弟子として
「首飛んでかねーように気をつけろよ。」
『まやかしの森』を抜け、無事に天狗の街「ロージ」に入る事が出来た俺達の頭上では、縦横無尽に天狗が行き来していた。
「普段からこうなのか?」
「まぁな。基本的に移動はほとんど飛んでる。」
「やっぱりいつ見てもこの光景はすげーよなー!」
「⋯⋯そうか?」
「普通だろ。」と言いながら、椰鶴は周りに見向きもせず前だけを見据えて歩いて行く。
俺達は初めて見る光景に驚きを隠すことが出来ず、ほぼ全員が周りを見渡していた。
商店街を抜け、住宅街を抜け、周りに自然が増え始め⋯⋯「ロージ」に入り歩き続けてかれこれ30分ほど経つと、突如目の前に断崖絶壁が現れた。
「何もないですね⋯⋯。」
「この先崖だけど⋯⋯。」
牡丹と椿の言う通り、先に道などなく、もちろん家もない。
椰鶴が師匠の元へ連れて行ってくれるはずだったが⋯⋯。
俺達が眉をひそめていると、崖の縁ギリギリに立つ椰鶴が振り返った。
「ここが師匠の家だ。」
「⋯⋯いやいやいや!!何もねーだろ!!」
「どういうことにゃ!?透明の家にゃ!?ヒショウには見えるにゃ!?」
「い、いいいや⋯⋯見えないよ⋯⋯。」
俺達が目の前の風景を見て戸惑っていると、椰鶴は表情一つ変えずに言った。
「師匠の家はこの下だ。」
そう言い指さしたのは崖の下だった。
「⋯⋯どうやって行くのよ⋯⋯。」
「ビアは飛べるけど俺含め他の奴らは誰も飛べないよ?」
確かに俺以外は誰も飛べない。
運ぶとしてもかなり時間を要すだろう。
ましてやここから飛び降りろだなんて、自殺行為でしかない。
「⋯⋯仕方ねーな。俺に続いて飛び降りろ。」
「いや!聞いてたか!?俺ら飛べないって!」
「無理よ。殺す気?」
椰鶴はため息をつくと、鋭い眼光でこちらを睨んだ。
「お前らこそ聞いてたか?俺に続いて飛び降りろ。度胸のねーやつ、ひよったやつは死ぬだけだ。」
死ぬだけという言葉に静まり返ると、和倉が笑った。
「ごめんね!椰鶴はこういう言い方しか出来ないけど良い奴だから!!それに、椰鶴の指示に従って一緒に飛べば死なずに済むからさ!俺達を信じて!」
和倉がフォローすると、椰鶴は崖の方を向いた。
「今から3数える。3で俺が飛び降りるからすぐにお前らも飛び降りろ。いいな、行くぞ。」
俺達の返事を聞かずに椰鶴は数を数え始めた。
もう椰鶴の言う通りにするしかないらしい。
俺以外の奴らは不安そうな表情で椰鶴を見ていた。
そして一一
「1、2、3。」
椰鶴は予告通りに躊躇なく3で飛び降りたため、俺達もそれに続きすぐに飛び降りた。
「きゃあああ!!!」
「うわぁああ!!!」
かなり高い所から飛び降りたため叫び声を上げていた。
よく見ると、グレイとヒショウ、鴇鮫以外は目をギュッと瞑っていた。
俺は心配だったため最後に飛び下り羽でスピード調整をしていた。
それに対して飛ぶことの出来ないみんなは凄い勢いで地面に向かって落ちて行った。
地面に叩きつけられる。
そう誰もが思った時だった。
椰鶴は背中に背負った椛型の巨大な扇を取り出すと、地面に向けて思い切り一振した。
それによって発生した風は地面にぶつかると反動で俺達の方へ戻ってきた。
戻ってきた風により、一瞬だが俺達は宙を少し戻された。
そのおかげでスピードが少し落ちると、椰鶴は続けて扇を二振りした。
全て俺達の方へ反動で戻ってきた風は、俺達の落下速度を少しずつだが確実に奪っていった。
そして、俺達は地面に叩きつけられることなく地面に降り立つことが出来た。
「な!死なずに済んだだろ?」
笑顔でそう言うのは椰鶴ではなく和倉だった。
「椰鶴はめっちゃ強いからな!!椰鶴を信じれば何だって上手くいくんだぞ!!」
自分の事のように得意気に話す和倉は何故か嬉しそうだった。
それに対して椰鶴は平然とした表情で崖の方を向いて立っていた。
「⋯⋯椰鶴?」
俺が後ろを向いている椰鶴に声をかけると、椰鶴は自分の目の前にある崖を指さした。
「ここが⋯⋯この先が師匠の家だ。」
振り返ってみると、崖には穴が空いており洞窟のようになっていた。
指さす先はその洞窟だ。
「着いてこい。」
椰鶴は俺達の方に一瞬目をやると洞窟に入って行った。
俺達は置いていかれないよう急いで椰鶴を追いかけた。
洞窟を進んでいくと、両端の壁に炎がユラユラと揺れているロウソクが現れた。
ロウソクの灯火は奥に進むにつれて明るくなっていった。
奥まで行くと行き止まりになり、椰鶴は足を止めると声を張り上げた。
「師匠!只今戻りました!」
すると、目の前の石壁が開き始めた。
「マジかよ⋯⋯スゲーな⋯⋯。」
「隠し扉にゃ!ワクワクするにゃ!!」
開いた扉の先には天狗の男性が立っていた。
「おかえり椰鶴。和倉も一緒か。鳥は捕獲できたか?」
そう言いながら男性は椰鶴と和倉の後ろにいる俺達の方へ視線を移した。
「⋯⋯そっちは友達か?」
「いや、そこで会いました。」
「うっそ!椰鶴素っ気ないー!」
「何も間違ってないだろ。」
「まぁそうだろうな。こんなに沢山知り合いを連れてくるなんて、この「ロージ」にもついに雪が降るかと思ったよ。」
「師匠まで⋯⋯。」
笑いながら言う男性に対して椰鶴は眉をひそめた。
そんな会話が繰り広げられているところでグレイが声をあげた。
「どこかで聞いたことある声だな⋯⋯ちょっといいか?」
後ろにいたグレイは先頭に立っていた俺とヒショウの間から顔を出した。
その瞬間いきなり叫び声を上げた。
「あぁああぁあぁぁあ!!!!」
「うわぁああ!!なになに!?」
突然隣で大声で叫ばれたヒショウは身体をびくつかせるとつられて叫び声を上げた。
俺は2人の声に驚きを隠せず2人の方を凝視していた。
何事だろうか⋯⋯。
叫び声を聞いた椰鶴と和倉、椰鶴の師匠はこちらを振り向いた。
そして一番最初に声を出したのは⋯⋯
「おお!グレイじゃないか!!久しぶりだな!」
なんと誰も予想していなかった椰鶴の師匠だった。
「お久しぶりです!春火さん!」
「グレイ、知り合いなのか?」
「まあな!春火さんは俺の祖父と仲が良くてたまに家に来るんだ!」
「俺の祖父ってことは学園長さんか?」
「あぁそうだ!あの化け物だ!」
化け物とか⋯⋯今目の前に学園長がいないからといってそんなこと言ってると後からなにか起こりそうな気がしてならない。
化け物発言に苦笑いをしていると、ヒショウが何かを考え始めた。
「⋯⋯ヒショウどうした?」
「いや⋯⋯違うかもしれないんだけど⋯⋯グレイの祖父の学園長さんってあの外見で58歳だったじゃん?そんな学園長さんとお友達ってことは、もしかして春火さんも⋯⋯?」
「⋯⋯あぁ、なるほど。」
何となくだがヒショウの推理は当たっている気がする。
俺とヒショウが推理をしていると、それを聞いていた椰鶴の師匠、春火さんがふふっと笑った。
「2人ともよく分かったね。私もグレイの祖父と同じ年齢。58だ。」
それを聞いて俺とヒショウが納得していると、それに反しミオラ、吉歌、椿、牡丹、鴇鮫の5人は同時に声を上げた。
「58!?嘘でしょう!?」
「嘘にゃ!見た目合わないにゃ!!」
「⋯⋯本当?」
「本当なのですか?」
「え⋯⋯冗談だよね?」
そんな反応を見た春火さんは笑いを堪えきれず吹き出した。
「やっぱり、若作りは楽しいな!特に若者からこういう反応が貰えるから止められないんだよな〜。」
一連の流れをずっと真顔で聞いていた椰鶴が何かを思い出したような表情をした。
「あ、そうでした。師匠。この人達が師匠とお話したいそうです。」
「お話?なにかな?」
春火さんが、たまたま1番前に立っていた俺に目線を合わせてきたため、俺はここへ来た目的を話し始めた。
「一一。そこで、先程椰鶴達にあった時に「ロージ」のガーディアンが春火さんだとお聞きしたのでここへ来ました。」
それを聞いた春火さんは困ったような顔をした。
「確かに私はこの街のガーディアンをやっている。だが、私は58歳だ。この街を守ることで精一杯な私がこの国を守るために君達若者と共に戦うなんて無謀だろう。しかし、ファニアス様からの命令を無視する訳には行かないからなぁ⋯⋯。あぁそうだ。椰鶴。」
そこまで言うと、春火さんは椰鶴の方を向いた。
「はい。なんでしょうか師匠。」
「お前が私の代わりに行ってくれないか?」
その瞬間、椰鶴は目を見開いた。
「そんな!俺が行くだなんてできません!俺はただの一般人です!そんな俺が師匠の代わりをするなんて無理です!」
椰鶴は必死な様子で春火さんを説得し始めた。
「それに、俺が師匠の代わりなんてことが「ロージ」に知れ渡ったら⋯⋯きっと街の人は絶句するでしょうし、絶対に許してくれません!」
拒否をし続ける椰鶴を見た春火さんは深いため息をついた。
「椰鶴。お前は何のために私の弟子になった?」
「⋯⋯え?」
「強くなりたいからじゃないのか?だから街一番の天狗だと言われていた私の所に弟子になりたいと来たんじゃないのか?」
「そ、それはそうですが⋯⋯。」
狼狽える椰鶴を見た春火さんは、椰鶴の前に立ち目線を合わせた。
「私は基本弟子は取らない。弟子を取るつもりなど一切なかった。そんな私が何故椰鶴を弟子として迎え入れたと思う?」
そう問いただされた椰鶴は口を噤んだ。
何も言えない様子の椰鶴を見た春火さんは話を続けた。
「あの日の⋯⋯私に弟子にしてほしいと頼みにきた日のお前の目。そこに現れた熱意が紛れもなく本物だと思ったから、私は椰鶴を弟子として迎え入れたんだ。あの日、私はお前を見て『この子なら最後までやり遂げられる。この子は私以上に強くなれる力を持っている。その力を引き出し伸ばせるのは間違いなく私だけだろう。』そう思ったんだ。」
春火さんは目を閉じた。
暫しの沈黙の後、春火さんは目を開くと笑った。
「その後実際にお前の鍛錬の様子を見て、『この子なら私を越せる。その暁にはガーディアンとしてこの国を守ることができる。』と確信した。お前は私の力をとうの昔に越している。お前はその事に気がついていないのだろう。街の者達もまだその事実には気がついてはいない。⋯⋯でも、私にはわかる。なぜならお前の成長を一番近くで見てきたからだ。お前は十分強くなった⋯⋯私の最愛の弟子だ、椰鶴。」
「⋯⋯ありがとうございます。師匠。」
その瞬間、椰鶴の目がキラリと光ったように見えた。