2月26日:失楽園FM放送
私は洋館の広間にいた。天井が吹き抜けていて、映画『サウンド・オブ・ミュージック』辺りで見たことのあるやつだ。天井からは電球シャンデリアが吊り下がっている。
私は椅子に姿勢よく座り微動だにしなかった。私が関東地方に名だたる名家・パラダイス家の一人娘という設定になっていたからだ。勝手な行動は慎むべきなのだ。
「……近年社会問題……名家の……横暴な……例えばアイソトープ家、……、パラダイス家、こういった……理不尽……傍若無人…………」
どこからともなくラジオ放送が流れていた。我々名家の者は世間的には鼻つまみ者だ。私はやり切れない気持ちになった。
「そのラジオを止めろ!」
パラダイス家主人のエデン氏が釘バットを持って殴りこんできた。すごい剣幕だ。
「ラジオはどこだ、ラジオはどこだ――!」
エデン氏はそこら中に釘バットを叩きつけながら広間を探し回った。釘バットが何かに当たるたび、地を震わすほどの轟音がさく裂した。アレは見た目よりも数十倍重い代物なのだ。私は怖くなった。
実のところラジオ音声は天井付近から聞こえてきていたのだが、エデン氏は広間を一通り探し回った後、ようやくその事に気が付いたようだった。
「見つけたぞ、貴様がラジオだな?」
私は見上げた。人がぶら下がっていた。
さっきまで電球シャンデリアが輝いていた丁度その位置に、ラジオ・アナウンサーの首吊り死体が吊り下がっていた。そして、不自然なほど綺麗なその死体から例のラジオ音声が流れ続けていた。
人間ラジオだ。
人間ラジオは、重厚な洋館には似つかわしくない軽妙なポップスをまき散らし始めた。エデン氏はますます怒った。
エデン氏はついにショットガンを取り出し、人間ラジオに向かって射撃した。何度も。その度にラジオは砕け、紫色のねばねばした物質となって辺り一面に降り注いだ。銃声と紫色の物質が床に落ちる「ペチョ」が交互に現れ、時々その間は軽妙なポップスで埋められた。
「でかした、いちごソースだ!」
たちまちエデン氏は機嫌を直し、私の身体に付着した紫色の物質をペロペロ舐め始めた。私はエデン氏の舌、吐息、頭皮などの生暖かさを感じることができた。
音楽は終わり、道路情報のコーナーに入った。
エデン氏のざらついた舌の先端は、もう完全に二股に分かれていた。
「知恵の果実みたいですね。」
そうやって私が声をかけても、もはや全く反応は無かった。