空飛ぶヒーロー
「あー!!!疲れたー!!」
「足が痛い⋯⋯。」
「そうね⋯⋯そろそろ休憩してもいいんじゃないかしら。」
「そうだな。川も近いし休憩しよう。」
俺達は鴇鮫の案内の元、鬼の街「オーガ」へ続く山を越えていた。今は山を下っているところだ。
なかなか高い山のため越えるのにかなり時間がかかる。
全員が力を振り絞って歩き続けていたため、そろそろ疲れが見えてきたようだ。
近くの川沿いに座り各々休憩をしていると、鴇鮫、椿、牡丹の3人が葉で出来たコップを持って木の影から出てきた。
「みんな。お茶を作ってきたから飲んで力をつけよう。」
鴇鮫のアイコンタクトを受け、椿と牡丹がコップを配り始めた。
「凄いな⋯⋯これ、椿達が作ったのか?」
「うん。お茶は兄さんが、コップは俺と牡丹で作った。」
この3人は本当に凄いな。
昨晩山頂で睡眠をとったときも、鴇鮫が主体となり3人で夕飯を作ってくれた。
昨晩の夕飯も美味しかったが、今回のお茶もとても美味しかった。
「ぷはー!美味しいにゃ〜!流石トッキーにゃ〜!」
「生き返るぜ!」
「凄いわね⋯⋯このお茶売れるわよ。」
「これ、何で作ったの?」
ヒショウが聞くと、鴇鮫はふふっと笑った。
「これはそこにあった木の実と葉っぱをすり潰して川の水で濾したんだ。ここの川の水はとても綺麗で飲水にも最適だから安心して。」
「昨晩から思ってたんだが、鴇鮫は木の実や葉、山菜に詳しいのか?」
「俺も多少は分かるけど、椿と牡丹が詳しいから2人に聞いて作ってるんだ。」
なるほど。この2人の知識量はとても豊富らしい。
「流石だな。」
「いや、そんなことないよ。」
「私達はよく近くの山から採ってきた山菜を食べてるんです。だから、知識といっても食べられるかどうか判別がつくくらいですよ。」
そもそも判別がつかない俺にとっては、謙遜する2人が山菜の専門家のように見えた。
和気あいあいとした雰囲気が漂っていた。その時だった。
「邪魔だどけぇええええ!!!!!!」
いきなり上空から大きな声が聞こえてきた。
その場にいた全員が一斉に空を見上げると、なんと、空から黒髪を1つに結った天狗の男の子が降ってきた。
「うわぁ!!」
「うおおおお!!!」
「んにゃあぁあああ!?」
「きゃあ!」
バンッ!!!
男の子はヒショウ、グレイ、吉歌、牡丹の間に着地した。
それと同時に今度は別の声が空から聞こえてきた。
「椰鶴!またそっち行った!」
「ちっ⋯⋯」
天狗は舌打ちをし、赤い目で何かを捉えるとそれに向かって勢いよく飛び上がった。
「大丈夫、牡丹!」
「は、はい、大丈夫です。」
「吉歌ちゃん怪我してない?」
「ビックリしたにゃ⋯⋯。」
「ヒショウとグレイも大丈夫だった?」
「お、俺は大丈夫だ!!」
「⋯⋯なんだったの?」
「天狗だな。どうしてこんな所に⋯⋯。」
すると、キイイイイイインという高音が森に木霊した為無意識に俺達はまた空を仰いだ。
その音は剣がぶつかりあったような音だった。
音が消えた数秒後、空から今度は別の生き物が落ちてきた。
「ま、またなんか落ちてくるにゃ!!」
「全員避けろ!!」
俺が声を張り上げるとその場を離れたみんな。それに合わせたように俺達のいた場所には一一
ドサッ
重みのある音とともに見た事もない巨大な鳥が落ちてきた。
「と⋯⋯鳥⋯⋯ね。」
「あぁ。鳥だな。」
俺達があまりにも大きすぎる奇妙な鳥を見て呆気にとられていると、空から男の子が2人降りてきた。
今度は天狗だけではなく体格の良い赤髪の鬼も一緒だ。
「よっしゃー!!鳥ゲットー!!」
「鳥ごときにこんなに苦戦するなんて⋯⋯。」
「まぁまぁ!いいじゃあないの!結果捕まえられたんだから!」
「⋯⋯そうだな。⋯⋯これ、どうする?」
「うーん⋯⋯折角だから食べるか!」
「分かった。和倉の昼飯と夕飯はこれな。」
「おや?その言い方だと俺だけのご飯のように聞こえるのですが?」
「俺はこんな気持ち悪い鳥食いたくねぇ。」
「嘘でしょ!?俺に押し付けちゃう感じ!?」
「お前が食べるって言ったんだろ。自業自得だ。」
「うっそ!それは嫌!一緒に食べようよ〜!」
「絶対食わねーからな。」
「えー!!!」
俺達の目の前で繰り広げられていく会話を、状況を飲み込めていない俺達は静かに聞いていた。
すると2人は、こちらに気がついたらしい。
「おやおやおや〜?こんな山の中にいろんな街の旅人さんがいる!」
「⋯⋯こんな所でなにしてんの?」
「⋯⋯いや、こっちのセリフよ⋯⋯。」
ミオラが小さな声でツッコミを入れたところで、俺は天狗の回答に答えるように2人と目線を交わした。
「俺達は今「オーガ」に向かっている最中で、山を越えるのにはまだ時間がかかりそうだから休憩をしていたところだ。」
それを聞いた鬼が物凄い勢いで食いついてきた。
「なになになに!俺の街に用事だったのか!な〜んだ!それならそうと早く行ってよ!」
鬼が凄く嬉しそうに近づいて来た。そして、俺の目の前で止まるといきなりポーズを決めた。
「俺は「オーガ」のガーディアン、空飛ぶヒーロー和倉だ!よろしくっ!」
⋯⋯え、「オーガ」のガーディアン?
まさかの回答に聞き返そうとした時だった。
「⋯⋯だっせー。」
「嫌だ〜!椰鶴にそんなこと言われたら俺泣いちゃう〜!!」
俺よりも先に天狗が鬼にツッコミを入れた。
その上、鬼が天狗に抱きつこうとした瞬間⋯⋯
「暑苦しい。近寄るな。」
「うわーん!!まだ今日ハグしてないのにー!」
「しなくていい。」
「拒否しないでぇ!悲しくなるー!」
天狗が凄い勢いで鬼を避けた。
この鬼と天狗⋯⋯
「漫才師みたいだな。」
「漫才師みたい。」
「漫才師かよ!!」
「漫才師ね。」
「漫才師みたいにゃー!」
「漫才師みたいです。」
「漫才師なの?」
「漫才師かな?」
俺達8人が声を揃えて言ったからだろう。
今度は2人がこちらを向き同時に言った。
「いや、こいつと漫才師とか最悪なんだけど。」
「椰鶴と漫才師!?最高じゃーん!!」
2人は正反対の意見を言った相手の方を勢いよく向くと、天狗は凄く嫌そうな顔を、そして鬼は分かりやすく悲しそうな顔をした。
「なんでそんな事言うのー!2人で漫才師だぞ?仲良い証拠じゃんか!」
「仲がいいのと漫才師なのは違うから。俺漫才師はパス。」
「嘘でしょ!?あ、でも仲良いのは認めたー!嬉しい!もう漫才師じゃなくてもなんでもいいや!いぇーい!」
どさくさに紛れてまた抱きつこうとしてきた鬼を天狗は素早く避けた。
⋯⋯きっと普段からこんな感じなんだろうな。
2人の様子を見守っていると、鴇鮫が俺に耳打ちしてきた。
「あの鬼の子、ガーディアンって言ってたし、お話し聞いてみてもいいんじゃないかな?」
「あぁ、そうだな。」
鴇鮫に促された俺は、取り込み中の2人に意を決して声をかけることにした。
「お取り込み中申し訳ないんだが、ちょっと話を聞いてもいいか?」
抱きつこうと努力を続けていた鬼と、人差し指1本で軽々と鬼の額を押して自分に近づけないようにしていた天狗がこちらを振り向いた。
「君、さっき「オーガ」のガーディアンって言ったよな?」
「おぅ!それがどうかした?」
「いや、実はな⋯⋯。」
何から言おうか迷っていると、ヒショウやミオラ達が近くに集まってきた。
「実は、俺達は「オーガ」のガーディアンを探しにこの街へ来たんだ。」
一瞬で緑色の目をキラキラと輝かせた鬼は、満面の笑みを浮かべると俺の元へと一目散に走ってきた。
「嘘ぉ!俺の事探しに来たの!?こんな所で出会えるとか偶然にしてはできすぎてるっていうか!!それって何!?運命!?そうだよ!運命ってやつだよな!!!」
「あ、あぁ⋯⋯そうだな⋯⋯。」
俺は鬼の押しに負けそうになりながらも負けじと話を続けた。
「それで、俺を含めてここにいる奴らは全員それぞれの街でガーディアンをやっているんだが」
「す⋯⋯すっげー!!マジ!?全員ガーディアンなの!?もう俺達仲間じゃ〜ん!!」
鬼は両手で俺の手を握ると、思いっきり上下に降り続けていた。
このままでは肩が外れそうだが、強すぎる力に手を離すことも出来ず困っていると⋯⋯
「和倉、その辺にしておけ。こいつの腕がもぎ取れそうだ。」
見かねた天狗が鬼を止めに入ってくれた。
ハッとした鬼は手をパッと離し上に挙げた。
「ご、ごめん!!痛かったよな!!いや〜なんか嬉しくなっちゃってさ、調子に乗りすぎちゃった!!」
笑いながらも眉を下げる鬼を見て、天狗はため息をついていた。
「そういえば!俺を探しに来たんだろ?何か用事があるってこと?」
「あぁ、本題を話してなかったな。」
俺はここへ来た経緯を簡単に説明した。
鬼はひたすら相槌を打ちながら聞いていた。
「なっるほっどねーー!!!それじゃあ俺が必要だって事で間違いないな!!オッケー!!着いていくよ!」
2つ返事で提案に乗ってくれたのは嬉しい事だが、そんなに簡単に決めてしまっていいものなのだろうか⋯⋯。
「いや、もちろん一緒に来てくれることはありがたいんだが⋯⋯そんな簡単に決めて大丈夫なのか?」
「え?おぅ!全然問題ないぞ!自分がやりたいことをやる!それが俺の家族のモットーだからな!!親の許可もいらないし気にする事は一切無いから大丈夫だ!今からでも行けるぞ!!」
やる気満々といった表情の鬼に、俺達は笑うしか無かった。
まぁ、それだけやる気のあるやつなら俺達からも大歓迎だ。心配する必要もないだろう。
「それじゃあ改めて⋯⋯俺達の仲間になってくれるか?」
鬼はニッコリと笑った。
「もちろん!!!」
「鬼って聞いてたから、もっと怖いと思ってたにゃ。」
「え!マジ!?俺達全然怖くないぞ!!何ならもう「オーガ」には俺みたいなやつらしかいないし!ちなみに俺は俺公認心優しき鬼代表だ!」
「他人の評価じゃなくて自分公認かよ!」
「なかなかいいキャラしてるじゃない。」
「よっしゃー!メデューサさんに褒められた〜!」
すぐに打ち解けられるなんて凄いな⋯⋯。
俺が感心して見ていると、いきなり鬼が俺の方を振り返った。
「吸血鬼さん!お名前なんて言うの?」
「え?あ、あぁ。俺はビアだ。」
「ビアか!俺は和倉!よろしくね!」
いきなり直接俺に自己紹介をしてきた。
なんで俺なんだ⋯⋯?
「なぁ和倉。名前教えてくれるのは嬉しいんだが、なんで俺なんだ?」
それを聞いた和倉は首をかしげた。
「ん?だって、ビアがリーダーでしょ?リーダーには挨拶しないとって思って!あ、もちろんみんなにもするつもりだったから勘違いしないで!!」
あーなるほど。リーダーだと思われてたのか⋯⋯。
特にリーダーを決めようとは思っていなかったが、これから増えていくガーディアンをまとめるにはそういう役目の者が必要になってくるだろうか⋯⋯。
悩んでいる間にも、全員が自己紹介を終えたようだった。
「いいねいいね!!目的はハロウィンを守る事だけど、こうやっていろんな街の人達と仲良くなって旅できるなんて夢のまた夢だわー!めっちゃ嬉しい!!ガーディアンになってよかった!!」
和倉は終始テンションが高く、誰もそれについていけてない様子が見られた。
そこで俺は、唯一和倉のテンションについて行く事ができていた天狗の様子を伺った。
天狗は無表情で先程捕まえていた鳥を眺めていた。
「⋯⋯なぁ、なんでこんな所に天狗がいるんだ?」
天狗は俺の方にゆっくりと目線を動かした。
「⋯⋯どういうこと?」
「いや、ここは「オープス」と「オーガ」の間の山だろ?そんな狭間に何故天狗の君がいるのかと思って。」
「あぁ、それは一一」
天狗が説明をしようとした瞬間、和倉が天狗に飛びついた。
「なになに!?何仲良くしてんの?俺も混ぜて!!」
「いきなり飛びつくんじゃねー。暑苦しいっつってんだろ。」
「いーじゃーん!1日1椰鶴!!これ重要!」
「意味わかんねーから離れろ。」
「ひっどーい!!」
和倉は天狗にどつかれると、半泣きで天狗からほんの少しだけ離れた。
「悪かったな。こいつうるさくて。こんなやつだが悪いやつじゃねー。許してやってくれ。」
「あ、あぁ。もちろんだ。」
和倉には終始冷たい天狗だが、誰よりも和倉のことを理解している様子だった。
「あぁ⋯⋯友達だから遊びに来てたってことか?」
「まぁ、似たようなもんだな。俺達は幼馴染。今日はこのデカい鳥を捕まえる手伝いでここに来てただけだ。」
「そうそう!椰鶴は優しいんだ!!俺の為ならなんだってしてくれる!!」
そこまで言うと、和倉は天狗に何かを伝えた。天狗が嫌そうな顔をすると、和倉は天狗の肩を叩いて言った。
「紹介してなかったな!こいつは椰鶴!俺の大好きな幼馴染だ!!俺は椰鶴を愛してんだ!!」
「はぁ⋯⋯余計なことまで言わなくていい。」
「いいじゃん!仲良いとこ見せとかないと!!」
まぁ、そこまで言われなくても今までの様子だけで仲の良さは伝わってきていたが⋯⋯。
嬉しそうな和倉と鬱陶しそうな椰鶴。
正反対の性格の2人だが、今までの会話や距離を見ていれば誰だって2人が仲良いことは分かるだろう。
俺以外の奴らもみんな2人の様子に笑を零していた。
「ビア。無事にガーディアンが見つかった事だし、早速次の街へ移動してもいいんじゃないかしら?」
「ミオラの言う通りだな。和倉。もう一度確認させてくれ。俺達と一緒に来てくれないか?」
それを聞いた和倉はニカッと笑った。
「もちろん!!」
「ありがとう。それじゃあ早速で悪いが次の街へ行こう。」
「次の街?それってどこ?」
「そうだな⋯⋯椰鶴。「ロージ」と「ルナール」だったらどっちの街の方がここから近いか分かるか?」
俺が椰鶴に突然話を振ったが、椰鶴は落ち着いた様子で答えた。
「「オーガ」を越えれば「ロージ」にも「ルナール」にも行ける。」
「そうか。それじゃあ椰鶴もいることだし、先に「ロージ」へ行こう。」
俺の提案に椰鶴は眉をひそめた。
「なんで「ロージ」に来るんだ?」
「あぁ。ファニアス様から頂いたリストに「ロージ」も載ってるんだ。」
そう言いリストを見せると椰鶴はリストを覗き込んできた。
「ふーん⋯⋯じゃあ俺の街でガーディアンを探すってことか?」
「そうなるな。」
それを椰鶴の隣で聞いていた和倉はニコニコしながら話に割り込んできた。
「なーんだ!そんなの簡単じゃん!!」
「簡単⋯⋯?」
「おぅ!だって、「ロージ」のガーディアンって椰鶴の師匠だからな!!」
「俺と椰鶴で案内してあげるよ!」と楽しそうにしている和倉と対象的に、椰鶴は鬱陶しそうな表情を浮かべていた。
それはそうか。突然他人から手を握られ引っ張られたら誰でもあんな表情になるか。
椰鶴はブツブツと小さな声で文句を言っているが、和倉は全く気に止めていないようだった。
仲睦まじい2人の微笑ましさに自然と笑顔が溢れた俺達は、置いてかれないように2人に続いて歩き出した。