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真朱が大きな古いお屋敷の門を潜ると、誠がいた。
「……誠くん」
「よぉ。今回は、なんというか、その……悪かった」
門の脇で塀に体を預けていた誠は、真朱に向き合うと頭を下げた。真朱はふるふると首を振る。
「別に。私の実力が足りなかっただけ」
「いや、俺の見込みが甘かったから」
なお謝る誠に、真朱は少しむっとする。
本当に誠のせいではないのだ。
真朱は夢を見た。
誠から依頼を受ける前に。
その夢の意味をきちんと解いていれば、こんなことにはならなかった。
後になってから気づいて、自分の未熟さを恥じた。
だから、誠のせいなどではない。
けれど真朱はそれを伝えない。
過ぎたことを言っても仕方がない。問題はこれからどうするのか、なのだから。
「誠くん、そんな事言うために此処に来た訳じゃないでしょ」
「あー……まぁな」
誠は頭を上げると、ぽりぽりと首の後ろを掻いた。
誠と真朱がいるのは久賀本邸前。
真朱はちょうど、今回の一件を当主に報告してきた所だ。
そして誠もまた、当主に呼ばれて此処にいるはずなのだ。
「お話はこれから?」
「いや、お前が来る前に済ませてある。それでだな……」
誠は手を差し出した。
「責任の一端は俺にもあるからな。お前と組んで白練を取り戻せとのお達しだ」
「あら、百人力ね。久賀七天将が手伝ってくれるなんて」
「おま、俺がその呼び方嫌いだってこと知ってるだろ」
苦虫を噛んだような顔をする誠に真朱はくすりと笑った。知っている。わざとだ。
これくらいの八つ当たりくらいは許して欲しい。
真朱は先ほどの当主への報告を思い出す。
白練は真朱の式だ。久賀に祀られていたモノの一つだったが、今は真朱のモノなのだ。
それをあたかも当然のように「久賀のモノ」として扱ってきた。それが真朱の癇に障った。
奪われたのなら取り返す。
わざわざ言われずとも分かっている。
真朱は誠の手を握る。
「ま、存分に手伝ってもらうわ。手始めに、消えたカミの行方を調べて頂戴」
「あいよ、遠慮のないお姫様なこった」
真朱はにこりと微笑む。
「早くしないと、私が死ぬかもしれないわよ。正直、白練のことだから、気まぐれ起こして私を本気で殺しにかかってもおかしくないもの。日頃から美味しそうとか言ってたわけだし」
握手がほどかれると、誠は歩きだした真朱の隣を歩く。
「まじか。はー、真朱ちゃんもとんだものに気に入られたもんだ」
誠の言葉に真朱は制服のスカートを揺らしながら答える。
「ま、それが『血』ってものなんでしょ」
真朱が事も無げに言えば、違いないと誠は頷いた。
敵となった白練を、もう一度式として下す。
真朱がしないといけないのはその一つだけ。
久賀が代々祀ってきた白練を使役できる者は、当代において真朱だけだ。
ならば真朱がやらねばならない。
そうでなくとも真朱以外の人間に下るなど、白練の矜持が許さないだろう。
未だにどうして真朱に下ったのかは分からないが、それが自分の運命として真朱は受け止めている。
───白練、もう一度あなたを下してあげる。
そのためにも今は、自分に足りないものを補う必要がある。
真朱は自分の家へと一度帰る。そしてまた、荷物を持って本邸へ戻るつもりだ。護衛はもちろん、隣にいる七天将(実力者)。
そして本邸の結界の中で身を護りつつ、学生だからと怠っていた陰陽師としての教えを請うつもりだ。
真朱はまっすぐに歩みを続ける。
白練の笑み、白練の指先、白練の後ろ姿。
寄せられる吐息、撫でてくれる手のひら、翻る狩衣。
白練は真朱のモノだ。
絶対に取り戻して見せる。