呪い
突然現れた鬼達を相手に何も出来ずにいた和倉。2人の鬼の言葉をキッカケに仲間達はどこかへ消え、その場には和倉と業の2人だけ残された。
目の前が白く光った瞬間、椰鶴達が消えてしまった。
そして、今ここにいるのは俺と⋯⋯
「久しぶり。和倉くん。」
にこりと微笑むほっそりとした背の高い鬼の男。
「⋯⋯誰?」
「忘れちゃったの?業だよ。」
業⋯⋯。
ふわふわとした紫色の髪の男。一目見たら忘れなさそうな綺麗な容姿だが、全く記憶にない。
それに、俺は思考を巡らせたが、知り合いに業という名前の人物は確実にいなかった。
「いや、知らない。誰かと勘違いしてるんじゃないの?」
業は一瞬真顔になったが直ぐに元の笑顔になった。
「そっか。それはごめんね。気を悪くしちゃったかな?」
表情を変えない業に寒気がした。
俺はそれに負けじと話を進めることにした。
「それはそうと、椰鶴達はどこ?」
「椰鶴⋯⋯あぁ、天狗の子かな?天狗の子は篭姫に気に入られたみたいだからね。他の男の子達と一緒に篭姫の世界へ行ってるんじゃないかな。」
「篭姫の世界?⋯⋯何それ。」
「うーん⋯⋯そうだね⋯⋯。」
業は少し考え込んでいるようだったが、すぐに微笑んだ。
「少し話をしようか。」
「え?話?」
「そう。篭姫や堕亡の世界のことや僕のこと。」
「いや⋯⋯余計な話をするくらいなら先に椰鶴達を返して欲しいんだけど。」
業⋯⋯この人一体何を考えてるんだろう。
全く思考が読めない。
訳が分からずにいる俺に対し、業はふふっと笑った。
「焦ってもいいことないよ。せっかく出会ったんだからこの出会いを楽しまないとね。それに、君にとってこの話は余計な話ではないと思うよ。」
焦ってもいいことないだなんて、俺達をこんな目に合わせてる人に言われたくない。
すっごくモヤモヤする!
そんな俺の様子も全く気に止めることなく、業は話を始めた。
「君はこの森の名前を知っているかい?」
「俺を誰だと思ってるの?知ってるに決まってんじゃん。ここは『まやかしの森』だよ。」
「うん、その通りだよ。君はよくこの森に天狗の子、椰鶴くんと一緒に来てるよね。」
「⋯⋯なんで知ってんの?」
確かに俺達はこの森によく来ている。今日鳥を狩りに「オープス」側の山へ行ったように、巨大化した動物を狩りにこの『まやかしの森』にも来ることが多い。
でも、この森で他人と会ったことはない。
なのになんで俺達がこの森に来ていることを業は知っているんだ?
「俺、この森に堕亡と篭姫と一緒に住んでるんだ。」
「この森に住んでるって⋯⋯いつから?」
「和倉くんは質問が多いね。興味があるのはとってもいいことだよ。」
なんかちょっと馬鹿にされた気がする⋯⋯。
俺は眉を潜めた。
そんな俺を見て業は意味深に微笑んだ。
「そんな和倉くんの為に本題に入ろうか。」
「本題?」
「そう⋯⋯これは君がちょうど5歳の時かな。」
業はゆっくりと落ち着いた口調で話を続けた。
「たった1人でこの森に入った君は迷子になった。どこから来たのかも帰り道も分からなくなって、今の君からは想像出来ないくらい泣きじゃくっていたよね。」
確かに俺は迷子になった事があるが、それがどう本題に関係してくるのだろうか。
というか、どうしてそれを業は知ってるの?
「⋯⋯あの時迷子の君を助けたのが俺だよ。」
突然のその言葉に俺は耳を疑った。
俺は迷子になったあの時、どこからともなく現れた若い男に助けられた。
でも⋯⋯
「あれは何年も前の話⋯⋯確かに背格好も雰囲気もそっくりだけど、お前が俺を助けたのなら、お前はもう立派な大人なはずだ。」
「そう、君の言う通り。でもね、不死の呪いにかかってるとしたら?」
「不死の呪い⋯⋯?」
業は近くの岩に腰掛けると、静かに語りだした。
「俺が不死の呪いをかけられたのは何千年も前の話だよ。この森に住んでいた悪鬼に気に入られてね。呪いをかけられたんだ。呪いをかけてきた当の本人は反対に呪いが解けてこの森から去って行ったよ。」
「呪いが解けたって?」
「その悪鬼も元凶である別の鬼に不死の呪いをかけられて悩まされていたらしいんだ。『この呪いを解く方法はただ1つ。他人に呪いをかけることだ。』そう捨て台詞を吐いて逃げられちゃったよ。俺は突然の出来事に驚いて悪鬼を追いかけるのを忘れちゃってね。その失態が今の現状を招いてるって感じかな。」
突然不死の呪いにかけられてしまったという業。
嘘は言ってなさそうだけど、もしそれが本当なんだとしたら⋯⋯。
「誰かにその呪いを渡して助かろうとは思わなかったってこと?」
「そうだね。その方法をやるのが呪いを解く方法だと教えて貰ってすぐは、誰でもいいから森に来て欲しいって、呪いを受け継いで欲しいって思ったよ。でも、他人を突然巻き込むのは流石に気が引けてね。人生を狂わせてしまうわけだから、簡単には出来ないよ。」
自分だって突然呪いをかけられて人生を狂わされたはずなのに、よくそんな事が言えるな⋯⋯。
俺だったら耐えられない。
他人を巻き込むことになったとしても、どうにか呪いを解こうとしてしまうんじゃかいだろうか。
いや⋯⋯椰鶴にも同じ境遇になってもらうっていうのもアリか⋯⋯?
「⋯⋯何年もこの森にいて辛いって思わないの?」
「そうだね⋯⋯。」と小さな声で呟くと、目線を少し遠くに外した。
「⋯⋯俺は何十年も、何百年も、何千年もこの森で過ごしている。元々島だったハロウィンが国となって間もない頃からずっと。俺はハロウィンの発展を今まで途絶えることなく見てきたし、地球の変化もずっと見てきた。地球にハロウィンという国ができて、そこに俺達妖怪が住み始め、何百年も経つと人間という新たな生命体が誕生し、様々な国を形成していった。初めは共同生活をしてきた人間と俺達だけど、争いが起きてからは俺達は人間に認識されないよう隠れて過ごしている。同じ星に住んでいても時の流れが異なる人間世界と俺達の世界は交わってはいけなかったんだ。今となっては、俺達の存在を知る人間は誰もいないだろうね。」
業は目線を戻すと俺の目をじっと見つめた。
「俺はそんな世界の流れを全て見てきた。醜い争いなんて見たくもないのに見なくちゃいけなかった。だって死ねないから。」
死ねないと言う業の言葉は、いつかは死んでしまう俺の胸に重く突き刺さってきた。
「死にたくないのに死んでしまう者と違い、俺は死にたくても死ねないんだ。さっき和倉くんが言ったように他の人に呪いをかければ助かるんだろうけど、流石に罪悪感があるからそれも出来ないんだよね。だからさ、辛いって思わない方がおかしいだろう?まぁ、その辛さに慣れてきている自分がいることも悲しいけどね。」
そう言いながら業は弱々しく笑った。
聞いてる限り他人思いらしい業。
呪いを他人に渡さずに死ぬなんて無謀なように感じるけれど、他人思いの業はそれをやろうとしてる。
他人思いだからこそ、自らの死についてこんなにも悩むのだろう。
俺は業の世界を知ることはできない。
でも、自分がもしそうだったらと考えると、業の人生が悲しく感じてしまった。
考えてもいなかった告白に動揺している俺を見て、業は岩から立ち上がるとまた笑った。
「君は優しい人なんだね。」
「⋯⋯へ?」
「俺ね、ずっと生きてるからか、表情を見れば何を考えているのか大体分かるようになったんだ。」
俺の目の前まで歩いてきていた業は、俺の頭に手を乗せた。
「ありがとう、和倉くん。」
「なっ!」
頭に優しく触れる温かい手。
驚いたもののそれを払い除ける事が出来ずにいると、業は微笑んだまま続けて言った。
「もし君が少しでも同情してくれたのなら、一緒にここで遊んでくれないかな?」
「え?」
突然の提案に理解が追いつかずにいると、業はそんな俺の思いを察したかのように俺の頭から手を退け微笑んだ。
「不死の呪いにかかってから、平凡な毎日が続いていてね。代わり映えがないのも平和だからだと考えればいい事だけど、やっぱりどこか退屈に思えてしまうんだ。だから、不死の呪いにかかっている今を楽しむには、たくさんの人と出会ってたくさん遊ぶのが1番いいって思ったんだ。」
毎日変化を求めている俺は、平凡な毎日が退屈だという業の気持ちがとても理解出来た。
でも、何だろう。何かが引っかかる。
「せっかく不死の呪いにかかったんだ。少しくらい変化のある日々を過ごしてもいいだろう?リスクを負っても死なないならなんだって出来るからね。」
たくさんの人と遊ぶってこと?
リスクを背負ってでも遊びたいってこと?
「だから、君にも俺の日々に変化を与えるお手伝いをして欲しいんだ。」
淡々と話を続ける業の言葉を何度も頭の中で復唱していると、ふと、この『まやかしの森』に伝わる言い伝えが俺の頭をよぎった。
『まやかしの森には入ってはいけない』
『まやかしの森に入った暁には帰ってこれなくなる』
『まやかしの森は入った者がいなくなる森だ』
確かに、この森ではその昔、言い伝え通り妖怪がいなくなる事件が多発していた。
言い伝えを聞いた者のほとんどは、「ロージ」へ向かう際に「ルナール」側を通って遠回りをして向かっていたと聞いた。
最近この『まやかしの森』に入りいなくなってしまうという事件は聞かなくなった。
俺自身椰鶴に会いにいく為によくここを通っていたのもあるだろう。
だから忘れていた。
「まさか⋯⋯。」
『何年もここで暮らす業達の存在』
『この森に訪れる妖怪達を捕まえて遊んでいるという事実』
この2つを知った今、『まやかしの森』の言い伝えと業達は繋がっている気がした。
「⋯⋯もしかして、この森で人がいなくなるのはお前達が関係してるの?」
「そうだねぇ。この森では何年も前から妖怪がいなくなっている。その理由は誰も知らない。何故ならこの森で人攫いに会った者は誰一人として森から出られたことがないから。でも、俺は妖怪達がいなくなる理由を知ってる。」
業はゆっくりと瞬きをすると微笑んだ。
「俺達が原因だからね。」
「っ!!!」
その一言に俺は怒りがふつふつと沸き起こった。
妖怪達がいなくなるということを軽く考えているなんて許せない。
家族がいなくなった者達にとっては重大な事件なのに⋯⋯。
なのに⋯⋯!!
俺は業を睨んだが、業はそんなことはお構い無しに続けた。
「篭姫と堕亡は森に迷い込んできた気に入ったお客様を自分の世界へご招待してるんだ。初めはそれぞれの世界で遊ぶだけだった。でも、ある時から遊ぶだけじゃなく、遊びに負けたお客様をそれぞれの世界に閉じこめるようになってしまったんだ。度が行き過ぎてることは十分承知してるけれど、俺にそれを止める権利はないからね。」
止める権利はないって⋯⋯
「それぞれの世界として2人に世界を渡したのは業だよね?なのになんで権利がないの?」
「それぞれの世界のルールだ。世界の持ち主である2人の考えたルールに口出しは出来ないよ。でも、俺の与えた世界のルールには反しているからね。篭姫と堕亡にはそれ相応の対価を払ってもらうことになってるんだ。」
「対価⋯⋯?」
「そう。それぞれの世界での童戯に負けた場合、元の世界⋯⋯要するに今俺と和倉くんのいるこの世界には帰って来れないということ。」
「⋯⋯え?それじゃあ、もし椰鶴達がこの世界へ戻ってこれたら篭姫と堕亡は?」
「もうここには戻ってこないだろうね。」
流石にそれはやりすぎじゃないだろうか。
俺達にとっては今すぐにでも倒したい敵に違いない。
でも、業にとってはずっと一緒に過ごしてきた仲間だろ?
「まぁでもそれはただの口約束だけどね。戻ってきたいと願う気持ちが強ければ、いくらでもこの世界へ戻ってこれるよ。」
「それって⋯⋯。」
俺がその意味を問おうとすると、それを阻止するかのように話を続けた。
「なんにせよ、篭姫と堕亡の世界へ入れない俺達にはみんなの結末を変えることなんてできない。要するに、篭姫と堕亡がここに戻ってくるのか、それとも君の仲間達が帰ってくるのか。それは、みんなの頑張り次第だからみんなを信じるしかないよ。」
「みんなを信じろ⋯⋯か。」
信じてないわけじゃない。帰ってきて欲しいし、きっと帰ってきてくれるって思ってる。
でも⋯⋯
ハッキリとしないこの気持ちにモヤモヤしていると、業は何かを思いついたかのように嬉しそうな表情をした。
「そうそう、一緒に遊ぼうって話だけど、みんなを待っている間の暇潰しってことでどうかな?」
「暇潰し⋯⋯?」
「うん。何をして遊ぶのかは君が選んでいいよ。」
ふざけんなよ。
⋯⋯と言いたいところだけど、業の言う通りみんなを助ける手立てがない今、時間を潰して待つしかない。
業と2人きりで何もせずに待つ方が辛いし仕方ないだろう。
でもな⋯⋯
「遊びなんて生ぬるいことやるつもりは無い!やるからには俺は本気で行く!」
「本気で?」
不思議そうに首を傾げる業。
俺は息を吸い込み大きな声で宣言した。
「今からあんたを倒す!そして、椰鶴達を返してもらう!」
「ふふっ。威勢がいい子は好きだよ。でも、俺の話聞いてたかな?これはどんな結果に終わっても君のお友達には関係ないんだけど⋯⋯。まぁ、いいか。戦いという名の遊びをしてくれるなら尚更⋯⋯ね。」