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さやさやと、さやさやと。
荒ぶる風が木々の聲を乗せていく。
さやさやと、さやさやと。
彼の名の如き艶ある髪が、切なそうな顏を隠そうと宙をたゆたう。
彼は愛しそうに、苦しそうに、私の頬に触れた。
頬に添えられた指は、もどかしそうに震えている。
少しずつ指が滑り、頬から顎、顎から首に触れるか否かのその境界で、彼は心臓を掴まれたような吐息を漏らして、その手を引っ込める。
「……ごめん」
「謝るくらいなら、戻りなさいよ」
「……ごめん」
赦しを乞う彼に、私は目を伏せる。
あぁ……赦しを乞うべきは私の方なのに。
一瞬の闇を振り払う。
次に見たものは「彼」ではなくて、おどろおどろしいカミだった。
眼は窪み、頬も腕も何もかもが痩けて骨が浮き出ている。
ケタケタと笑いながら其れは私と対峙する。
『ヒト、ヒト、ヒト。ヨクゾ我ヲ外ニ出シテクレタ』
喉に肉はない。カミは血を吐くように擦りきれた聲を絞りだす。
瞬き一つしないで凝視していると、段々とカミの窪んだ孔の向こうに何かが見えた気がした。
カミの聲が遠ざかる。
私は孔を見る。
───孔の中には数知れない蟲が蠢いていた。