嘘吐き
ミオラと吉歌を引き連れ案内している牡丹だが、いつもと入店理由が異なる為、2人に気が付かれないように密かに気を引き締めていた。
入口の扉を開けると、そこには長い廊下が続いている。
この廊下には店のスピルウィル達のポスターと人気順の表が貼られている。
そして、突き当たりに見える扉の先にスピルクラブがある。
「うわぁ〜イケメンばっかりにゃね〜⋯⋯。」
吉歌さんはポスター1枚1枚をマジマジと見ている。
興味津々の吉歌さんを見て、可愛らしいなと思っていた時だった。
「牡丹ちゃん。聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
ミオラさんは足を止め私の目を見つめてきたため、私もつられて足を止めた。
「はい、何でしょうか。」
「貴方、こんな所に来るようなタイプには見えないのだけれど、よく来るのかしら?」
「え?どうしてですか?」
「ほら、ここのスピルウィルが知り合いだと言っていたでしょう。」
その先を言わず口を閉ざしたミオラさん。何となくミオラさんの言いたいことを察した私は、誤解を招かないよう説明をした。
「確かにここのスピルウィルが知り合いです。そしてその人がガーディアンです。その人とは幼い頃に親の繋がりで知り合いました。そして、今でも私達の面倒を見てくださっている優しい方なんです。」
「そういう事だったのね。変な聞き方しちゃってごめんなさいね。」
「いえ、勘違いされても仕方ないことだと思いますから。」
すると、今までポスターを見て回っていた吉歌さんも話の輪に入ってきた。
「実は吉歌も聞きたいことあったにゃけど、聞いてもいいにゃ?」
「えぇ。構いませんよ。」
「さっき通ってきた道でいろんな人から声かけられたにゃけど、みんな椿と牡丹のことを知ってたにゃ。なんでにゃ?」
首を傾げる吉歌さん。私はふふっと笑い言った。
「それは、私達がよくこのお店にお酒を頂きに来ているからですよ。」
「お酒?」
「はい。ここのお酒はとても美味しいんです。料理の隠し味に使うと料亭の味に近づけるので、料理に使うために時々このお店に来るんです。」
それを聞いた吉歌さんは、なるほどと言ったように手を叩いた。
「だからみんな2人を知ってたにゃか!謎が1つ解決したにゃ〜!」
嬉しそうに飛び跳ねる吉歌さん。1つ1つの仕草が可愛らしくて羨ましい。
「それじゃあ謎が解決した所で先に進みましょう。」
「そうですね。お兄様達を待たせすぎてはいけませんからね。」
私達3人はまた歩みを進めると、突き当たりの扉を開けた。
中へ入ると、いつも通りたくさんのスピルウィルがお出迎えをしてくれた。
「いらっしゃいませ!お嬢様方!」
「あ!牡丹さんじゃないっすか!」
「牡丹さんはいつ見てもお美しいですね。」
「今日は可愛い子を二人も連れて来てくれたんですね!」
「本日もお酒の購入でしょうか?」
一気に話しかけてくるスピルウィルに2人がたじろいでいるのが視界に入ったため、私はすぐに目的を伝えた。
「今日は鴇鮫さんを指名したいのだけれど、今大丈夫ですか?」
私の指名を聞いたスピルウィル達は、予想外の出来事にざわつき始めた。
「牡丹さんから指名だなんて初っすね!」
「鴇鮫さんですね!承知致しました!」
「丁度鴇鮫の指名の波が去ったところで、今休憩中だから大丈夫だ。」
「すぐにテーブルに向かうよう伝えますね。」
「お嬢様方、こちらのテーブルへどうぞ!!」
私達はメインテーブルに連れてこられた。テーブルの横にはシャンパンタワーがある。
やっぱりここの雰囲気は何度来ても慣れないなぁ。
雰囲気に圧倒されたのか、ミオラさんと吉歌さんも周りを見渡していた。
「牡丹ちゃん。さっき鴇鮫って言ってたわよね?」
「はい。」
「鴇鮫って人、この店のNo.1でしょう?その人がガーディアンなの?」
流石ミオラさん。廊下に貼られたポスターや人気順の表を覚えていたらしい。
私がミオラさんの質問に応えようとした時だった。
店のライトが一気に落ちると、スピルウィル専用の扉がライトアップされた。
「お嬢様方お待たせ致しました!この店No.1であり、スピルウィル界のレジェンドである鴇鮫さんの登場です!」
そうスピルウィルが言うと、扉が勢いよく開いた。
その先にはとても綺麗な服に身を纏った鴇鮫さんがいた。
ホストや他のお客様による拍手の中、鴇鮫さんは長いピンク色の髪を靡かせながら堂々とした足取りで私達の座るメインテーブルにやってきた。
そして、テーブルの前に跪くと私の手を取った。
「いらっしゃいませ、牡丹ちゃんとお嬢様方。ご指名頂き光栄です。」
こんな風に仕事をする鴇鮫さんと会うのは初めてだ。
いつもお酒を持ってきてくれる時は普段通りの鴇鮫さんのため、少し不思議な感じがする。
「⋯⋯流石No.1ね⋯⋯オーラが違うわ。」
「吉歌がそんなことされたら照れちゃうにゃ⋯⋯。」
2人はスピルクラブに来るのは初めてだからか、鴇鮫さんの仕草1つ1つに驚いているようだった。
「それではお隣に失礼します。」
爽やかな笑顔の鴇鮫さんは空いていた私の隣へ腰掛けた。
「牡丹ちゃん、指名ありがとうございます。でも、僕を指名するなんて何かあったんですか?」
鴇鮫さんは普段と違う私の様子に何か感じ取っているらしい。
「実は、鴇鮫さんに大切な話があってきたんです。」
「大切な話?」
「はい。鴇鮫さんは、この国で起きていることをご存知ですか?」
「あぁ⋯⋯オスクリタのことですか?」
オスクリタに関しては流石に鴇鮫さんも知っていたみたい。
「今ファニアス様からの命令で、オスクリタに対抗するために侵略されていない街のガーディアンを探しているところなんです。ガーディアンを探す街は13。ファニアス様が決めた街を今1つずつ巡っています。そこで、この「オープス」も対象になっていたのでガーディアンを探しに来ました。」
私の目をしっかり見据えて話を聞く鴇鮫さん。百目の鴇鮫さんには全てを見透かされているような気がした。
「そこで本題ですが⋯⋯この街のガーディアンは鴇鮫さんですよね?」
「いえ、違いますよ。」
私が意を決して言うと、鴇鮫さんは表情1つ変えず笑顔のまま即答した。
「ただのスピルウィルの僕がガーディアンという大きな仕事を受け持てるわけがないじゃないですか。それに自分で言うのは気が引けますが、僕はスピルウィル界のレジェンドって呼ばれるほどこの仕事を愛してます。スピルウィルという夜の仕事を楽しんでいる男がガーディアンにはなれませんよ。」
一見笑顔に見える鴇鮫さん。でも、目は一切笑ってない。
そんな鴇鮫さんの話を聞いていたミオラさんと吉歌さんは困り果てているようだ。
「困ったわね⋯⋯牡丹ちゃんの知り合いじゃないとすると、探し直しかしら⋯⋯。」
「一から探すのは辛いにゃー!!」
⋯⋯違う。鴇鮫さんは嘘をついている。でもどうして⋯⋯。
理由は分からないけれど、嘘をついているのは確かだった。
だって一一
「違います。嘘です。」
突然私が声を上げたからか、鴇鮫さん、ミオラさん、吉歌さんの3人は私の方を向いた。
鴇鮫さんは微笑んだ。
「どうしてそう思うのですか?」
「お兄様が⋯⋯お兄様が『鴇鮫さんがガーディアンで間違いない』と言っていたからです。」
「⋯⋯椿が⋯⋯。」
お兄様が言っていたことを伝えると、鴇鮫さんは言葉を詰まらせた。
「お兄様が不確かな情報や誤った情報を私に言うはずがありません。しかもそれが大切な人のことなら尚更。鴇鮫さんのことなら確実な情報しかお兄様は言いません。誰よりも貴方を尊敬しているお兄様が、嘘をつくはずがありません。」
私は鴇鮫さんのピンクと黒の2色に光る綺麗な瞳を見つめ、はっきり言った。
「鴇鮫さんはこの街のガーディアンですよね?」
強い眼光に負けず、鴇鮫さんが口を開くまで目を逸らさず見つめ続けた。
どれくらい経っただろうか。
無表情で私を見ていた鴇鮫さんが頬を緩めた。
私には悲しそうな表情に見えた。
「アハハっ⋯⋯百目の僕が雪女の牡丹ちゃんに嘘を見破られた挙句言い負かされちゃうなんて⋯⋯。牡丹ちゃんの言っていることは間違ってません。僕がこの街のガーディアンです。」
それを聞いたミオラさんと吉歌さんは安堵の表情を浮かべた。
でもやっぱり疑問は残る。
どうして嘘をついたのか。
疑問に思っていたのは私だけではなかったらしい。
「貴方⋯⋯どうして嘘をついたの?」
「ガーディアンなら自信を持っていいと思うにゃ!何でにゃ?」
2人が問いただすと、諦めたように話し始めた。
「夜の仕事であるスピルウィルという特殊な仕事に就いていますから、この街では受け入れられても他の街の人やガーディアンの人達に受け入れられるか不安だったんです。スピルウィルがガーディアンをやってるなんて批判を受けてもおかしくないと思いますから。どうせ受け入れられないのなら、最初からガーディアンじゃないと言えばいいと思ってたんです。」
今まで下を向いて話をしていた鴇鮫さんは、顔を上げると私の方を見た。
「牡丹ちゃん達がガーディアン探しをしていることはもちろん僕の耳にも届いていましたから。でもまさか牡丹ちゃんが⋯⋯椿が、僕がガーディアンだということを知ってるなんて思いませんでした。だから、言い当てられた時正直驚きましたよ。」
私は悲しそうな顔をする鴇鮫さんに何と言葉をかけたらいいか分からなかった。
でも、2人は違った。
「夜の仕事の何が悪いの?」
「え⋯⋯?」
「だって、この仕事を楽しんでいるんでしょう?No.1になるだけあって、お客さん達からも愛されているんでしょう?この店入った時に思ったけれど、貴方はスタッフ達にも愛されているように感じたわ。これだけ素敵な人達に囲まれた仕事だもの。スピルウィルという仕事に自信を持っていいと思うわ。」
ミオラさんはスタッフやお客さんの顔を見ながら言った。
そして一一
「確かに偏見を持つ人はこの世にたくさんいると思う。でも、これだけは間違いないわ。私達ガーディアンの中で貴方がスピルウィルでありガーディアンであることを嫌う人なんて1人もいないわ。大歓迎よ。」
笑顔で言うミオラさんの言葉はとても暖かく聞こえた。
「そうにゃ!ミオラの言う通りにゃ!ガーディアンはみんな優しくて面白い人達ばかりにゃ!吉歌は今日初めてスピルウィルって仕事を知ったにゃけど、みんな笑顔で楽しそうだなって思ったにゃ!良い仕事にゃっ!!」
ミオラさんに負けじと笑顔で元気に吉歌さんも言った。
静かに聞いていた鴇鮫さんの頬に一筋の涙が流れた。
「と、鴇鮫さん⋯⋯?」
「ごめんなさい。スピルウィルがお客様の前で泣くなんて失礼ですね⋯⋯。」
私の声を聞き、鴇鮫さんは涙を拭った。
「牡丹ちゃん。僕、皆さんとならガーディアンとして戦える自信があります。僕を仲間に入れてくれませんか?」
鴇鮫さんの言葉を聞いたミオラさんと吉歌さんは嬉しそうな表情で私の顔を見た。
もちろん私の返事は1つしかない。
「はい!もちろんです!」
鴇鮫さんと一緒に戦える日が来るなんて夢みたいだ。
戦いの不安が少し和らいだ気がした。
「皆さん折角お店に来たんですから、よかったら飲んで行ってください。お金はいりません。ソフトドリンクもありますからお好きなものを選んでください。」
「でも、お兄様達が待ってるので⋯⋯。」
鴇鮫さんは笑った。
「ほら、僕も出かける準備に時間がかかりますから。他のスタッフ達にも話をつける必要がありますし。その間旅の疲れを癒してゆっくりしていってください。」
鴇鮫さんが近くにいたスピルウィルさんにメニュー表を持ってくるよう伝えると、スピルウィルさんは素早くどこかへ消えていった。
「僕は準備をしてきます。それまで待っていてください。」
鴇鮫さんは微笑むと、スタッフルームへ戻って行った。