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吉信優真の事情

おまけの話



 僕の話をしよう。

 平々凡々中流家庭。サラリーマンの父とパート兼主婦の母を親に持つ僕は、その家の三男として生まれた。姓は吉信、名は優真という。

 兄二人との関係は実に良好だし、弟として甘えられる関係もやぶさかではない。ただ、僕には秘密がある。

 それを家族に話すことはない。話したところで意味がない。これはただ、僕の後悔の話なのだから。だけど今、君には語ろうと思う。後悔が歓喜へと変わった今ならば、話してもいいと思う。


 僕の秘密、それは幽霊やお化けが見えるということだ。

 物心ついた時から見えていたその類を、僕は初めから生きていないと知っていた。

 通学途中の電信柱の傍に立つ母親と子どもも、浜辺で会った遠くを眺める海軍士官も、ビルの屋上にある遊び場で柵を何度も乗り越える青年も、誰も生きてはいなかった。

 僕はそれらを見ていながら接触はしなかった。僕にはどうしようもないのだ。関係もない。未練があったとしても叶えることは難しいと思われた。


 僕の秘密、それは生まれる前の記憶があること。

 つまりは前世だ。こういう話をすると頭がおかしいと思われるかもしれない。けれど本当なんだ。幽霊が見える力を僕は前世でも持っていた。もしかしたらだから、記憶をもって生まれてこれたのかもしれない。

 前世での僕は辰三といった。多分変な死に方はしていない。ただ心残りがあったんだ。本当はちょっとしたおせっかいを焼いてやろうと思っていた。それなのに事態は思わぬ方向へ転がって、どうしようもなくなってしまった。

 それは江戸の大火事のことだった。喧嘩と火事は江戸の華、なんていうけれど実際はとんでもない。煙でいぶされるのは苦しいし、逃げるにも人が多すぎて圧死しそうだし、散々だった。おかげで今世で火の取り扱いだけはいつもきちんとしている。

 僕の後悔はこの時から続いている。あの時の火事で死人が出た。少なくない数だ。

 火事の跡、現場へ行くと逃げ切れなかった人たちがさまよっていた。熱い熱いとうわごとのように口にして、幼い少女などは泣きながら母と父を呼んでいた。そこへ現れたのが藤吉だった。

 彼の姿を見て幼い少女が近寄って行った。それで子を亡くしたのだと知った。

 藤吉には娘の姿が見えない。娘は見えているけれど話しかけられない。だからどうにかしてお互いに綺麗なお別れをさせてやろうと思ったんだ。だけど、不用意な一言でそれは出来なくなった。

「放火かもしれないって言われている」

 僕はそう状況を伝えた。これは嘘ではなかったし、その犯人捜しをやらないかと持ちかける予定だったのだ。そして犯人を捕らえてめでたしめでたしで藤吉は恨みを晴らし、娘は安堵してあの世へと送ってやろうとした。もし犯人が居ない火事だったとしても、娘が居るこの界隈に何度もくることで接触を計ろうとした。

 だが、駄目だった。

 藤吉は確かに動き出したが予想以上に早く、犯人を見つけた。まさか僕は本当に見つけてしまうとは思わず、また気づいた時には終わってしまっていた。彼は殺人の罪でひっ捕らえられた。瓦版に手を血で染めた男の絵が描かれていた。

 頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。

 それだけ彼は希い、また沈んでいたのだ。それに気付けなかった。

 そして僕には娘の姿が見えていた。ひっ捕らえられる父の姿を捜して彷徨う幼い少女。見えないのだとわかった。見ることは叶わないのだ。藤吉はもう手を赤く染めてしまったから、清らかな魂は汚れたものを映すことは出来なかった。

 僕はその後、少女を見ることは出来なかった。その界隈から逃げたからだ。僕の一言がなければ藤吉は一角の簪職人として腕を振るっていただろう。もしかしたら再婚してまた娘をもうけていたかもしれない。

 そう考えると恐ろしかった。

 けれど、今世で僕は見てしまった。大学の体験入学に向かった時だ。煤けた着物に、父を呼ぶいといけない声。心臓が止まるかと思った。

 そこに娘は居た。娘は僕を見つけると、少しほっとしたようにして口を開いた。自分の父を知らないか。自分はお紺というのだ。あなたはいつか助けようとしてくれた人だね。と、そう言った。確かに言った。

 恐怖と同時に僕は、チャンスだと思った。僕が生まれる前から持ってきてしまった後悔を捨てられる機会だと。だからこの大学を受験して、藤吉を捜そうと思った。

 

 大学のあった場所はあの火事の現場だった。藤吉が生まれ変わっているかはわからなかった。ただもし娘と同じように魂の存在であったなら僕が架け橋となればいいのだろうと思っていた。

 結論からいうと、彼は生まれ変わっていた。

 お紺がある人物の前で何かを必死に訴えるようになった。その人物が藤の名を持つと知って、本人だと思った。ただ問題は僕とは学部が全く違うということだった。

 おかげで余計な講義も出ることになった。彼の友人である作島とサークルが同じだったことは大変有利に働いた。たとえ幽霊部員だったとしても、作島に気付いたのが一年後であったとしても、だ。

 それから暫くは観察である。どうやって話を切り出すか、仲良くなるか、考えた。しかしあまり意味はなかった。結局はその前にお紺が周りをうろつきすぎて、彼は悪夢を見るようになってしまった。それは現代社会に生きる僕らにとっては苦痛だろう。どういうものを実際見せたかはわからないが、お紺が伝えるとしたら火事と、そして藤吉自身の生きざまだ。あれはつらい。

 僕はその殺人現場に居合わせていない。それでも見えてしまった。お紺自身は見えていなくても藤吉自身の魂がそれを覚えているだろう。恨みつらみ、哀しみ、慟哭、藤吉の心。僕のせいだと思った。

 だからこそどうにか幸せになってもらいたいと思った。藤吉だけではなくて、お紺にもしっかりと逝く道を教えてあげたかった。

 前世で彼らは不幸だった。

 今世で彼らは幸せになるべきだ。

 

 次の講義に向けて早く教室に着くと、眠りに落ちたままの彼を発見した。僕は悪夢にうなされる彼の傍に立ち、手を差し出した。



**


 食堂でカツカレーを食べる藤一郎の姿を見つけた。作島と一緒に居るようだ。

「横いい?」

 作島の隣が空いていたので訊くと、うどんをすすっていた彼が目をぱちぱちさせた後頷いた。

「吉信も昼か。次何?」

「講義はないけどゼミの課題しに図書館」

「へえ、もしかして卒論準備とか始まってんの? 大変だなあ」

 藤一郎も作島も経済学部だ。卒論はなくてもいいらしいと聞いて羨んだ覚えがある。

「さすがにまだだよ。ただ成績には反映されるからね。あんまり手を抜いてるとばれる」

「そっかあー。がんばってね」

 話が途切れたところで僕はから揚げ定食に手を伸ばす。熱々のご飯にから揚げ、幸せだ。

 かちゃんと音がして、顔を上げる。藤一郎がカツカレーを食べ終えたらしい。スプーンを置いて、口許を拭っていた。

「そういえば、あれから夢見はどう?」

 問うと、藤一郎は笑う。

「おう、もう全然見ない。何かよくわかんねえけど、あんときはサンキューな」

「え? 吉信なんかしたの?」

 実は先日ファミレスで夕飯を食べた後、会うのは一週間後だ。

「別に。何もしてないよ」

 作島が不思議そうにどんぶりから顔をのぞかせている。僕は首を横に振った。

「ほい」

 不意に藤一郎が五百三十円を差し出した。

「お。忘れてなかったか」

「馬鹿みたいに言うなよ。これくらい忘れない。こないだ結局おごってくれたんだよ。俺が小銭持ってなかったから」

 後半は作島に向けて放つ。

 作島は納得したらしい。

 それから他愛ない話を昼休み中して、解散した。

「またなー」

「おう」

 他愛ない。本当にどうでもいい話。

 二人と別れると、ホッと息を吐く。

 救われたのはお紺だけではない。僕もだ。

 藤一郎とは会えば挨拶をする、その程度だ。だけどそれでいい。僕は僕の道を真っ直ぐに歩いて行ける。もう生前に捕らわれることもない。

 藤一郎と出会えてよかった。

 お紺が待っていてくれてよかった。

 これで僕も解放された。


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