殿下の助言は波乱の予感
拙作【次男の苦労はまだ続く】の続編になります。
私の平穏は、打ち砕かれた。
他ならぬ親友(笑)――稀代の天才魔術師ハイン・デュッフェルフの“弟”からの、予想外の相談によって。
私の名は、アルベール。イルゾニア王国第一王子という王国最高峰の高貴な身分と責任をこの身に背負っている者だ。この世に生を受けてからこのかた、その肩書きに相応しい者になるべく、それなりに努力を重ね、周囲の期待に答えてきた。その実績から、畏敬の眼差しを向けられたり信頼されたりするのは良いのだが、知らぬ間に“流し目王子”などという二つ名がついていたのは計算外だった。修飾語から連想するに、まるで私が手当たり次第に誘惑しているようではないか。私の容姿が、客観的に見て整っているのは否定しない。私の母は国王の正妃となるべく磨きに磨かれた名家のご令嬢であり、そんな母に似た私の顔立ちは控え目に言って端正な部類に入る。そんな私は周りと無駄な軋轢を生まないために常々柔和な微笑を浮かべているのだが、それがどうも、異性には大層魅力的にうつるらしい。おかげで、優秀であることは認知されているものの、男受けは非常によろしくない。しかし、仮にも私は王子である。しかも、次期国王に見合う実力を備えている。それゆえ、面と向かって私に文句をつける者はいなかった。
――あいつに会うまでは。
ハイン・デュッフェルフ。
イルゾニアきっての大貴族であるデュッフェルフ公爵家の長男、私に匹敵する美貌、間違いなく歴史に残るであろう魔術の才、なおかつ剣にも秀でている、恵まれた境遇でありながら、致命的なほど常識の欠けた男。
彼と私が出会ったのは、王城の蔵書館だ。私が15歳、彼が17歳のときである。
どうやら当時、麗しの王子である私を一目見ようと、私が蔵書館へ通う度、少なくない人数の女性たちが押し寄せていたらしい。それをあいつは端的に、
「あなたがいらっしゃると蔵書館が無駄に埋まります。邪魔ですから、何とかしてください」
と進言してきたのだ。かえすがえすも、初対面かつ王族に対する発言ではない。現に付き従っていた私の護衛は、彼が言い切る前に剣の柄に手をかけた。私は護衛を制しつつ、物怖じのもの字も見えない真顔の彼を面白く思い、ついからかい交じりに魔術で何とかしてはどうかと提案した。すると、彼――ハインは、事も無げにこう答えた。
「魔術は決められた場所以外の使用が、緊急時を除いて認められていません。もし魔術が使えましたら、わざわざ殿下に頼みません。自分で何とかいたします」
何とかって、どう何とかするんだ。別段得意気でもなく、ただ淡々と言い切るハインに、興味が沸いた。
「ならば、私は蔵書館に足を運ぶのをやめよう。その代わり、お前が蔵書館から私の所望する本を持ってこい」
かくして、私とハインの交流が始まった。長いような短いような付き合いの中で、ハインが宮廷魔術師となるさい、実力は申し分無いにも関わらず、案の定人間関係でややこしくなっていたところを、陰から調整してやったこともある。
まあそれはさておき、冒頭の話である。
今私は、王宮の私室にてハイン・デュッフェルフの弟、リオン・デュッフェルフと面会していた。派手すぎない程度に豪奢なテーブルを挟んで、私の向かいにリオンが座り、それぞれの背後には従者が控えている。
王子は暇ではない。むしろ、公務や行事が立て込んでおり、下手な文官武官より忙しい。しかし、幼少と言えど相手は大貴族デュッフェルフの次期当主。多忙にかまけて無下に扱い、無用な軋轢を生むなどもっての他だ。それに何より、こいつはあの唯我独尊を絵にかいたような男を兄に持ち、その反動か齢10にしては所作に卒のない子供であるにも関わらず、今回は約束も無しに私にどうしても会いたいという。諸々を踏まえ、私は大貴族デュッフェルフに恩を売れると読んで休憩がてら、こいつの話に付き合ってやることにした。
私は宮中の女性の目を惹き付けてやまない、と賞賛半分やっかみ半分で形容される優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
「それで、話はハインについてだったか」
「はい。殿下は、兄の意中の相手をご存知でしょうか」
「無論だ」
あの朴念仁、もとい魔術馬鹿すぎて人間味皆無な男がまさか他人に懸想するとは、世界の広さを実感したものである。その噂を耳にした当初、話を持ってきた部下につい「休暇をやる、病院に行け」と気遣いの無駄遣いをしてしまった。
「確か、マディスタ男爵のご令嬢で、名前はシェラだったか」
私の言葉に奴の弟――リオン・デュッフェルフは頷くと、唇を噛んだ。
「まさか彼女が重度の少年趣味とは……予め知っていれば、まかり間違っても近くで様子を見ようとはしなかったでしょうに」
このリオン一生の不覚、女性間の情報統制恐るべし、と項垂れる10歳児をよそに、私は紅茶を飲んだ。リオン・デュッフェルフといえば、あのキテレツな兄ばかり目立って印象は霞むが、齢10で既に次期デュッフェルフ公爵として海千山千の貴族どもを相手どる油断ならない相手と記憶していた。彼が年相応に弱気になっている姿なぞ、始めてみる。まあ、これが芝居である可能性も捨てきれないのが、リオン・デュッフェルフのうすら寒い一面だが。
「まあ起きてしまったのは仕方ない。お前もデュッフェルフ家も、彼女を諦める気は更々無いのだろう?」
「当然です」
私の言葉に顔を上げたリオンは、しかし情けなくも眉を八の字にする。
「何だ、お前のことだ、彼女の特殊なせ……趣味に自分が該当しているなら迷わず武器として使い、兄の恋路を成就させんと奔走するんじゃないのか」
私の指摘に、リオンは押し黙った。その間を奇妙に思い私が名を呼ぶと、リオンは堰を切ったように語りだした。
「しました、しましたとも!私がシェラ嬢に近付くのを良しとしない兄上を何とか言い含めてシェラ嬢とお茶会する場を設け、猫を二百枚ほど被って本来の10歳児ほどの情緒を演出し、“兄がいかに優れていて男として頼りになるか”や“シェラ嬢とお似合いか”、果ては“シェラ嬢が本当のお姉様にならないか”などを非常に愛くるしくふき込んだと言うのに!」
「……」
「シェラ嬢ときたら、“お姉様と呼んで良いか”については興奮気味に許可をくださったのに、他のことについては全て“リオン君はお兄さんのこと、本当に好きなんだねえ”と流されてしまいました」
「……」
「しかもお茶会の間中、ずっと僕を膝の上にのせて頭を撫でてくるものですから、後から兄の嫉妬にかられた視線を送られて」
「つまりは、シェラ嬢はハインに一切興味をもってないのだな」
私の止めの一言に、リオンはぱったりとテーブルに突っ伏した。その哀れな姿に、後ろに控えた護衛が耳打ちする。
「殿下、流石にこの仕打ちは、……角が立つかと」
「心外だな……これだけ叩きのめしておいて、私が全く助言をしない無能だとでも?」
前半を護衛に、後半をリオンに聞こえるように言えば、リオンが勢いよく上半身を起こす。そのキラキラしたもとい貪欲に解決策を求める瞳に生気が宿っているのをみて、にやりと笑う。
「簡単な話だ、ハインが少年になればいい」
私の発言にいまいち理解が及ばなかったらしく、リオンは首をかしげる。
「兄上が少年に、ですか?」
「そうだ、お前の兄は国有数の魔術師だ。自分の幼い頃の姿になるくらい、造作もないことだろう」
その状態でシェラ嬢とふれあえば、シェラ嬢に興味をもってもらえ、かつハインも構ってもらえて大団円、というわけだ。
「さすが殿下、あの兄上の学友でいらっしゃる」
「……それは褒めているととるべきか?」
何にせよ、目下の問題が片付きそうで、リオンは上機嫌で私の前を辞した。
数日後。
幼い頃の容姿をとったハインは、目論見通りシェラ嬢に構って貰えたようだが、可愛がりかたは思っていたのと違って少年をひたすら甘やかすものだったらしく、当然男女としての仲は一歩足りとも進展せず。
「……まあ、だろうな」
「……だろうな、じゃないですよ!!」
王宮の一角で、リオンの悲痛な叫びが響いた。




