松に鶴
「牡丹に蝶。」
業が一言呟くと『まやかしの森』が一変し、見たこともない世界が広がった。
辺り一面、牡丹の花が咲き乱れ、綺麗な蝶が飛んでいる。
突然の出来事に一瞬たじろいだが、すぐに腰に下げた剣を引き抜くと、勢いよく業に斬りかかった。
「刀炎陣 切刻!」
俺の剣が青い炎に包まれると、業に斬りかかった瞬間、青い炎が業の周りを取り囲み切り刻んだ。
ーーはずだった。
炎が消えると、そこに業の姿はなかった。
「あれ?どこ行った?」
俺が辺りを見回していると⋯⋯
パチパチパチパチ
「素晴らしいね!」
頭上から拍手と共に業の声が聞こえてきた為、俺は上を見上げた。
そこには優雅に拍手をする業がいた。
よく見ると、業の両肩に2匹ずつ蝶が止まっている。
「素晴らしいよ、和倉くん!なるほど
ね。君は剣術に長けてるだけじゃなくて、青火使いだったんだね。俺は君みたいな素晴らしい人に出会えて嬉しいよ。」
業は俺が青火使いだと言うことを知って喜色満面に溢れている。
そんなに喜ぶことだろうか。
初めて見る業の喜ぶ姿を見て疑問を抱いていると、業は「あっ」と小さな声で呟いた。
「ということは、さっきの天狗くんは赤火使いかな?」
「⋯⋯なんで椰鶴が赤火使いだって知ってるの?」
俺が青火使いで椰鶴が赤火使いだということは、業はもちろんビア達にさえ伝えていない事実だ。
なのに何故それを知っているのだろうか。
業は俺を見下ろしたまま話を続けた。
「君と天狗くんはお揃いの指輪を付けてたよね?君の指輪には見ての通りブルーサファイアが埋め込まれている。天狗くんの指輪は一瞬しか見えなかったけど赤く光っていたからね。ルビーが埋め込まれているのかな?」
俺は今までずっと業と話をしていたから指輪の存在に気づかれていても不思議ではないが、短時間しか顔を合わせていない椰鶴が指輪をつけていることに気がつくなんて⋯⋯
業の観察能力の高さに俺は言葉が出なかった。
「長年生きてきたけど、14石に会えたのは初めてだ。1度に2人も会えるとは思わなかったよ。」
14石とは俺と椰鶴のように、各色の炎を宿す宝石を受け継ぐ者達を指している。
赤・桃花・橙・黄金・緑・水縹・青・紫・茶・灰・黒・白・透明・七色の宝石を、この国の何処かに住む14人がそれぞれ1つずつ己の武器やアクセサリーに埋め込み身に付けている。
俺と椰鶴は、その宝石をお揃いの指輪に埋め込んでいるのだ。
「そっかぁ。14石かぁ。」
業は何を考えているのだろうか。
意味深に笑う業を俺はじっと見つめた。
俺を油断させて突然攻撃を仕掛ける作戦かもしれない。
俺は剣を業に向け構え直すとギュッと握りしめた。
業は蝶に何かを伝えると、蝶は業の肩から飛び立った。
業は優雅に着地をし微笑んだ。
「14石の和倉くんにはもっと素敵なステージを用意しないと失礼だね。」
「何言っt」
「松に鶴」
俺が口を挟む隙も与えないかのように業は呟いた。
すると、また景色が変化した。
咲き乱れた牡丹と蝶が消えると辺り一面雪景色になった。
シンシンと雪が降っており、よく見ると白銀世界の中央には松の木と鶴が1羽いる。
見ている分にはとても美しい景色だ。
ただ、とても寒い。寒すぎる。
寒さを物語るように息が白く染まった。
「14石でありヒーローである君には青火が映える白銀世界がお似合いだよ。」
寒さに震える俺を嘲笑うかのように業は微笑んだ。
「くそっ⋯⋯。」
火に対して雪だなんて、どう考えても不利でしかない。
きっと、俺が青火使いと知ってわざとこの世界へ移動させたんだ。
余裕のある出で立ちの業に苛立ちが募った。
しかし、そんな様子を見る限り業はこれ以上続けて技を仕掛けてくることはなさそうだ。
寒さもあり体力勝負である今、業が動かないなら俺がやるしかない。
見つめ合ってたら雪に体力を奪われて確実に俺が負ける。
俺は、剣に力を込め業に向かって走り出した。
「鬼燐榴!」
俺の剣の周りに現れた複数の青火が、刀を振ると同時に業に襲いかかり爆発した。
しかし、青火が爆発した先にいた業は青い短冊に覆われており、青火を防いだようだった。
青い短冊が消えると中にいた業が微笑んだままだったことに気がついた。
表情1つ変えない業にゾッとした。
「月見で一杯。」
月見で一杯って⋯⋯今までのレガロを見ている限り、業のレガロは花札がモチーフ?
しかし、余計なことを考えていたこともあり、レガロを避けるのが遅れてしまったらしい。
「えっ⋯⋯?」
突然視界がグワンと歪み、脚に力が入らなくなった。
俺は剣を地面に突き刺し何とかバランスを保ったものの、剣を握り締めたまま地面にしゃがみ込んでしまった。
早く⋯⋯早く何とかしないと⋯⋯
「三光。」
突然俺の周りに桜の花びらが舞い始めた。
「くっ!!」
桜の花びらはしゃがみ込む俺の周りを竜巻のように舞い始めると俺を斬りつけてきた。
くそっ!防ぎたいけど防げない!
意識はあるものの動くことができない俺は花びらにやられるがままとなっていた。
「雨四光。」
「一一っ!?」
今まで舞っていた桜の花びらが突然消えると、頭や肩に鋭い痛みを感じた。
何が起きているのかと顔を上へ向けようとした瞬間だった。
「うあぁああ!!」
空から光の雨が大量に降り注いできた。
桜の花びらとは異なり頭上を痛みつけてくる。
俺は必死に下を向くが守れるのは顔だけであり、雨が当たる頭はもちろんのこと、全身に痛みが走った。
身動きの取れない俺に対して躊躇せず立て続けにレガロを放つ業。
どれだけ我慢しても一向に止む気配のない雨に、俺は意識が遠のきそうになった。
その時、突然頭の中に声が響いた。
『和倉、死ぬな。』
その声は椰鶴の声だった。
そうだよ⋯⋯。こんなとこで死ぬわけにはいかないんだ。
場所は違えど、今みんなも頑張ってるんだ。
負けてなんかいられない!
俺は必死に全身に力を込めた。すると、月見で一杯の効果が薄れてきたのか、ほんの少しだが力が入ることに気がついた。
俺はその少しの力で剣を地面から引き抜き、
「と、轟ノ⋯⋯種。」
鞘に剣を納めた。
業には俺の声が小さすぎて届いていなかったのだろう。
剣を鞘に納める俺を笑顔で見ていた業だが、突然顔をしかめると頭を抑え唸り始めた。
チャキッという音と共に鞘に納められた剣。
その音が届いた者は、耳から脳にかけて熱く燃えていくような感覚に陥るのだ。
業が苦しんでいるからなのか、月見で一杯の効果が完全に切れた。
俺は剣を目の前に立てるように構えた。
青い炎が一瞬で刀を包む。
「刃奏!」
剣の炎が空気に燃え移るかのように業の周りを取り囲む。
様々な剣の形をした青い炎達は業に刃を向けた。
それを見届けた俺は、すぐさま業に斬りかかった。
俺と同時に炎の剣達も業に斬りかかる。
「がぁ!!!」
斬り付けられる業は叫び声を上げた。
俺は休むことなく続け様に技を出した。
「鬼燐榴!」
業も負けじと青い短冊でガードしようとするが、短冊が業を取り囲むより先に俺の放った青火が業の周りで弾けるように爆発した。
爆風により遠くに吹き飛ばされた業は起き上がらずに倒れたままだ。
やった⋯⋯のか?
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「い、猪鹿蝶⋯⋯花見で⋯⋯一、杯。」
小さな声でそう呟いた途端、倒れている業の周りに黄色の猪・青い鹿・赤い蝶が現れた。
「俺が、回復してる間⋯⋯和倉くんの相手⋯⋯して、あげて。」
業の言葉を合図に、猪・鹿・蝶が俺に勢いよく襲いかかってきた。
「嘘嘘嘘!精霊使えるとか聞いてない!」
俺は猪と鹿を避けるように垂直に飛び上がった。
すぐさま俺を追いかける赤い蝶。
蝶に斬りかかろうと剣を振り上げると、蝶は高速移動をし目の前から消えた。
俺の剣が宙を斬ったとほぼ同時に、空からキラキラと粉が降ってくる。
見上げると、赤い蝶が頭上でくるくると旋回していた。
咄嗟に俺は鼻と口を押えた。
何となくだが吸い込んではいけない気がした。
しかし、気がつくのか遅れたため粉を微量に吸い込んでしまったのだろう。
四肢がピリピリと痺れてきた。
痺れ粉?もしくは毒?
どちらにせよ吸い込んではいけないことは確かだ。
しかし、四肢の痺れは想像以上だったらしい。
地面に着地した感覚がほとんどなくフラつくと、黄色い猪と青い鹿はそれを見逃すことなく突進してきた。
「うぐっ!!」
猪と鹿の重い突進により俺は吹き飛ばされた。
剣を握り締め立ち上がるが、正直剣を握れているのかどうか、足が地面についているのどうかは直視しない限り定かではない。
しかし、直視する暇は一切なかった。
「うぁっ⋯⋯へっ?」
猪が鋭い牙を使って俺を宙へ思いっきり投げたのだ。
そして、気がついた時には目の前に鹿がいた。
抵抗する隙も与えないといったように、鹿は角で俺の脇腹を刺すと地面へ向けて振り落とした。
「かはっ一一」
脇腹から流れる血と、地面に叩きつけられた衝撃で口から吐き出た血。
突然の大量出血に意識が朦朧とし始めた。
その上にまだ治らない痺れ。
最悪な状況だが、そんな状況が俺の闘争心を掻き立てたようだ。
俺は無我夢中で立ち上がり、剣を構えた。
とにかく3体の精霊に意識を集中するしかない。
そして、傷口がこれ以上開かぬよう出来るだけ動かないようにしないと⋯⋯。
「鬼燐榴!」
俺はこちらに向かってくる3体に当たるよう、出来るだけ多くの青火を広範囲に飛ばした。
あちこちで爆発する青火。
少し声を張り上げるだけで荒れる息を必死に整えながら様子を伺うと、猪と鹿が消え、蝶だけが舞っていた。
⋯⋯なるほど。攻撃が当たれば消えるのか。
蝶は高速移動しながら桃色の粉を振り巻き始めた。
俺はすかさず息を止め、蝶の動きに集中した。
⋯⋯今だ。
俺はタイミングを合わせて蝶に剣を突き刺した。
「心炎。」
剣を纏っていた青火が蝶の心臓に移動すると、一瞬で蝶が青火に包まれ火の玉のように燃え始めた。
その瞬間蝶は消え、青火も鎮火した。
「はぁ、はぁ⋯⋯っはぁ⋯⋯。」
俺は心臓が止まっていないことを確認するように手を胸にかざしながら、ゆっくりと息を吐いた。
心臓の音は弱まっていない。
大丈夫。まだ⋯⋯まだ、やれる。
そう必死に言い聞かせていると、視界の隅で何かが動いた。
視線をそちらへ動かすと、いつの間にか回復を終えたらしい業がゆっくりと立ち上がるところだった。
「ふふっ。猪鹿蝶はどうだった?なかなか手強かったでしょ?」
息をするだけで精一杯の俺に対し、業は饒舌を発揮し楽しそうに話を続けていた。
「猪鹿蝶が回復の時間稼ぎをしてくれたおかげで、やっとこれを君に披露することができるよ。」
これって⋯⋯一体何のことだろうか。
業は俺の意図を汲み取ったのか、「すぐに分かるよ」と言うと微笑んだ。
「五光。」
俺の真上に大きくて綺麗な月が現れた。
そして突然、美しい月の光が俺の視界を真っ白に染め上げた。