいで動揺するなんて、ディアヴォルクもまだまだだな。
「狼は信頼出来る者とのみ群れを成す。それと同時に守るべき縄張りを持つ。言いたいことが分かるか?」
淡々と紡ぐ俺の言葉を理解するにはまだ時間がかかりそうだが、俺はそんな事もお構い無しに話を続けた。
「お前らは縄張りに侵入してきただけじゃなく、縄張り内で一般人に対して卑怯な手を使ったんだ。」
話しながら距離を詰めた俺は、すぐに拳が届きそうな距離で立ち止まると、その場で地面を思い切り踏みつけた。
ダンッ!!という物凄い音と共に付近が地割れする。
地割れの勢いでよろめく者もいたほどである。
そしてそれと同時に、茶色かった俺の肌・髪と黒い服が全て純白に変化した。
顔が強ばるイリクを睨みつけ、告げた。
「全員ここから消えてもらう。」
息を吸い込むと、今まで以上に声を張り上げた。
「クーグラース!」
路地の真上に現れた輝く満月。
突然の輝きにその場にいたディアヴォルク全員が満月を見上げた。
その状況を待っていたかのように満月が光を放った。
ディアヴォルクは苦しむような声を上げながら目を覆ったり顔を背けた。
⋯⋯が、今更遅い。
次の瞬間、ディアヴォルクは本来の姿である狼の姿に早変わりした。
そう。満月の光によって、魔力を失ったのだ。
俺達ハロウィンに住む怪物は、魔力が奪われた本来の姿ではレガロを放つことは出来ない。
要するに、魔力持ち相手に本来の力のみで戦闘を持ちかける等無謀でしかないのだ。
見たところ、ディアヴォルクは全員が狼らしい。
俺と同じ狼男だったら戦闘に持ち込むことまでは可能だが、狼じゃあそれすら不可能だろう。
イリク達の狼狽える姿を見る限り、その事実は重々承知のようだ。
イリクは俺に威嚇し吠えると、身を翻し駆けて行った。幹部達もイリクに続いてそそくさとこの場を後にした。
その場に残ったのは、皮肉にもイリク達が狼になり動揺し存在を忘れられたことで無事だったあの玩具の箱だ。
中で不安そうにこちらを見上げる3人。
確かこの箱は名前を呼ぶと中から出られるんだよな。
なんて呼んでたんだ?
俺は何か手がかりが無いかと透明な箱の側面を見る。
すると、微かに書いてある文字を見つけた。
なるほどな。
あいつ、案外そういう趣味持ってんのか。
イリクがいなくなったことで苛立ちが治まり肌や髪も茶色に戻った俺は、箱の側面に書かれていた文字を読み上げた。
「出てこい、プリンセス。」
箱の中が空になったかと思うと、目の前に箱に閉じ込められていた3人が現れた。
「やっと出れたにゃーー!!!」
「本当ね。助けてくれてありがとう。」
「ありがとうございます。」
丁寧にお辞儀をする3人。
「あんたの兄貴と約束したからな。」
俺の言葉に何故か驚いた様子を見せた雪女。
あぁ。箱の中じゃまともに声も聞こえなかったか。
説明するのも面倒だと思っていると、目を輝かせた猫娘が言った。
「さっきのレガロ初めて見たにゃ!あれ凄いにゃ!」
「さっき⋯⋯」
「本来の姿に戻ったやつにゃ!あれ最強にゃね!!」
「大したことない。」
凄い、カッコいいと繰り返しながら俺の周りをクルクル回る。
そんな中でもメデューサは冷静だった。
「そのレガロ⋯⋯目の前で見ていた私達には反映されなかったようだけど?」
流石に大人は食いつく所が違うな。
対象者を選ぶレガロ以外なら、放つ者の目の前にいたら誰もがレガロを受けてしまうのが普通だ。
俺のレガロは時間の指定はあるものの、対象者を選ぶものでは無い。
しかし、今回は訳が違う。
3人は玩具の箱に閉じ込められていたのだ。
「この箱は凄く頑丈かつ特殊で、レガロが全く効かないようになってる。外部の声だって聞き取りにくかっただろ。箱の性能上、あんたらは対象外になったんだ。」
「確かに声はほとんど聞こえなかったわ。玩具なのにそんな高性能だなんて、流石闇商店の玩具ってところかしら。」
納得したように頷くメデューサ。
理解してくれたならこの話は終わらせていいな。
「それより、兄貴達が心配だろ?早く行くぞ。」
華紫亜くんの様子が気になるため足早に溜まり場へと向かい始めると、3人もすぐさま俺の後を追ってきた。