夜の世界へ
椿と牡丹の力で寒さ対策の済んだ俺達はすぐに「ネーヴェ」を出発した。
リストの中では1番近いという目玉の街「オープス」は、花の街「ブロッサム」と神の街「デウス」を通り抜けた先にあった。
それぞれの街ではファニアス様から受け取っていたカードを使い宿屋に泊まろうとしていた。しかし、「ブロッサム」でホテルを選んでいる最中、ミオラの事をよく知っているという街1番の高級ホテルの支配人と出会った。
ミオラが何故ここにいるのかの事情を知ると、即支配人がホテルの部屋を抑えてくれ、予想外に高級ホテルへ宿泊することとなった。
また、ミオラの顔パスと俺達の旅の目的を聞き「代金は受け取れません」と言われてしまった。
「ブロッサム」だけではなく、「デウス」でも同じ状況となった為、俺達はミオラの凄さを改めて思い知らされる事になった。
流石お姫様といったところだろう。
グレイと吉歌に至っては、終始ミオラを崇め讃えていた。
「オープス」に辿り着くと、先頭を歩いていた牡丹がくるりと後ろを振り返った。
「実は私、この街のガーディアンと知り合いなんです。お兄様もですが⋯⋯。」
「おっ!じゃあ今回も簡単に仲間が見つかるな!」
「早く見つかるのはいいことよね。」
俺達が牡丹の言葉に舞い上がっている間、椿と牡丹は何とも言えない表情をしていた。
「確かに見つけるのは簡単です。⋯⋯ただ、着いてきてもらえるかどうか⋯⋯。」
「何か言ったか?」
「いえ!なんでもありません。」
後半が小さな声で聞き取れなかった為聞き返したが、誤魔化されてしまったように感じた。
本当に何でもなかったのだろうか。
牡丹が椿にアイコンタクトをとると、椿は軽く首を縦に振った。
「それで、見つけるにあたってお願いがありまして⋯⋯。ビアさん、ヒショウさん、グレイさんはお兄様と一緒に待機していてもらうことになるのですが、大丈夫でしょうか?」
「待機⋯⋯?どういうことだ?」
牡丹の不思議な提案に全員が疑問を抱いていた時だった。
「今から行くのがスピルクラブだからだよ。」
「スピルクラブ⋯⋯?それって何?」
椿が、今から行く場所となぜ俺達が待機しなければならないのかの理由を説明し始めた。
「スピルクラブっていうのは、着飾ってる綺麗な男達⋯⋯『スピルウィル』がお客さんにおもてなしをするお店だよ。お客さんは来店するとドリンクやフードを頼む。それがお店の売上になるんだ。お気に入りのスピルウィルが出来れば、お客さん自らスピルウィルに対してドリンクを奢ることもあるらしい。 」
「へぇ、楽しそうなお店だね!」
「楽しそうって言っても、店員は男だからお客さんは自然と女性が多くなるけどね。」
「そうなんだ!」
「ちなみに店員全員が女性のタイプのお店もある。その場合、女性はスピルファムって呼ばれてる。」
説明を聞いたヒショウの顔が一瞬で青ざめた。
「⋯⋯え、女の人いるの⋯⋯?」
「いや、今回行くのは店員がスピルウィルのスピルクラブ。男しかいない店だよ。」
「な、なんだ⋯⋯よかった⋯⋯。」
ヒショウの反応に椿は首を傾げつつも、話を続けた。
「まぁ、要するに、店員が男しかいないお店に同性の男が客人として来店することは稀だってことだよ。男だけで来店するならまだしも、俺達が牡丹達と一緒に中に入ったら異質すぎてスピルウィル達も驚くだろう。だから、俺達男は外で待機してた方がいいんだ。」
なるほど。確かにそのような店なのであれば、俺達は中へ入らない方が良い。迷惑をかけてしまうかもしれない。
俺とヒショウ、グレイが外で待機をするということに賛同すると、安心したように牡丹は胸を撫で下ろしていた。
「承諾して下さりありがとうございます。それではお店に着きましたら、私とミオラさん、吉歌さんは店内へ入りガーディアンに交渉をします。お兄様達は入口の外で待機していてください。」
「牡丹、3人だけで本当に大丈夫か?」
椿が心配そうに牡丹の顔を見る。どうしたのだろうか。
俺が声をかける前に牡丹は笑顔で答えた。
「はい!大丈夫ですよ。任せてください、お兄様。」
引き続き椿と牡丹に連れられスピルクラブを目指して進んでいた。
スピルクラブのあるという場所は周りもそのような系列店がとても多いようで、歩いていると店の前でキャッチをしている綺麗な店員達にひっきりなしに声をかけられた。
しかし、店員達は椿と牡丹を見ると「椿君の知り合い〜?」「牡丹ちゃんのお友達だったか。」と言いすぐにその場を離れていった。
この2人の存在は、この地域の店員達に知れ渡っているらしい。
俺達にとってはとても助かるが、なぜこんなにも知れ渡っているのかとても不思議だった。
そうこうしているうちに目的のスピルクラブに到着したようだった。
「それではミオラさん、吉歌さん、行きましょう。」
「分かったにゃ!」
「行ってくるわ。」
早速入口前の階段を登り始める3人を見た椿は、3人に最終忠告をした。
「牡丹、ミオラ、吉歌。何かあったらすぐに俺達を呼んで。援護しにいくから。」
「はい。分かりました。」
「了解にゃ!」
「分かったわ。」
笑顔で答えた牡丹とミオラ、吉歌の3人は、階段を登りきると目の前の扉を開け中へ消えていった。
俺は、扉を眺め続けている椿に声をかけた。
「なぁ椿。どうしてそんなに心配してるんだ?」
「え?あ、あぁ⋯⋯大したことじゃないんだ⋯⋯。ただ⋯⋯さっき言った俺達の知り合いのガーディアンって、俺と牡丹にとって兄さん的な存在の人なんだけど⋯⋯。」
椿は、そのガーディアンの男性に幼い頃からお世話になっていたこと、とても仲がいいことを教えてくれた。
「だけど、兄さんがスピルウィルになってから、何となく距離を置かれてるような気がして⋯⋯気の所為かもしれないけど、前の兄さんじゃない気がしちゃって⋯⋯。兄さんは面倒見の良い人だけど、スピルウィルみたいな接客業をするようなタイプじゃなかったから、いろいろと不安で⋯⋯。」
「そうか⋯⋯。」
何と返したらいいのか、まだ人物像を把握していない事もあり返答に悩んでいると、静かに聞いていたヒショウとグレイが顔を見合わせニヤッと笑うのが視界に入った。
⋯⋯待てよ、あの顔は⋯⋯
「椿!お前牡丹のこと大好きだな!」
「大切な妹のこと、兄さんに取られたくないんでしょ〜?」
「え⋯⋯どこら辺でそうなったの⋯⋯?」
やはり予想通り冷やかしを始めた。
それを聞いた椿は意味が分からないと言ったように首を傾げ困った様子を見せた。
確かに話の文脈からは全く見いだせないような回答が返って来た為、椿の反応には俺も納得できた。
「兄さんって人の事を大切にしてるのはよーく分かったぞ!それは分かってる!大切な人が変わっちゃうのは心配になるよな。不安だよな。」
「でも今心配していた相手は、お兄さんももちろんだけど、それ以上に牡丹ちゃんじゃないかな?お兄さんの変化の中に牡丹ちゃんへの心配に繋がる何かがあったんじゃないかなって思うんだけど、どうかな?」
「えっと⋯⋯それは⋯⋯。」
「俺達はそこでこう考えたわけだ。」
グレイはどこかの探偵のように口角を上げ話を続けた。
「お兄さんがスピルウィルという仕事に就いた。スピルウィルになったという事は店には男しかいない。例えお兄さんがそこに居たとしても、大好きな妹が男に囲まれるのは不安だ。自分はクラブに一緒に入らないからこそ、中での様子が伺えないから心配だ⋯⋯とな!」
「牡丹ちゃんの事が大好きだからこそ、心配しちゃうんだよね!分かるよ〜!」
そんな2人の話に、椿は顔を真っ赤に染めた。
「べ、別にそういう事を思ってるわけじゃ⋯⋯!」
「いいじゃねーか!妹思いの兄貴、最高じゃねーか!」
「うんうん!こんなに心配してくれるお兄さんがいるなんて、牡丹ちゃんは幸せ者だね〜!」
「ちがう!そんなんじゃない!」
牡丹に対する感情を否定する椿と、それを茶化して楽しむ2人。
一見2人が椿をいじってるようにしか見えないが、2人の性格を考えると、何となく、落ち込んだ様子の椿を慰めようとしたんだろうと感じた。
そして、出会ったばかりなのにも関わらず、こうやって距離を縮めて会話をし仲良くしている3人を羨ましくも思った。
俺はその様子を後ろから眺めることしかできなかった。