狡猾な狼
「⋯⋯どうするんだよビア⋯⋯。なぁ華紫亜。他に知り合いいねーのか?」
グレイが華紫亜に問いかける。
「僕はガーディアンのランドの代わりになるような力を持つ方を存じ上げておりません。皆様の力になれず申し訳ございません。」
「そうだよなぁ。じゃあ鴇鮫は?千里眼みたいなの使えねーの?」
「俺もできることならやりたいけれど、そう簡単に出来るものでもないんだ。ごめんね。」
「そっかぁ⋯⋯。」
落胆するグレイ。それに対し申し訳なさそうにする華紫亜と鴇鮫。
そんな様子を伺っていたミオラが俺に静かに話しかけてきた。
「ビア。確かに貴方の言う通り他人の意思を遮ってまで無理矢理連れていくことは出来ないと思うわ。でも、何か策がある訳でも無いのでしょう?どうするの?」
ミオラの言う通りだ。
ガーディアンの代わりになる者なんて滅多に存在しないだろう。
華紫亜や鴇鮫の力を使うことが出来ない今、宛がない状況だ。このまま探しても見つかるはずがない。
どうしたらいい?
窮地に陥った俺達が途方に暮れていた時だった。
パンッパンパンッ
発砲音が路地に響き渡った。
「何の音にゃ!?」
「⋯⋯銃声か?」
俺はどこか聞き覚えのある音に一瞬で背筋が凍った。
嫌な予感がする。
辺りを見渡すと、先程までは誰もいなかったはずの路地の先に、こちらに銃口を向け立っている狼男の集団がいた。
「やりましたよ!イリクさん!」
「お前ら、よくやった。」
前方にいた狼男が後方へ声をかけると集団が左右に分かれ、中央をどこかで見覚えのある茅色の髪を赤い髪紐で結んだ狼男が堂々とした足取りで歩いてきた。
この男が先程名前を呼ばれたイリクだろう。
「ランド達と遊ぼうと思って来てみたら、珍しいお客さんがいるんだもんなぁ。」
フフッと男が笑うと、周りにいた狼男達も一斉に笑い出した。
「気味の悪い方達ですね。」
「気味が悪いだなんて、可愛い顔して辛辣なことを言うねお嬢さん。」
「名前も知らない会ったばかりの方に卑下されたような笑い方をされたら誰だってそう思うはずです。」
いかにも怪しい男達に対し一切屈さない牡丹の発言に、男はこれまでと打って変わって人の良さそうな笑顔を見せた。
「それは大変失礼しました。俺はイリク。ディアヴォルクの総長をしています。」
イリクと名乗った男は軽くお辞儀をし顔を上げた。
その顔に貼り付けられていた作られた笑顔はすでに剥がれ落ちており、何かを企んでいるような笑顔に戻っていた。
「風の噂で聞きました。ガーディアン様御一行が我が街のガーディアンであるランドの元を訪れている⋯⋯と。一目見てみたかったんですよね。噂通り品格があり高貴なオーラを纏っている方々ばかり。でも⋯⋯」
イリクは鼻で笑いながらこちらを見下したような目付きをした。
「俺達の実力には程遠そうですね。」
その言葉を聞き、イリクの背後に立つ集団が一斉に笑った。
その卑下する笑いに沸々と湧き上がる怒り。
ここで口車に乗せられたら負けだ。冷静にならなければ⋯⋯と思っていたが、冷静を保つよりも先に怒りをあらわにする者がいた。
「言わせておけば好き勝手いいやがって⋯⋯」
「調子に乗んな!」
グレイと和倉がイリクに向かって走り出す。
「スクリューファイアー!!」
「鬼燐榴!!」
レガロを放とうと声を張り上げ、手をイリク達に向けたグレイと大剣を振りかざした和倉に対し、余裕そうなイリク。
イリクの口角がほんの少しだけ上がったのを俺は見逃さなかった。
「グレイ、和倉、行くな!」
しかし、その言葉が届くよりも先にディアヴォルクの幹部達のレガロが2人に襲いかかった。
「グハッ!!」
「うああぁあ!!」
レガロの勢いで吹き飛ばされた2人。
俺達は2人に駆け寄った。
「グレイ、大丈夫か?」
「⋯⋯っ⋯⋯あぁ。」
「馬鹿和倉!無闇に突っ込む奴がいるか!」
「⋯⋯ごめん、椰鶴⋯⋯。」
怪我を負った2人はボソッと呟いた。
「くそっ。何で、レガロが出ねぇんだ⋯⋯。」
「わけわかんない⋯⋯なんで⋯⋯。」
レガロが出ない?
困惑する俺達を見てイリク達は嘲笑い、俺達の疑問に答えるかのように話し始めた。
「違法銃って凄いよね。君達のようなガーディアン様達の素晴らしいレガロでさえ奪ってしまうんだから。」
イリクが「ふふっ」と笑った。
「天下のガーディアン様達も、レガロが無ければ赤子同然⋯⋯。優しく相手して差し上げなければね。」
俺達に向けられていた銃口。そして路地に響き渡った銃声。
なるほど⋯⋯。そういうことか。
あの時、違法銃を俺達に向けて撃っていたのか。
言いたい事は山程あるが、俺達が口を開く隙も与えずイリクは話を続けた。
「さぁ、みんな。ガーディアン様に敬意を払ってレガロを見て頂こう。ただし女には手ぇ出すな。みんな上玉だ。売り物になる。」
売り物という言葉にミオラがすぐさま反応を示した。
「売り物だなんて失礼ね。私の事何だと思ってるのかしら。サーペントの姫よ。上玉なんて当たり前でしょう。」
「それはそれは、大変失礼致しました。」
反省の色を全く見せないイリクの謝罪に、ミオラは眉間に皺を寄せた。
「上玉だからこそ、大切に扱わせて頂かなければね。」
「そう思うのなら手を引いてちょうだい。貴方達には私を扱う事なんて不可能よ。」
ミオラの鋭い言葉に対し、イリクはニッコリと笑った。
「流石ガーディアンであり姫であるお方だ。気が強いのもまたいいね。」
「⋯⋯話が通じなさそうね。」
ミオラはイリクの反応に諦めたようにため息をついた。
終始ミオラを作り笑顔で見つめていたイリクだったが、ミオラが諦めたことを確認すると、近くにいた仲間に何かを耳打ちした。
「鴇鮫⋯⋯イリク達が何を話しているか分かるか?」
「うーん⋯⋯。手で口元を覆われちゃうとなぁ⋯⋯。」
レガロが使えない今、鴇鮫にも相手の思考を読み取るのは難しいか⋯⋯。
「⋯⋯本当は使いたくなかったけど。」
小さな声でそう呟くと、鴇鮫は手を覆っていた手袋を外した。
手袋の下に隠れていた掌には、目玉が1つ付いていた。
その手をイリクの方へ向けた。
「くっ⋯⋯。」
「鴇鮫?」
鴇鮫は顔をしかめるとすぐさま手袋を着け直した。
「大丈夫か、鴇鮫。」
「う、うん⋯⋯大丈夫だよ。久しぶりに使ったから少し驚いただけ。」
大丈夫だという鴇鮫の額には汗が滲んでいた。
とても大丈夫そうには思えないが、誤魔化す鴇鮫を問い詰めてまで聞くべきでは無い。
今は鴇鮫の言葉を信じよう。
「⋯⋯イリクくん達は⋯⋯。」
鴇鮫は汗を拭い呼吸を整えながらも、冷静に俺に聞こえる程の声の大きさで話し出した。
「イリクくん達は、牡丹ちゃんとミオラちゃん、吉歌ちゃんの3人には何があろうと一切手を出すつもりは無いみたい。その代わり、俺達男を全員動けないよう暴行してくるつもりだよ。背後にいる舎弟くん達は俺達を甚振るのをかなり楽しみにしているみたいだね。俺達に銃を使うのは想定外だったみたいだけど、そうすることでランドくんを誘き寄せようともしてる。ちなみにあの銃の玉はあと3発。無限に発砲出来るものでもないみたいだから、ランドくんが存在に気がついてくれれば避けられるかもしれない。ただ⋯⋯」
「ただ?」
「それはランドくん達が来てくれればの過程であって⋯⋯そもそも俺達はレガロが使えないし⋯⋯現状のままじゃ、勝算はほぼ無い、かな。」
困ったように眉を下げる鴇鮫。
仕方ない。
「抗えるだけ抗おう。きっと、ランドが来てくれる。⋯⋯信じよう。」
ここからランドのいる場所までは近い。それに、先程まで道中にいたランロークのメンバーがいなくなっている。
もしかしたらランドに知らせてくれているかもしれない。
「そうだね。信じるしかないね。」
「あぁ。」
俺達は覚悟を決め、今から起こりうるであろう事に対抗すべく拳を握りしめた。
そこからは展開が早かった。
レガロを放ち続けるディアヴォルク。
近づいて反撃をしようとしてもすぐに弾き返される俺達。
その場にいてもレガロの波が襲いかかる。
1つレガロを避けたところで別のレガロが放たれる。
ただひたすらに痛みに耐えるしかなかった。
それに対し、ミオラ・吉歌・牡丹の3人は、俺達にレガロを当てさせまいと体を張って必死に俺達を守ろうとしてくれた。
3人が誰かの前に立てばレガロを撃てなくなる。
一度俺に当たりかけたレガロも、吉歌がそれを遮ろうと俺の目の前に立ち塞がった途端消えた。
幹部達が舎弟達の放ったレガロを直前で打ち消しているようだった。
それを確認した吉歌は持ち前の運動神経を活かし、みんなの目の前を横切ってレガロをギリギリで止めてくれた。
そして3人は怪我をして動くのもままならない俺達を中央へ集めると手を広げ周りを囲んだ。
「もう充分でしょう?手を引きなさい。」
「嫌なら吉歌達に向けてレガロを放ってみたらいいにゃ!!!」
「私達は何があろうと絶対にここを動きません。」
3人の揺るがぬ強い意志に対し手を出すことの出来なくなったディアヴォルクは悔しそうな表情を浮かべていた。
しかし、あの男は違った。
「素晴らしい!怪我をしてでも仲間を守ろうだなんて素敵だよ!でも、それには及ばないよ。」
ニヤリと笑うと小さな透明の箱を胸元から取り出した。
「こんな時のために手に入れといて正解だったな。」
イリクは箱に文字を書き記した。
そして箱の蓋を開けると、それを俺達の方へ向けた。
「おいで、プリンセス。」
微笑んだ瞬間、突然目の前に居たミオラ・吉歌・牡丹の3人が消え⋯⋯
「⋯⋯何だ⋯⋯?」
気づいた時には、3人がイリクの持つ箱の中に閉じ込められていた。
必死に叫び箱を内側から叩く3人に対し、イリクは笑いながら蓋を閉めた。
「これで思う存分君達と遊べるね。」
「お前⋯⋯何したんだよ⋯⋯。」
椿がイリク達を睨みつけた。
「あぁ、これは違法銃を買った時に見つけた玩具だよ。好きな物をここに生きたまま閉じ込められるんだって。ランドをここに入れようかと思ってたけど、まさかこんな所で役に立つなんてね。」
箱の中で例え無駄だと分かっていても抵抗を続ける3人を愛おしそうに見つめるイリク。
「⋯⋯ざけ⋯⋯。」
「何か言ったかな?」
首を傾げるイリクを睨みつけたまま、椿は淡々とかつ物凄く怒りの籠った声色でもう一度呟いた。
「ふざけんなよ。」
椿の声が発せられた途端、凍えるような寒さの風が椿の言霊を乗せて路地を吹き抜けて行った。
瞬間に静まり返る路地内。
レガロを奪われた状態の中、そんなこと誰が出来るのだろうか。
ただ1つ言える事は、レガロを奪われたはずの椿の周りに冷気が漂っているという事だ。
「つ⋯⋯ばき?」
「許さない⋯⋯」
次の瞬間、ゴオッと勢いよく冷気が吹き抜け、俺の隣にいた椿は俺が目を逸らした隙に、いつの間にかイリクの目の前まで移動していた。
あまりの寒さに動くこともままならない様子のディアヴォルク。
「俺の大切な家族をこれ以上奪うな。」
椿は寒さに動けないイリクの手元から牡丹達の入った箱を奪い取った。
すると、今まで吹き抜けていた冷気がピタッと止んだ。
そうなると今度はディアヴォルクのターンだ。
ディアヴォルクのターゲットは必然的に至近距離にいる椿になる。
レガロが一斉に放たれた。
その場から離れることが出来なかった椿は、蹲りながらも箱を抱きしめ離さなかった。
怪我だらけの俺達は、そんな椿を助けるべく立ち上がり抵抗をしたが、やはり簡単に弾き返されてしまい全く歯が立たなかった。
ただただ傷が増えていくだけだった。
集中攻撃を受けた椿は力なくその場に倒れ込む。
イリクは幹部を含め舎弟達全員にレガロを放つのをやめるよう指示を出した。
その指示によってレガロの雨が止んだ。
イリクは椿に近寄ると、動かない椿の手元から箱を奪い返した。
「ふふっ。残念だったね。」
目を細め口角を上げると箱の中を覗くイリク。
箱の中の3人は、椿の事が気になるようで椿に向けて何かを叫んでいた。
小さくてハッキリとは分からないが、牡丹が泣いているようにも見えた。
「今しかない。」
俺の言葉を聞いていたグレイ達。その意図を汲み取ってくれたらしい。
俺が勢いよく駆け出すと、それに続いて一斉に椿の元へ駆け出した。
「やれ。」
イリクの合図で再度レガロを放ち出すディアヴォルク。
俺が椿の元へ辿り着けるよう、グレイ達が身を呈してレガロから俺を守り続けてくれた。
そのおかげで、何とか椿を俺達の側へと連れてくる事に成功した。
「椿!椿!」
動かない椿に必死に声を掛ける。しかし、椿は動かない。
心臓に手を当てると、微かに脈を感じた。
大丈夫。まだ生きてる。
俺はレガロから椿を守るようにマントを使い覆いかぶさった。
攻撃に耐えながらその様子を見ていた鴇鮫。
「ビア達を囲って!」
鴇鮫のその一言で、俺と椿の周りにみんなが集まり壁を作った。
それが、今の俺達にできる精一杯の抵抗だった。
椿を守ること以外何も出来ない俺達。
そして、立て続けの攻撃により血を流し倒れ出すみんな。
椿に覆い被さった俺は、それをただただ見ている事しか出来なかった。
戦闘不能状態とも言えるような様子の俺達にさえ容赦のないディアヴォルク。
「なんで、俺達⋯⋯なの?」
お腹をおさえ蹲っているヒショウがイリクを睨みつけた。
それを見たイリクの幹部達がヒショウに攻撃を仕掛けようとした。
しかしイリクはそれを止め、ヒショウの目の前まで行くと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「俺達がランドの所にただ遊びに行くだけじゃなんの面白味もないし、君達のような人がいるなら手伝ってもらった方がいいからねぇ。」
「て、つだう?」
「そう。だって、その方が俺達も門前払いされないし、ランドも君達を放っておくわけにいかないから俺達の前に強制的に姿を現す事になるだろうからね。要するに、君達は囮だよ。」
その自分勝手な言葉に俺達は何も言えなかった。
そんな時、俺達の背後から突然声が聞こえてきた。
「はぁ⋯⋯。人の縄張りに勝手に入り込むだけじゃなく好き放題荒らしやがって⋯⋯。」
その声の主が分かった途端、俺達は安堵の音を上げた。
イリクは声の主を見て嬉しそうに笑った。
「おやおや。やっと、総長様のお出ましだね。」
「違法銃を使うだなんて、天下のディアヴォルクも姑息な真似するようになったんだな。組でトップ3に入ってんのに情けない。この量のガーディアン相手に怖気付いたか?」
ランドの挑発にイラついている様子のディアヴォルク。
その様子を見る限りランドの方が1枚上手のようだ。
今にも攻撃を仕掛けそうな勢いのディアヴォルクだが、それを総長のイリクが制止した為もどかしそうにしている。
そんな中、ランドは冷静に仲間へ⋯⋯ランローク全員に聞こえるよう言葉を放った。
「華紫亜くん達を安全な場所へ。ディアヴォルクは俺が相手する。メリゴ、カンラ。シールドの展開及びヒールリーフの使用を許可する。」
「わかった。」
「任せろ!!」
指令に対するランロークの素早い反応により、俺達とランドの境にはシールドが展開され、安全が保証された中で幹部達に運ばれようとしていた。
「待っ⋯⋯て⋯⋯ぼ、たん⋯⋯」
体を張って牡丹を守っていたボロボロの椿が、息も絶え絶えになりながら必死に訴える。
意識を取り戻したようだった。
ランドはそれを横目で見ると、目線をイリクへ戻しながら言った。
「必ず傷一つつけずあんたらの元へ返す。だから安心してカンラ達に着いていけ。その姿のままじゃ、大切な妹にも顔向けできないだろ?」
ランドの強面の顔が少し綻んだ気がした。
幹部達に支えられていた椿はランドの言葉を聞き安心したように目を閉じると、幹部に身を任せていた。
俺達は幹部達に運ばれながら、ランドの背中を見送った。