葛藤
1人自室へ戻った吉歌は、先程起きたばかりの想定外の出来事を思い出しながら、自分の中から沸きあがる様々な感情と向き合っていた。
「吉歌、入るぞ〜。」
部屋に入ってきたのは昼間お店で一緒に話を聞いていたお父さんだった。
お父さんはミオラや吸血鬼さん達を部屋に案内しお店に戻ってきた後、仕事に集中出来そうにない私を早めに部屋に戻してくれた。
それからご飯も食べずにずっと部屋にこもっていた私を心配して来てくれたのだろう。
お父さんは夕ご飯と私の好きなあんみつの乗ったお盆をベッドの前の小さなテーブルに置くと、座布団の上に座った。
「吉歌、流石にお腹すいただろう?ご飯食べたらどうだ?」
確かに私はお腹がすいていた。
ベッドの上で葛藤しながら何度お腹がなったことだろう。
私は寝そべっていたベッドから降りると、お父さんの向かい側に座った。
「いただきますにゃ。」
「はいよ、召し上がれ。」
お父さんは食事をする私をニコニコしながら見ている。
今日の夕ご飯は猫型ハンバーグ。猫型ハンバーグはお店で大人気のお父さん特製ハンバーグだ。
普段はお店でしか出さないのに⋯⋯それを作ってくれるという事は、お父さんは私のことをかなり心配しているのだろう。
「どうだ?美味しいか?」
「うん、凄く美味しいにゃ。」
「それは良かった!お父さん今日は夕ご飯作り頑張っちゃったからな!喜んでもらえて嬉しいぞ!」
お父さんのご飯を食べていると心が少しずつ落ち着いてきた。
「やっぱりお父さんは凄いにゃ。」
「ん?どうした?」
お父さんは不思議そうに首をかしげる。
「吉歌の好きなものも、吉歌を元気にする方法も、何でも知ってるにゃ。」
「そりゃあお父さんの娘は吉歌だからなぁ。娘のことは何だって知ってるさ。」
そう言うと、お父さんはニコニコしながら優しい声で話し始めた。
「吉歌は他人思いだし、俺に似て心配性だからな。きっとこの街の代表として戦えるのか不安なだけじゃなくて、俺や家族に心配かけるんじゃないかって思ってるんだろう?」
やっぱり流石お父さん。私の心の中を見透かしているかのように私の気持ちを当てていく。
驚きを隠せない私を見てお父さんは笑った。
「ふふっ、俺達は大丈夫だ。吉歌がどれだけ人を思いやれるか、どれだけ心配性なのか分かっているのと同じくらい、吉歌の腕っ節の強さも心のたくましさも知っている。ちょっとやそっとじゃ折れない、俺達の自慢の娘だ。俺は⋯いや、俺達家族は吉歌のことを応援してるぞ。」
そんなお父さんの言葉に涙が溢れてきた。
「どうしたどうした!?お父さん変な事言ったか!?」
「違うにゃ、ちっとも変じゃないにゃ。お父さんが吉歌のことを、いっぱい信頼してくれているんだって、そう思ったら嬉しくって⋯ぐすっ⋯。」
「当たり前だろう。俺の大切な娘なんだからな。」
お父さんは右手で右耳を触りながら言った。
お父さん。私もお父さんのこと、ちゃんと知ってるよ。お父さんは常連さんに私の事を褒められた時、いつも右手で右耳を触ってるよね。
お父さんは照れるとその癖が出る。
お父さんが照れていることに気がついた私は、お父さんの愛情の大きさに嬉しくなった。
お父さん、ありがとうにゃ。お父さんのお陰で私も勇気が出たにゃ。
私はお父さんの方に改めて向き直ると精一杯思いを込めて言った。
「吉歌も大事な大事なお父さんの信頼に応えられるように、一生懸命頑張ってくるにゃ!!」
私の言葉を聞いたお父さんは満足そうに微笑んだ。