モブから見た主人公の話
ちょっと俺の話を聞いてほしい。
俺は県内の看護学校に通う一年だ。新しい友達もできて、バカをしながらそこそこ楽しい日々を送れてる。本気で看護師になりたくて入学したわけじゃないから、勉強は留年しない程度にやるくらい。サークルも緩いから気まぐれに参加してる。
男子は少ないけど、そこは気にしてない。むしろ可愛い女子が多くてこちらとしてはありがたい限りだ。
っと、話がそれたな。まぁ、そんな学校にとある女子がいるんだよ。仮にA子とする。
A子は最初から印象が強かった。
入学した次の日だったな。学年の長を決めないといけなくなったんだ。先生たちは立候補を呼びかけたけど誰も手を挙げない。当然だよな、だってそんなあからさまに面倒なこと、誰だってやりたくない。しかも卒業までやらされるんだぜ? 無理無理。
でも決まらねぇと帰れないなんて言うから、誰もが「誰かやれよ」って感じの雰囲気だったんだ。
「はい、私やります」
そんな時だった。そのA子がすっと手を挙げて立候補したんだよ。俺は驚いた。このまま誰も手を挙げなくてくじ引きとかで決めるか。男子の誰かが押しつけられるかのどっちかだと思ってたからだ。(女が多いところでは大抵に男に嫌な役目が回ってくる)
周りも、先生すら驚いてA子を見てた。
全員の前に立って、軽くおじぎをしたA子は簡単に自己紹介を言うと自分の席に戻っていった。
学年長にならなかった人は別の係に入ることになる。だからみんな係名と仕事内容が書かれた紙を見てどの係が最も楽かを考えて、紙に書いて提出した。(このアンケート用の紙もA子が用意した)
すると考えることは皆同じで、とある係に学年の半分が集中する事態に。学年ライングループは作っていたから、A子から移動できるやつは移動してほしいと連絡が来た。
かなりのやつが移動したし、俺も移動した。けど我儘なやつはいるもんで、断固として動かないやつが七人いたらしい。(後々A子から聞いた話だ)
係の人数は六名。あと一人が違うとこに移動してくれれば解決するんだが、どうも仲の良いメンバーでくっついているらしく、動こうとしない。
それどころか、「話し合って決めて、決まったら連絡をください。できたら明日までに」って誰が決まってないか名前まで教えてくれたA子に向かって、顔が分からないから名前教えてもらっても話し合えない、なんて文句を言ったやつもいるとか。
いや、それくらい自分で探せよ。幸いにも必須授業ってものがあって、学年全員が揃う時間はあるんだから、そこでみんなの前で聞くなり、ラインで該当者は連絡くださいって伝えたり、手段はいくらでもある。
あんまりにもA子が可哀想だった。
おれはこの時、A子を真面目で、かつ優しすぎる人だと思ってたんだ。だから、こういうタイプの人間とのコミュニケーションは苦手なんだと勝手に思ってた。
次の日、ラインで「今日中に決まったと連絡がなければこちらで勝手に決めますね」って送られてきたときはあっけに取られた。
つ、強気だ……。
どういう展開になったのかは分からないけど、連絡はあったみたい。学年全員の係を書いた紙を提出しに行くA子を見たから間違いない。
ちょっとA子の容姿について言っておく。別に特別綺麗でも可愛いわけでもない。スタイルも普通。服装は基本ジーパンとTシャツ。あ、でも声はわりと可愛い。
何が言いたいかというと、男からしたら一目惚れするような相手じゃない。なのに、学年の数少ない男子の半数はA子狙いだったんだ。ミスコン一位とかも学年にはいるのにだぞ。
特別可愛いわけじゃないけどモテる、なんてまるで最近のマンガのヒロインみたいじゃないか。
容姿が整ってるわけじゃないし、しっかり者だから女子からも支持を得てる。マンガのヒロインよりもヒロインらしいかもしれない。
まぁそんなこんなで入学して二ヶ月が過ぎたとき、実技のテストがあったんだ。内容はバイタルサイン測定。体温、呼吸数、脈拍、血圧を測るテストだ。テストが終わった人が次の人の患者役になるんだけど、俺が患者役のときはたまたまA子がテストだった。
テキパキと測定を進めるA子に、内心感動した。声掛けも、確認も、俺が見た限りは完璧。でも、制限時間内にあとちょっと終わらなかった。A子は少し悔しそうな顔をしながら、俺と患者役を交代。
自分の使った道具を片付けながら、A子は合格だろうなと一人で考えた。
だから、不合格者のところにA子の番号があったときはめちゃくちゃ驚いた。
俺も不合格だったが、それはまぁ予想していた。けどA子は俺が見た限りは完璧だ。血圧測定で失敗したのかと思ったけど教えられた測定値は俺のいつもの血圧だったし、一体何が悪かったのだろうか。
不合格者は担当の先生の所へ行って、再受験の許可印を貰わなくちゃならない。めんどくせぇと文句を言いながら研究棟(先生達はここに大抵いる)を歩いていると反対からA子が歩いて来た。
よっ、A子! お互い落ちた者同士頑張ろうぜ!
なんて声をかけようとして、止まった。
俯いていたが鼻をすする音と、カーディガンの袖を目元に持っていってる様子、グレーの袖の色が濃ゆくなってることから、泣いていると、察しがついた。
戸惑ってる俺に気付かぬまま、A子は横を通り過ぎる。
あとから聞いた話だが、A子は今までテスト(試験)と名のつくもので落ちたことが無いという。高校入試、英検試験、漢検試験、数検試験、大学入試、大学の筆記テスト。今回が初めての挫折というわけだ。
それを聞いて俺は天井を仰いだ。そんな主人公みたいなやつ、この世に存在したのか。
次の日、吹っ切れた様子で学校に来ていたA子。どうやら友達が手伝ってくれて実技の朝練をしてるらしい。
ああ、やっぱり眩しいな。なんて、柄にもないことを考えた。
俺の学校じゃ、一年の時から実習が入ってる。そのグループで俺とA子は一緒になった。
俺らの他にあと四人いて、計六名のグループだ。実習先での計画を練るために、二人は担当の先生を呼びに、二人は実習先に連絡をしに部屋から出ていった。
残ったのは俺とA子の二人。横でつまんなそうにしているA子になんだか意外性を感じた俺は、彼女に話しかけた。
「A子さ、マンガとかの主人公みたいだよな」
「え、なに。どうしたのいきなり」
「いや、入学してすぐの学年長に立候補したり、テストはほぼ一発合格。すげぇと思って」
俺の発言を聞いたA子はきょとんとした後、大声で笑い出した。
「あはは。そんなこと思ってくれてたんだ。嬉しいな。でも、私は主人公じゃないよ。私からしたらあなたの方が主人公みたい」
「おれ?」
予想外の発言に固まる。A子はそうそう、と笑いながら話し出す。
「県外から来てるのに男女関係なく友達が多くて、いつも誰かを笑わせられて。先生たちとも仲がいい。ミスコン一位ちゃんをゲットした男前だしね」
最後はちょっとだけ茶目っ気を含ませて彼女は笑った。
そっか。A子はA子で他の誰かをそういう風に考えたりするんだな。そう考えると少なからず主人公みたいなA子に抱いていた羨望とか嫉妬とかいうものがふっと軽くなった気がした。
でも、やっぱり。俺はちらりとA子を見る。
無意識でも人を救えるA子は、きっと主人公だ。