いつまでも傍に
椿は気まずそうに部屋を出て行く5人の背中を見送りながらも、溢れる牡丹の涙を拭いながら背中を優しくさすっていた。
俺と牡丹は5人が部屋を出た後、仏壇の前に並んだ2枚の座布団に座った。
牡丹は少しずつ落ち着きを取り戻しているようだ。涙も止まっていた。
「牡丹、大丈夫?」
「ご、ごめんなさいお兄様。」
「久しぶりにあの時のことを思い出したから⋯⋯平然とされてしまう方が余計に辛いし。気にしなくていいよ。」
「⋯⋯ミオラさん、複雑そうな顔をしてました。傷つけてしまったでしょうか⋯⋯。」
自分だって辛いはずなのに⋯⋯こんな時でも他人のことを考えられる牡丹は、とても優しい子だと改めて感じた。
「他の奴らもいるから大丈夫だよ。ミオラは誰よりもしっかりしてそうに見えたし、きっと牡丹の気持ちを分かってくれてると思う。」
それでもまだ落ち込んでいる様子の牡丹の肩に手を置くと、俯いていた牡丹を覗き込んだ。
やっと視線が交わった。
「もし心配なら、この後部屋を出てから一緒にミオラのところに行こう。」
「⋯⋯はい。」
牡丹は顔をあげると、微笑みながら頷いた。
良かった。この笑顔は作った笑顔じゃない。
少しは牡丹の心の支えになれたかな?
俺は牡丹の肩から手をどけると、仏壇の方を向いた。
牡丹も仏壇の方を向き父さんと母さんの写真を見つめると、手を合わせた。
「父さん。母さん。俺達はこの国を守るために「ネージュ」のガーディアンとしてオスクリタと戦うと決めました。」
俺は、「初めて出会った仲間達のこと」「戦うことになった経緯」そして、「正直行先は不安だけど、みんな頼りになりそうな素敵な方達ばかりだから大丈夫そうだということ」を全て話した。
牡丹はそれを静かに聞いているようだった。
「俺と牡丹は今まで父さんと母さんに甘えて生きてきました。もう独り立ちをして甘えるのはやめようと何度も考えました。⋯⋯でも、その甘えは簡単には断ち切れそうにありません。これからの戦いの中では辛いことがたくさん出てくると思います。その時に『父さんと母さんは近くで俺達を見守ってくれてるから大丈夫だ』と父さんと母さんの存在に甘えてもいいですか?」
返事が返ってこないことはもちろん分かっている。何度も何度もこの場所で日々の出来事を語り掛けていた俺達には分かりきったことだ。
でも。それでも、俺達は父さんと母さんのことを忘れることは出来ない。
父さんと母さんが、世界一大好きだから。
数秒間写真を見つめた俺が隣に視線をずらすと、牡丹もこちらを向いていた。
「牡丹は、挨拶しなくて大丈夫?」
「はい。心の中からですが、お兄様の言葉と共にたくさんの想いを伝えました。きっと、お母様とお父様に届いていると思います。」
「そっか。それじゃあ、そろそろみんなの元へ戻ろう。」
お互い満足のいく挨拶が出来た。
そして、それはきっと父さんと母さんに必ず届いていると感じることが出来た。
もっと父さん母さんと話がしたいし、これからの事を考えると不安だらけでまだ離れたくない気持ちも少しあった。
でも、あまり長居していては、せっかく俺達を見つけ出してくれた5人を待たせてしまう。
5人の元へ戻ろうかと座布団から立ち上がった時だった。
「一一お兄様っ!」
「⋯⋯うん。」
今まで静かに、落ち着いた様子だった牡丹が目を輝かせて声を上げた。
牡丹、俺も感じたよ。
父さんと母さんは本当に俺達の傍で見守ってくれている。
それが確信に変わった瞬間だった。
部屋の中に涼しい風が通り抜け、仏壇の周りに飾ってあるカーネーションや水仙、カスミソウ等の花達が微かに揺れたのだ。
この部屋に窓はない。風が通ることは絶対にありえないからこそ、俺達はこれが父さんと母さんからのメッセージだと受け取った。
そして、その優しい風から父さんと母さんが『甘えていいんだよ』と、不安だらけの俺達の背中を暖かく押してくれているように感じた。
俺と牡丹は顔を見合わせると笑った。
この戦いもきっと無事に終わるだろう。だって、父さんと母さんが見守ってくれているんだから。
俺と牡丹は姿勢を正すと、父さんと母さんの笑った写真に向けて声を揃えて言った。
「「いってきます!」」
俺達はたった2人の可哀想な家族なんかじゃない。
いつまでも、仲睦まじい4人家族だから。
家では父さんと母さんが俺達の帰りを待っていてくれるから。
だから一一
笑顔で出かけて、笑顔で帰ってこよう。
そして、父さんと母さんに「ただいま」って言うんだ。




