独りじゃない
ビアは篭姫との遊びから解放され元の世界に戻ってくると、倒れている和倉と業であろう妖怪の姿を視界に収めた。
息のしてない和倉を救うためそれぞれが出来ることを続けた。
数分後、和倉が息を吹き返したため全員が安堵の表情を見せていた。
和倉が回復し、全員が無事だということを確認した俺は、それぞれの世界で起きた出来事を報告し合うことを提案した。
「そうね。状況を把握しておくことは大切だと思うわ。ビアの提案に賛成よ。」
ミオラが俺の提案に乗ると、それに続いて全員がすぐに同意をしてくれた。
報告を続けていくと、それぞれの世界で何をしていたのか、現在誰がどのような怪我をしたのか、処置はどれくらい施されている状況なのか等様々なことを知ることができた。
見るからに怪我をしていた吉歌の事和倉の治療と平行で牡丹が処置をしてくれていたが、他の者の怪我は和倉で精一杯だった事もあり気がつくことが出来ていなかった。
報告内容を踏まえ、今後の対策や各々の怪我の程度、回復の度合いに見合った治療を行っていかなければ⋯⋯。
「あっ!そうにゃ!気になることがあるにゃ!」
報告の途中で突然声を上げた吉歌。
全員の視線が吉歌に集まると、吉歌は話を続けた。
「堕亡は吉歌達に負けたら堕亡の世界から出られなくなるって言ってたにゃ。その話が本当にゃら、吉歌達がゲームに勝って元の世界に戻ってきた今、堕亡はもうここには戻って来れないことになるにゃ。それって本当なのかにゃ?」
その質問に即座に反応したのはグレイだった。
「そういえば、全く同じことを篭姫が言ってたぞ!実際、和倉を治療している時間もあったのにまだ帰ってきてないってことは、篭姫も堕亡も本当に戻って来れないってことなんじゃねーか?」
「うーん⋯⋯そうなるとちょっと可哀想にゃね⋯⋯。」
「でも逆に俺達が負けてたら蝶になったり子どもになってここには戻って来れなかったんだし、当然の報いなんじゃねー?まぁ可哀想ってのも分からなくはねーけど。」
グレイの言うことは一理ある。
俺達がここに戻ってくることが出来なかった可能性だってあるのだから、仕掛けてきた側にも同様の措置があるのは仕方がないことだろう。
しかし、全員が無事であり余裕がある今、篭姫と堕亡を心配する気持ちも分かる。
もう戻って来れないだなんてやはり悲しいものである。
例え敵だとしても、戻って来れる方法があるならこの世界へ連れ戻してあげたい。
何か方法はないかと思考を巡らせ始めた時だった。
「それなら問題ないよ。」
その一言に全員が和倉を見た。
「どういうことだ?」
「そうだね⋯⋯。業が全部説明してくれると思うよ。」
和倉は黒焦げになっている鬼の青年⋯⋯業に視線を移した。
いや、業はもう死んでしまったんじゃ⋯⋯。
先程見た惨状を思い出しながら業に目をやった。
「⋯⋯え?」
俺が突然声を上げたからか、出来るだけ業を見ないようにしていた吉歌達もゆっくりと視線を動かした。
「にゃっ?なんでにゃ?」
「は!?怖すぎんだろ!!」
「おかしいね。黒焦げになってた気がするけどな。」
吉歌とグレイが驚くのも無理はない。
倒れたままに変わりはないが、何故か回復しているのだ。
鴇鮫の言う通り、業は黒焦げだったはずだが⋯⋯。
「回復したってことかしら?」
「いや、死んでたはずだしそんなことできないんじゃ⋯⋯。」
「特別なレガロがない限り不可能ですよね。」
ミオラ、椿、牡丹の3人は何故回復しているのか議論していた。
特別なレガロ⋯⋯死んでも使えるレガロを持っているということだろうか。
「お前がやったのか?」
そんな中、椰鶴が訝しげにヒショウを見た。
「やってないよ!見ず知らずの敵のことなんて回復するはずないじゃん!!それに、そもそも回復出来るような状態じゃなかったし⋯⋯。」
異様な雰囲気が漂う中、そんな空気を全く気にしていない様子の明るい声が森に響き渡った。
「あ、君達戻って来てたんだね。」
もちろん声の主は俺達ではなく⋯⋯
「賑やかだなって思ったよ。」
黒焦げになっていたはずの業だった。
業は微笑みを崩さずにゆっくりと起き上がった。
まだ傷は完全に癒えていないようだが動けるまでに回復しているため、何か仕掛けてくるのではと全員が業に対して身構えた。
「あぁ、君達に攻撃はしないから大丈夫だよ。和倉くんと遊んで疲れちゃったから今日はもう誰とも戦うつもりはないからね。」
そんなこと言われたって、敵の言葉を簡単に信じられるはずがない。
警戒し続けている俺達を見て、何かを閃いたかのように「そうだ。」と呟く業。
「俺は和倉くんのことを殺しかけちゃったし、見た所篭姫と堕亡も他の人達にかなり攻撃を仕掛けてやりすぎちゃったみたいだからね。お詫びだよ。」
『お詫び』という言葉に俺達が目を見合わせ首を傾げていると、業はふふっと笑った。
「君達が勝ったんだからこれくらいさせてね。花見で一杯。」
突然俺達の周りを桜の花びらがヒラヒラと舞い始めた。それと同時に、疲れが飛び体力が回復しているのが分かった。
「どういうことだ?」
そんな違和感を感じたのは俺だけではなかったようだ。
「す、凄いにゃ⋯⋯腕が動くにゃ!!」
「凄い!疲れが吹き飛んだよ!どうして?」
吉歌の折れた腕の骨や、篭姫との遊びに加え和倉の回復をしたヒショウの体力が回復しているようだった。
敵を回復させるという行動を起こした業に疑問が拭えない俺達に対し、業が言った。
「透明人間くんも体力がかなり削られてるみたいだから、流石に一人で全員を治すのは大変だろう?なかなか信じてもらえなさそうだったから、君達を元気にするのが信頼を得るには1番手っ取り早いし丁度いいかなと思ってね。ちなみに、猫娘ちゃんは骨折してるみたいだから、他の人よりは多少完全回復まで少し時間がかかると思うしまだ無理はしないようにね。でも、誰かに途中まで治してもらってたみたいだから、思ったより早く回復できるかもね。」
ここまで心配してくるってことは本当に戦う気はないということなのだろうか。
俺が鴇鮫をチラッと見ると、ちょうど同じタイミングで鴇鮫も俺を見てきたため目が合った。
鴇鮫はニコッと笑って頷く。
なるほど。業を信じていいということか。
鴇鮫が言うのだから間違い無いのだろう。
「俺達のことまで気にかけて回復してくれてありがとう。」
「いえいえ。信じてもらえたならなによりだよ。」
ふふっと笑う業に、椰鶴が口を開いた。
「お前、なんで生きてんの?」
「⋯⋯なんでって?」
「俺達がここに戻ってきた時、お前は黒焦げだった。あれで生きてられる奴はいない。ぜってー死んでた。なのになんで生きてんの?」
俺達全員が考えていたであろう疑問をすぐさまぶつける椰鶴。
終始辛辣だが、的を得た発言だ。
反対に業は終始笑顔で聞いており、そんな言葉を気にするそぶりも見せなかった。
「あぁ、なるほどね。俺、不死の呪いがかかってるんだ。だからどれだけ攻撃を受けても死ねないんだよね。呪いの経緯は和倉くんが知ってるから後で聞いてね。」
不死の呪い。
予想もしていなかった回答に言葉を失った俺達。
ただ、不死の呪いにかかっているのであれば、黒焦げになっていたあの状況から今目の前にいる業の状況まで回復することは容易いことだと納得がいった。
ということは⋯⋯
「和倉。業に聞けば分かるっていうのはこういう事だったんだな。」
「うん!そうだよ!」
突然話の話題に自分の名前が出て来たからか、業は不思議そうな表情でこちらを眺めていた。
そんな業に和倉が言った。
「ねぇ、業。みんなが篭姫と堕亡の行方を心配してるんだ。業の不死の呪いについては俺がみんなに説明するから、その代わりに篭姫と堕亡についてみんなに説明してよ。」
「⋯⋯へぇ。交換条件だね。⋯⋯まぁ、和倉くんに言われたら断れないかな。」
業は微笑みながらも困ったように眉を下げた。
「それじゃあ、先に俺の不死の呪いについて和倉くんに説明してもらって、その後俺が篭姫と堕亡について説明するって形でどうかな?」
「うん。いいよ。」
和倉は提案を受け入れると、改めて俺達の方を向いた。
「業が不死の呪いにかかったのは何千年も前の話一一」
ゆっくりと語り出す和倉の話を、俺達は静かに聞くことしか出来なかった。
「一一っとまぁ、これが俺の知ってる範囲の不死の呪いについてかな。説明終わったし、次は業の番だよ。」
業に全員の視線が集まると、業はニコッと微笑んだ。
「そうだね。それじゃあ、簡単にだけど説明するね。篭姫と堕亡が永遠に戻って来れないのかってことだけど、それは2人が始めた危険な遊びを辞めさせるための脅しなんだ。本当は、深く反省した上でここへ戻りたいと強く望めば簡単に帰って来れるよ。まぁ、俺には手出しすることはできないから、2人に賭けるしかない。反省出来る心を持った子達だって信じるしかないよ。」
戻ってこれると聞いて安堵の空気が流れたと同時に、今まで静かに話を聞いていた椿が疑問をぶつけた。
「業。遊びを辞めさせるためとは言え、2人にそこまでする必要あったの?」
「俺は他人を不幸にするような童戯が一番嫌いだからね。」
嫌いだから⋯⋯その言葉がとても重いものに感じた。
業は童戯の定義を守っているようだった。
椿が「ふーん」と小さな声で呟くと、業は表情一つ変えずに続けた。
「さ、君達は勝負に勝ったんだ。2人はいつ戻ってくるかも分からないし、早く行きなよ。この国を、ハロウィンを守るんだろう?」
業には俺達の行動が全てお見通しだったようだ。
しかし、和倉はその言葉に反論した。
「いや⋯⋯これでも俺は「オーガ」のガーディアンなんだ。例え人を襲うような敵だったとしても、例え自分を殺そうとしてきた相手だとしても、「オーガ」の住民に変わりはないよ。その大切な住民がいなくなるのは困る。俺は2人が戻ってくるまでここで待つ。俺には「オーガ」の住民を守る使命があるからね。」
和倉はそう言うと、その場に胡座をかいた。
俺達は誰一人として和倉の言葉を否定することはなかったが、業は違った。
「戻ってこなかったらどうする?」
今まで表情を崩さなかった業が眉を潜めた。
しかし、俺達は意見を変えなかった。
「2人のこと、信じてるんだろ?」
「大丈夫よ。きっと戻ってくるわ。」
「和倉さんがここに残るのなら、私達も一緒に残ります。ね、お兄様。」
「そうだね。同じガーディアンとして、街や住民を守ろうとする気持ちは変わらない。和倉が残るなら仲間である俺達も残る。」
俺達の強い意思に業は言葉を詰まらせた。
「そういえば⋯⋯」
小さな声で呟く鴇鮫。
何か思い出したのだろうか。
「君は不幸せにする童戯が嫌いって言ってたけど、あの子達は、ただただ『沢山遊びたいこと』と『独りになりたくないこと』だけを願って遊んでいたみたいだよ。」
「⋯⋯それって、どういう⋯⋯」
「人を傷つけたいとは思ってないって事だよ。不幸にする童戯が嫌いなのかもしれないけれど、純粋な気持ちを持ってる2人のことは嫌わないであげて欲しいな。」
鴇鮫が言うのだから2人の気持ちに間違いはないのだろう。
しかし、業はまだ信じることができない様子だった。
「⋯⋯なんで2人の気持ちが分かるんだい?」
そんな質問にも、鴇鮫は微笑みながらはっきりと答えた。
「2人は一途な目をしていたからね。視ようと思えば俺になら簡単に分かるよ。」
「そっか⋯⋯君は百目だったね。」
納得した様子の業は眉を下げ何故か悲しげに笑った。
「君達は⋯⋯いや、どうして最近の子達はみんな優しいのかな。」
どれくらい経っただろうか。
日が傾き、空に星が輝き始めた。
戦闘による疲労から寝てしまう者もいた。
2人はいつここへ戻ってくるのだろう。
明日になっても戻ってこない場合、2人が戻ってくるのを見届けることができないまま先へ進むことになるだろう。
これ以上立ち往生しているとオスクリタの進行が更に悪化してしまう。
綺麗に輝く星を見上げながら先行きの不安が頭をよぎった。
「⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
どこからか微かに声が聞こえてきた
反応したのは俺だけで、俺以外誰一人その声に気がついていない様子だった。
気の所為だろうか⋯⋯。
「許⋯⋯して⋯⋯」
いや、気の所為じゃない。
少し高い幼い子どもの声。この声は
「堕亡?」
俺の呟きに、ずっと起きていた業・和倉・ 椰鶴の3人が素早く反応した。
「堕亡って⋯⋯。」
「ビア、どうしたの?」
「何事?」
「今⋯⋯堕亡の声が聞こえたんだ。」
信じられないといった表情の和倉、椰鶴に対し、業は一瞬驚きを見せたもののすぐに笑った。
「あぁ、君が言うなら本当に聞こえたんだろうね。」
「どういうことだよ業。」
「だって⋯⋯ヴァンパイアの者達は耳が良いだろう。俺達には聞こえない小さな音も聞こえてるはずだよね。」
「ふふっ」とどこか嬉しそうに笑う業。
口ではあんな風に言っていても、本当は誰よりも2人を心配しているのだろう。
「⋯⋯嫌だよ⋯⋯」
「⋯⋯もう嫌⋯⋯」
再度聞こえて来た堕亡の声。しかし、今度はその声に重なり微かに篭姫らしき声も聞こえた。
それは俺だけではなく、他の3人にも聞こえていたようだ。
ざわつく俺達4人に、休んでいた者達は目を覚ましたようだ。
そして⋯⋯
「独りにしないで」
ハッキリとした篭姫と堕亡の声が全員の耳に届いた瞬間、ブワッと森の奥から風が吹き込んできた。
この風は一度体験したことがある。これが吹いたということは⋯⋯
「⋯⋯篭姫、堕亡。おかえり。」
業が儚げに微笑むと、それが合図だったかのように目の前に篭姫と堕亡が現れた。
2人はしゃがみこんでいた。
俺達は2人が現れたことに驚きはしなかったものの、ここへ戻って来た2人をただただ見つめ続けた。
ふと堕亡が顔を上げた。
堕亡の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「⋯⋯えっ⋯⋯どうして?」
目の前に俺達や業がいることに驚きを隠せない様子の堕亡。
そんな堕亡の声に篭姫はハッとしたように顔を上げた。
堕亡と同じく顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
お互いに顔を見合わせると、安心や戻って来れた嬉しさからか顔がクシャッと歪み⋯⋯
「「業ぁ!!」」
泣きながら業に勢いよく抱きついた。
2人を優しく受け止める業。
その姿はまるで⋯⋯
「家族みたい。」
ポツリと呟かれた言葉に、俺を含めその場にいた者全員が声の聞こえた方を振り返った。
「え?俺まずいこと言った?」
突然全員の視線を浴びた和倉は戸惑っているようだった。
それを聞いていた業達は視線を落とした。
「家族⋯⋯ね。」
「僕達は家族なんかじゃないよ。」
「家族だなんて⋯⋯業に失礼でしょ。」
3人は『家族にされる事』を嫌がっているというよりは、『家族という言葉』を嫌っているように感じた。
そんな3人を見た和倉は、
「ふーん⋯⋯なるほどね。」
何かを納得した様子を見せると、口角を上げた。
「俺には3人の様子が家族のように見えたんだけどなぁ。だって3人は今、元の世界に戻ってきたことだけに歓喜したわけじゃなくて、もう一度お互いの顔を合わせることができたことにも歓喜したわけでしょ?篭姫と堕亡は業を見て安堵した。業は篭姫と堕亡が無事に戻って来たことを知り安堵した。そうでしょ?」
その言葉を聞き口を閉ざす3人。
そんな3人に対し畳み掛けるように和倉は話を続けた。
「君達3人はもう独りぼっちの世界で生きる必要がないんだよ。業がいる。篭姫がいる。堕亡がいる。誰一人欠けずにいるからこそ、君達は永遠の命を持ちながらもこうやって生きることができてるんじゃない?」
篭姫と堕亡はその言葉を聞き涙をこぼした。
「俺にはお互いがお互いを大切な人だと思ってるように見えたよ。同じ宿命の元、長年共に過ごして来た大切な仲間⋯⋯いや、長年一緒にいれるほど信頼しあってるなら、仲間じゃない。家族でしょ!」
声を上げながら泣き出す篭姫と堕亡。
その後ろに立つ業の目からは涙がこぼれ落ち、静かに頬を伝った。
「なぁ和倉。あいつらあのままでよかったのか?」
暗闇を進みながらグレイが口を開いた。
「と、いいますと?」
「仕返しするとかじゃねーんだけど、何かやられっぱなしで腑に落ちねーっつーか⋯⋯。」
うーん⋯⋯と唸るグレイ。
和倉はニヘラと笑った。
「いいんだよ。街のみんなが幸せでいてくれることが1番だからな!」
ふと後ろを振り返ると、少し遠くに月明かりに照らされた3人が見えた。
暗闇の中で光る3人は、月光の下で抱きしめ合っており、時折頬がキラッと輝いた。




