弱点
目を開けると、俺は地面に倒れていた。
状況を飲み込めずただただ空を見つめる俺の視界に業が映り込んできた。
「おや、お目覚めかな?」
目の前にしゃがみ込んだ業は優しく微笑むが、それとは裏腹に言葉は残酷だった。
「へぇ。五光に耐えて生きていた人は和倉くんが初めてだよ。まぁ、傷はかなりのものだけどね。」
『生きていた』って、殺すつもりだったってことか⋯⋯。
それよりも⋯⋯
「何⋯⋯した?」
「何したって⋯⋯そっか。月の光のせいで何が起きたのか分からなかったんだね。」
業はウンウンと頷くと、ご丁寧に説明を始めた。
「綺麗な月の光が君を包み込んだだろう?その瞬間に、光が刃となって和倉くんを切り裂いたんだ。普通の人だと耐えられずに死んじゃうから普段はほとんど出さないし、出しても力を抑えることが多い。でも、今回は和倉くんに見合うものをって思って本気を出したんだよね。」
光の⋯⋯刃?俺を切り裂いた?
⋯⋯あぁ、だから体全体が生暖かいのか⋯⋯。
体が暖かく感じる原因が自分から流れ出ている血だと知り、少し納得がいった。
しかし、痛みがない。
もしかしたら感覚神経が狂っているのかもしれない。
力が出ない俺は自分の体の状態を見ることもできない。
「やっぱり凄いなぁ。立てなくとも耐えて生きているなんて。」
怪我だらけの俺を前に、業は感心したと言うかのように拍手をする。
そんな業に対抗する力も無く、ただただ業を見つめていた。
「でも、流石に辛そうだね。もう遊びは終わりにしようか。」
薄れゆく視界の中、業は立ち上がり俺の傍からどんどん離れて行った。
あぁ、ダメだ⋯⋯これじゃ業の思うつぼだ。
俺はゆっくりと深く息を吸い込んだ。
うん。まだ心臓は止まっていない。臓器や脳も生きている。
だったら、視界が薄れていることや体に力が入らないことなんて関係ない。
死んでないならまだやれる。
いや、やらなきゃいけない。
このまま死んだら、『14石として』『ガーディアンとして』の示しがつかない。
14石であり「オーガ」のガーディアンである俺が負けたなんて椰鶴が知ったらため息をつくだろう。
そんなの、嫌だ!!
死んでもため息はつかれたくない!!
だが、業が『花見で一杯』を使える限り俺は勝つことができない。
だからこそ、業に勝つには一撃でやらなきゃならないだろう。
本当はまだ練習中だし、体力が奪われてしまうから使いたくなかったけれど、ここまで来たらやるしかない。
上手くいくかどうかなんて関係ない。
体が動くかどうかなんて関係ない。
このレガロにかけるしかないんだ。
そして、椰鶴達を助けて椰鶴にたくさん褒めてもらうんだ!
俺はそれだけの感情を糧に近くに落ちていた剣を拾いながら必死に立ち上がった。
足の感覚などもちろんない。
自分でもよく立てたものだと感心する。
突然俺が動き出したからか、俺の方を振り向くと業は首を傾げた。
「あれ?もう立てないと思ったんだけどな?」
俺は息を整え業を睨んだ。
「ほ、炎は、水や雪に弱い。⋯⋯確かにその通りだよ。だからこの世界に、俺を連れてきたんだよね?でも⋯⋯残念、だったね。1つでも弱点があったら、そんなの14石じゃないんだよ。認めて貰えないんだよ。」
口を挟むことなく静かに俺の言葉を聞き続ける業。
俺は、必死に言葉を紡いだ。
「俺の青い炎は、簡単には消えない。⋯⋯水や、雪だってものにする。そんな青火使いの俺にとって、このステージは⋯⋯最高のステージだよ!」
俺は剣を思いっきり地面に突き刺した。
「細雪。」
一瞬雪が止んだ。
不思議そうに空を見上げる業。
すると、すぐにキラキラと光る雪が空から降ってきた。
白く輝くとても綺麗な雪。
見ているだけなら先程降っていた雪に負けない程だ。
だが、この雪は普通の雪とは少し異なっている。
だって⋯⋯
「ひっ⋯⋯ぐ、うぁ⋯⋯うああああ!!!」
この雪は触れたものを燃やしてしまうから。
雪に触れた業は、一瞬で青い炎にまかれて火ダルマのように燃え上がった。
そして、黒く焦げた業はそのまま降り積もった雪の上に倒れ込んだ。
あぁ⋯⋯やったよ、椰鶴。
力尽きた俺は業が動かないことを確認すると、そのまま目を閉じ雪の上へ倒れ込んだ。
「⋯⋯くら!和倉!和倉!!」
どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「死んじゃ嫌にゃ!!!!」
「まだ出会ったばっかりだろ!?」
「ヒショウ、死なせるんじゃないわよ!!」
「ぜ、絶対に、死なせない!」
吉歌、グレイ、ミオラ、ヒショウ?
「私達も援護します!」
「死ぬなよ、和倉!」
牡丹と椿?
「目を覚まして、和倉。」
「和倉、戻ってこい。」
鴇鮫に、ビア?
「和倉!!」
⋯⋯⋯⋯椰鶴?
俺はゆっくりと目を開けた。
そこには俺を揺らしながら必死に名前を呼び続ける椰鶴と、俺の周りを取り囲むみんながいた。
「っ!!和倉!俺達が分かるか!?」
これまでに見たことない必死な表情で俺に声をかける椰鶴。
そんなの、もちろん⋯⋯
「⋯⋯わ、分かるよ、椰鶴、みんな。」
俺の言葉を聞いて安心したのか、みんなの顔に笑みが溢れる。
口々に「よかった」「死んじゃうかと思った」と言うみんな。
俺はゆっくりと体を起こしながら、みんながここへ戻ってきたことへの嬉しさを噛み締めた。
よかった⋯⋯みんなも帰ってきてくれた。
でも、みんなが帰ってきたってことは⋯⋯
篭姫、堕亡の2人の行方を心配していた時だった。
みんなの安堵の声に反し、突然耳をつんざくような怒号が響き渡った。
「馬鹿和倉!!!」
辺りはシンと静まり返り、全員が口を閉ざした。
声の主は椰鶴だった。
「こんなとこで死にかけんな!!俺達が戻って来なかったらどうするつもりだったんだ!!お前、死んでたかもしんねーだろ!!」
「椰鶴、落ち着け。」
怒号を浴びせてくる椰鶴を落ち着かせるように、肩に手を置くビア。
椰鶴は肩で呼吸をしながら俺を睨みつける。
「椰鶴の言う通りよ。貴方、私達が戻ってくるのがもう少し遅かったら死んでたわ。」
椰鶴をフォローするように冷静に話すミオラ。
「厳しいことを言うようだけど、貴方やりすぎよ。何があったかは分からないけれど、見た所あの鬼の男と戦ったんでしょう?」
黒焦げになった業をチラッと横目で見るミオラ。
他の人はそちらを出来るだけ見ないようにしているようだった。
「戦って勝つのはとても素晴らしいことよ。でも、死にかけてまでやることじゃないわ。貴方をこうやって大切に思う人がいるの。もっと自分を大切にしなさい。」
ミオラの言う通りだ。
椰鶴のこんな表情を見たのは初めてだった。
こんな表情を見せ、怒らせてしまうようなことを俺はしてしまったのだと深く反省した。
「ごめん、椰鶴。ごめん、みんな。」
俺の言葉を聞くと、ミオラはニコッと微笑んだ。
「そう言える力があるなら安心ね。何にせよ、結果的には生きてたんだからよかったわ。ね、椰鶴。」
話を振られた椰鶴は一瞬目を逸らしたが、すぐに俺の目をじっと見た。
「あぁ⋯⋯そうだな。」
椰鶴⋯⋯ごめんね。勝たなきゃって思ったんだ⋯⋯。
椰鶴の表情に俺は視線を落とした。
視線の先には傷口の塞がった自分の体があった。
「あれ?⋯⋯なんで?」
冷静に考えてみると、動けなかったはずなのに自力で起き上がることができている。
そもそも、死ぬかもしれない状況だったはずなのにどうして?
「ヒショウが血を止めて傷口を塞いでくれたんだ。椿と牡丹ちゃんも一緒にね。」
俺の様子を伺っていた鴇鮫が微笑んだ。
「戻ってきてすぐ、俺達は倒れている君達2人を見つけた。驚くと同時にただただ声をかけることしかできなかった俺達に対して、ヒショウは誰よりも早く君の元へ駆け付けて回復処置を施し続けてくれたんだ。」
「⋯⋯ヒショウが?」
俺はヒショウの方へ目を移した。
ヒショウはどこか疲れ切ったような表情をしていた。
他の人より疲れているのは、きっと俺に回復処置をしてくれていたからなのだろう。
しかし、ヒショウはニコッと笑った。
「確かに俺は回復処置をしたけど、俺だけの力じゃないよ。椿と牡丹ちゃんも一緒に処置をしてくれたんだ。だからこそ、こんなに早く回復できたんだよ。」
「そんなことないですよ。私達は手伝っただけです。」
「ほとんどヒショウが処置してくれたんだ。」
微笑みながら謙遜する2人。
俺はそんな3人に頭を下げた。
「ごめん。それと、ありがとう。本当に助かった!生き返らせてくれてありがとう!」
「仲間なんだから当たり前。」
「お兄様の言う通りです。気にしないでください。」
「少しでも助けになったならよかったよ!」
3人の優しい言葉に頬が緩んだ。
しかし、やっぱり気になるのは椰鶴の表情だった。
怒っているようだが何故か少し悲しさが溢れる表情で目を逸らし続ける椰鶴に、俺はどうすべきか考えるよりも先に勝手に口が動いた。
「ねぇ、椰鶴。」
声をかけられた椰鶴は視線をこちらへと向けた。
「お、俺⋯⋯ちゃんとやれたかな?」
そんな質問今すべきじゃないことなんて分かってる。
心配してくれている椰鶴にかけるべき言葉じゃなければ、ただの自己満足でしかない発言だろう。
ただ、それでもどうしても聞きたかった。
そんな俺の突拍子もない発言に、椰鶴は一瞬固まったように見えたが、ふわりと微笑んだ。
「そうだな。」
そして、椰鶴は俺の目線に合わせるようにしゃがむと、いつもの表情と声色で言った。
「このタイミングでそんな質問してくんのがお前らしくて安心した。」
「⋯⋯そっか。よかった⋯⋯いつもの椰鶴だ!!」
「⋯⋯わけわかんねー。」
ヘラヘラ笑っている俺に対して辛辣な言葉を放つ椰鶴。
ただ、その辛辣な言葉の裏には優しさがあることを俺は知ってる。
だからこそ俺は椰鶴が好きなんだ。
俺が椰鶴への愛に浸っていると、椰鶴はスッと立ち上がり手を俺の目の前に差し出した。
「⋯⋯元気なら立てんだろ。」
「⋯⋯うん!」
暖かい椰鶴の手を握り、俺はゆっくりと立ち上がった。