導かれた答え
牡丹の悲鳴を聞いた吉歌は、恐怖に脅えながらもひたすら遠くを目指し必死に森を駆け抜けていた。
怖いにゃ怖いにゃ怖いにゃ!!ただの鬼ごっこなのに怖すぎるにゃ!
鬼ごっこは鬼ごっこでも、今まで弟達と楽しく遊んだ鬼ごっことは何もかもが異なっていた。
私が2人と別れてからすぐに、牡丹の叫び声が聞こえた。
考えたくはないが、きっと牡丹が堕亡に捕まってしまったのだろう。
その事実が私の恐怖心を倍増させた。
私よりも何倍も強いであろう牡丹が捕まってしまったのだ。
あの牡丹が捕まってしまうような鬼ごっこじゃ、私は逃げ切れる自信がない。
その上、牡丹の悲鳴の後にはまだ誰の声も聞こえてこない。
私ならすぐに捕まってもおかしくないということは、ミオラが時間を稼いでくれているのだろうか。
それとも⋯⋯
「うー⋯⋯怖いにゃあ⋯⋯早く元の世界へ帰りたいにゃあ⋯⋯。」
一刻も早く時計台の鐘が鳴ることを願いながら必死に遠くへ逃げていた時だった。
キラキラと光るものが視界の端を横切った。
「んにゃ?」
光るものを目で追うと、その正体がハッキリした。
「蝶々さんにゃ。なんでこんな所にいるにゃ?」
2匹の蝶は私の隣を併走している。
蝶の存在を疑問に思いながらも走り続けていた私の頭に、堕亡と出会った時の映像が流れてきた。
そして、その映像が私の疑問の答えを導き出した。
「⋯⋯堕亡の蝶にゃ⋯⋯。」
私が堕亡達と出会った時、堕亡の周りには蝶が舞っていた。
併走している蝶をよく見ると、あの時の蝶と同じ模様をしていた。
「ま、まずいにゃ!!居場所がバレちゃうにゃあ!!」
私は先程よりもスピードを上げて走り始めた。
しかし、併走している蝶もそのスピードに着いてくる。
早く撒かなければ⋯⋯。
必死に走る私だったが、蝶の主である堕亡はいつの間にか近くまで来ていたらしい。
チリーン⋯⋯チリーン⋯⋯
「んにゃ!?」
この音は風鈴の音にゃ⋯⋯嫌にゃ⋯⋯この音がするってことは、絶対に⋯⋯。
「化け猫のお姉さん、みーっつっけた!」
やっぱり堕亡はもうそこにいた。
「嘘にゃ⋯⋯早すぎるにゃ⋯⋯。」
私は目の前に現れた堕亡から逃げるように後ろに1歩下がった。
「ふふっ⋯⋯僕の勝ちだね!」
1歩ずつ近づいてくる堕亡に対し、私は同じように1歩ずつ後ろへ下がった。
「やだなぁ。お姉さん、逃げないでよっ!」
「嫌にゃ⋯⋯まだ捕まるわけには行かないにゃ⋯⋯。」
「そうは言っても、お姉さんが僕から逃げ切るのは不可能だと思うけどなぁ。」
「なんでそんなことが言えるにゃ?」
堕亡はニッコリと微笑んだ。
「雪女のお姉さんと、メデューサのお姉さんはもう蝶々さんのお友達になってくれたんだっ!だから、残りは化け猫のお姉さんだけだよ?まだ時間はたっぷりあるもん。僕から逃げ切るなんて無理だよね!」
やっぱり、牡丹とミオラは捕まってしまったらしい。でも⋯⋯。
「嘘にゃ⋯⋯時間がたっぷりあるなんて嘘にゃ!」
これだけ逃げ続けているのだから、もう制限時間の15分が経っていてもいいんじゃないだろうか。
早く終わって欲しいという思いが強いため、堕亡が嘘をついて私の気を逸らそうとしているようにしか感じられなかった。
しかし、堕亡は表情一つ変えずに言った。
「本当だよ。」
それと同時に、スタート地点にあった時計台が私の目の前に現れた。
いや、違う。
私達がスタート地点に戻ったのだ。
「っ!?何したにゃ!?」
「ふふっ。 この世界は僕の⋯⋯僕のための世界。僕の思いどおりになる世界だよ!だから、時計台の所に連れてきてあげたの!こうした方が真実が分かるでしょ?よーく見て。まだ時間はあるよ?」
何が起きたのか理解できないまま、言われた通りに時計台を見上げる。
針が指すのは鐘の音が鳴るであろう12時の4分前。
確かにまだ11分しか経っていなかった。
「嘘にゃ⋯⋯なんでにゃ⋯⋯。こんなの、逃げきれるはずないにゃ⋯⋯。」
私の心は絶望に充ちていた。
残りの4分間をどうやって逃げ続ければいいのか。
ミオラ達が捕まってしまったため、頼る人もいない。その上、理由はあれどスタート地点まで戻されてしまった。
ここは先程の森の中とは異なり開けている。逃げ道などない。逃げてもすぐに隠れられる場所がない。
どうしたらいいの?
「オーガ」と「ロージ」の間の森で突然巻き込まれた鬼ごっこ。
私が家を出てきた目的はオスクリタと戦い国を守ることなのに⋯⋯ここで捕まっちゃうの?
捕まっちゃったら、誰が国を守るの?
様々な感情が交差し動けない私と対象に、堕亡はゆっくりと1歩ずつ私に近づいてきた。
「お姉さん。ゲームはここでおしまいかな?」
不敵な笑みにさらに恐怖が増し、諦めたくもなった。
でも、こんな所で負けるわけにはいかない。
オスクリタと戦わなければいけないから。
家族が私の帰りを待ってるから。
「おしまいになんてさせないにゃ!!」
私は力を振り絞り、もう一度森の中へ走り出した。
「まだ遊んでくれるの?嬉しい!それじゃあ、時間いっぱい楽しまないとだね!」
背後からは楽しそうな声が聞こえてくる。
堕亡にとってこの鬼ごっこはお遊びの1つでしかないのかもしれない。
私は遊ばれているだけなのかもしれない。
でも、ただのお遊びだとしても本気で挑まなきゃ。
私は木々の間をすり抜けるだけではなく、木の上に登ったり、枝から枝へ飛び移って堕亡の手から逃れていた。
しかし、堕亡はそんな私に簡単に追いつき手を伸ばしてくる。
捕まってしまうのも時間の問題かもしれない。
だって⋯⋯
ずっと、堕亡の手先である蝶々が堕亡よりも先に私を追いかけ続けているから。
「なんで着いてくるにゃ!?離れてにゃあ!!」
蝶々がいたら私の居場所がバレてしまうに違いない。
だからこそまずは蝶々を撒かなければならないため、私は必死だった。
が、その時だった。
「んにゃ!?」
残り時間を知ってから全力で逃げ続けていたからだろう。それ以前に11分間逃げていた事もあり想像以上に体力を使っていたようで、疲れからか足が木の枝にもつれてしまい木から落ちてしまったのだ。
「うぐっ!!」
突然の出来事に受身を取ることが出来ず、肩から勢いよく地面に叩きつけられてしまった。
「あれれ?お姉さん大丈夫?」
木の上からヒラリと降りてくる堕亡。
大丈夫かと言いつつもニコニコと微笑んでいる。
早く逃げなければならないことは分かっている。
でも、動くと肩の痛みが全身にまで響いてくる。
骨⋯⋯折れちゃったのかにゃ⋯⋯?
「⋯⋯最悪にゃ⋯⋯。」
この状況をどう打破すべきか早く考えなきゃ⋯⋯。
しかし、痛みの所為もあってか全然頭が回らない。
⋯⋯どうしよう⋯⋯⋯⋯ミオラ、牡丹⋯⋯助けてにゃ⋯⋯。
そんな時だった。突然ふわりと甘い香りが漂ってきた。
これは⋯⋯ミオラと牡丹の匂いにゃ。
近くに2人はいないのに、どうして?
しかし、そんなことを疑問に思っている場合じゃなかった。
「お姉さん怪我しちゃったの?」
いつの間にか堕亡はもう目の前まで来ていた。
「肩を痛くしちゃったのかな?骨は折れてないかな?痛そう⋯⋯可哀想⋯⋯。」
「同情なんていらないにゃ。」
「やだなぁ、同情なんかじゃないよ。本心だよ。でも、それじゃあもう鬼ごっこはできないよね。」
悲しそうに眉を下げているがそれは一瞬のことで⋯⋯
「痛いままじゃお姉さんが可哀想だから、早く僕が楽にしてあげるね!」
すぐにヘラッと笑うと、ゆっくりと距離を詰め手を伸ばしてきた。
あぁ⋯⋯捕まってしまうのか⋯⋯。
悔しさが込み上げてくる。もっと時間を稼いで堕亡に勝たなければいけないのに、もう立ち上がり逃げることさえできない。
堕亡に反抗して何かレガロを出そうかと思ったが、ミオラが確認してくれた時にレガロを使うのはナシって言っていたのが頭をよぎった。
ルール違反を犯したらどうなってしまうのだろうか。きっと、余計なことはしない方がいい。
そもそもレガロを出す以前に全身の痛みが動くこと自体を阻止してくる。
ミオラ、牡丹、ごめんにゃ⋯⋯吉歌、捕まっちゃうにゃ⋯⋯。
私は堕亡をキッと睨んだ。
ちょうどその時、先程まで私と併走していた蝶々が私と堕亡の間に飛んできた。
「あれ?この蝶⋯⋯」
堕亡はあと1歩で私に辿り着く所で歩みを止めた。
私へ伸ばしていた手も同時にほんの少し引き戻された。
そして一一
「にゃあ!!!!」
「なに!?」
蝶々は突然鋭い光を放った。
突然の光に目が眩んだ私は、急いで目を瞑った。
目が痛い⋯⋯この光は何なのにゃ⋯⋯
眩しさに目を開けられずにいると、遠くから微かに音が聞こえてきていることに気がついた。
⋯⋯なんの音にゃ⋯⋯?
私はよく耳を澄ませた。
一一ン⋯⋯ゴーン⋯⋯ゴーン
これは⋯⋯
「鐘の音にゃ?」
目の前の光が治まってきたため、私は恐る恐る目を開けた。すると目の前には一一
「ミ、ミオラ⋯⋯牡丹⋯⋯なんで⋯⋯?」
ミオラと牡丹が立っており⋯⋯
「う、嘘だ⋯⋯なんでお姉さん達がいるの⋯⋯?」
私に触れようと伸ばされていた堕亡の手は、牡丹がしっかりと掴んでいた。
「残念だけど、もう時間切れよ。」
「吉歌さんのことを追いかけていて正解でした。」
「丁度鐘が鳴って良かったわ。」
「はい。鐘が鳴らなかったら助けられなかったかもしれません。」
2人の話を聞いて、先程感じた2人の微かな甘い香りの原因が何となく分かった。
「もしかして⋯⋯2人は蝶々さんになってたにゃ?」
「えぇ、そうよ。吉歌ちゃんになかなか気がついて貰えなかったからどうしようかと思ったわ。」
「気が付かれないからと追いかけるのを諦めなくて良かったですね。」
「そうね。いろんな可能性を信じて運に賭けた私達の勝ちね。」
私が縦横無尽に駆け抜けていたにも関わらず、2人が私を追いかけ続け堕亡と距離を取らせてくれていたから私は捕まらずに済んだのだろう。
「⋯⋯き、気が付かなくてごめんにゃ⋯⋯でも⋯⋯助けてくれてありがとうにゃ!!」
私が笑うと、2人は微笑んだ。
「当たり前でしょう?」
「大切な仲間ですから。」
私達が鬼ごっこの勝利を確信し喜びに満ち溢れている中、堕亡は真っ青な表情をして立ちすくんでいた。
「⋯⋯嘘⋯⋯嘘だ⋯⋯なんで⋯⋯嫌だ⋯⋯僕が負けるなんて⋯⋯嘘だ⋯⋯。」
俯きながらずっとその言葉を繰り返している堕亡に少し違和感を覚えた。
その時だった。
「これは⋯⋯?」
「手⋯⋯手が⋯⋯足が消えてくにゃあ!!!」
突然私達の手や足がキラキラと消え始めたのだった。




