347話 決着の時でございます!
「はぁ……はぁ……」
魔王が膝をついた。
私から賢者の石を取り出すことに失敗してからというもの、行う攻撃は全て誰かから透かされ、逆にガーベラさんの攻撃は直撃するという一方的な展開になっていっていた。
多対一の戦いだからか、それとも戦闘のプロフェッショナル達が魔王の攻撃の癖に慣れてきたからか、あるいは両方。
とにかく時間が経つにつれ元々最初から有利だった私達の戦況はほぼ覆されることなくますます有利になっていき、こうして魔王を疲労困憊させるところまでたどり着いた。
ガーベラさんの攻撃を何発受けても死に至らない魔王を名乗るにふさわしい私並みの頑丈さも、ここまで来れば意味はない。
誰の目にも明らかだった。あとは魔王のトドメを刺すだけだと。そして私とロモンちゃんはそのトドメを手伝う準備が万全に整っている。
「小癪、小癪ッ……! かくなる上はもう一度……!」
魔王の身体が光に包まれると、徐々に巨大化してゆき、ドラゴンの姿に戻った。
とはいえ、この状況でマトを広げるだけの魔物化がかなりの悪手なことは理解しているはず。となると考えられることはひとつ。悪足掻きだ。巨体を生かして暴れるだけ暴れ、あわよくば相討ちを狙う。おそらくそれに切り替えてきた。
【まさか勇者が仲間を引き連れてきた程度でここまで苦戦する羽目になるとは思ってもみなかった、が! やはりそれが仇となる。暴れるだけ暴れ、絶望の竜の名に恥じぬほどの最高の絶望を貴様らに残してやろう。この中の誰でも、誰でもいい……死ぬがよい!】
魔王の全身をドス黒く膨大な闇魔法の塊が覆っていく。そして、今にも走り出しそうな態勢を取った。突撃するつもりだ。
物理攻撃はおじいさんとクロさんの魔法でほぼ無意味にできることを忘れているのか、それとも何か策があるのか。
いや、そんなことはもういい。
魔王が賢者の石を諦めてから私とロモンちゃんで準備してきた大技を発動するなら今しかない。それさえ成功すれば、この戦いは終わる。
【よし、アイリスちゃん! やっちゃおう!】
【ええ!】
私とロモンちゃん。
今こそ、運命的な出会いをした私達の連携プレーを魅せる時。
【それじゃあ行ってくる】
ロモンちゃんが私の意識の中から居なくなった。向かった先は魔王の中。
最強の魔物使いであるおじいさんと同じ、他人や契約していない魔物に強制的に乗り移る魔人融体の応用技。ロモンちゃんはそれを最強の魔物である魔王に対して実行した。
【……ぬ、ぬぅ!? な、なんだ!? これはなんだ!?】
突撃の構えを取っていた魔王が動きを止め、戸惑いだした。どうやら成功したみたいだ。……魔王の身体をのっとるなんて、確実にあの子は伝説に残るわね。さすがは私の魔物使い。
「ほほう、ロモン……やりおったか」
【だ、大丈夫なのかゾ? 魔王なんかに取り憑いて。変な病気とかもらってこないかゾ?】
「まあ、大丈夫じゃろう。確実にワシを超え得る、ワシの孫じゃしな」
大天才のロモンちゃんとはいえ、今はまだ発展途上。魔王の動きを止められるのは10秒くらいが限界。でもそれで十分。
私はこの戦闘において再び全身から生やせるだけ魔力の腕をはやし、腕を分解して魔法を撃つ準備を完了させた。
私の攻撃が通用しないなら、おじいさんの魔法のように形が残るものを扱えばいい。そうすれば拘束することができる。
対魔王軍幹部において、光魔法と回復魔法に次いで使用してきたこの魔法。闇氷魔法を。
【リスシャドヒョウラム……!】
私持ち得る全ての魔法を撃てる媒体から、紫がかった水色の魔法陣が大量に、連続で出現する。
まず、右足を凍てつかせた。次に左足。両腕、首元。
やがてドラゴンの鳩尾にあたる部分以外、全てを紫色の氷が魔王を覆った。分厚く堅牢に。SSランクの最上位種だったとしてもおいそれとと抜け出すことは不可能。ましてや疲労している現状ならなおさら。
「ふぅ……」
【おかえりなさい、大丈夫でしたか?】
魔王の身動きが完全に取れなくなったのと同時に、ロモンちゃんが自分の体の中に戻ってきた。
「魔王と言っても魔物は魔物だからね、ケルが心配していたみたいに変な病気とかはなかったよ! 私、まだおじいちゃんみたいに精神まで支配することは無理だし」
【なら良かったゾ】
【思ったより安全だったんですね】
しかし、魔王を魔物の一端だと言い切るなんて、だんだんおじいちゃん化してきているわね。この子も将来はあんな飄々とした感じになるのかしら。
【うっ……動けぬ! 闇氷魔法か!】
「さて、そろそろ決着をつけよう。魔王」
ここまでの流れが全て分かっていたかのように、ガーベラさんは槍を深く、深く構える。目線の先、狙いは私がわざと残した鳩尾。
ガーベラさんの持つ槍の先端が絢爛に光り始めた。
「みんなのおかげでここまで来た。次の一撃が、本当の最後だ」
【……くっ!】
「この鎧に貯め続けた魔力を、今度こそ、全て解放する」
ガーベラさんは王様より魔力を溜められる鎧を譲ってもらってから、今日までずっと魔力を蓄積してきていた。
それがどれほどの量になるかはわからない。ただ一つわかることは、今から見られるのは確実に私が知る限り最高で最強の一撃になるということ。
「ファイナル・レイ」
おそらくこれはガーベラさんの言っていた、私との模擬試合では使わなかった私を殺しうる技2つのうち、もう一つの方。
莫大な魔力を内包した槍。それが鋭く強大な光の線と共に投擲された。眩い閃光と爆音と共に、瞬く間に私の用意した隙間から魔王の腹を貫いた。
「ぐ……ぐぐ……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
この地下空間に断末魔が響く。
私の闇氷魔法は粉々に砕け、魔王の腹には大きな穴が開いており、上半身と下半身は少しの肉と皮だけで繋がっているような状態となっている。魔王は叫び終えると、そのまま前に倒れ込んだ。
【これで終わったのかゾ? ……オイラ、早く帰ってお昼寝したいゾ】
「いいや、まだだ」
しばしの静寂。それを破ったケルくんののんびりとした一言に、ナイトさんが鋭く答えた。事実、まだ魔王の反応は探知から消えていない。
ナイトさんは剣を構えを解かず、そのまま話を続けた。
「……なぜ先代の勇者である僕が、コイツにトドメをささず封印という選択肢をとったかわかるかな、みんな」
「ほっほっほ! それはじゃな……!」
「ジーゼフはだめ。昔に答えを教えちゃってるし」
「いけずじゃのぉ」
ナイトさんの真面目さに対しておじいさんの落ち着き払ったいつもの態度が目立つ。真剣な面持ちになった方がいいのか、それともおじいさんに習って緊張を解いていいのか迷うところ。まあ、今の私はどっちみちゴーレムだから表情は変えられないけれど。
そんな雰囲気の中、ロモンちゃんがナイトさんの問いに答えた。
「……ほぼ不死身、だからだね?」
「そう、その通りだロモンちゃん。もしかして教えてもらってた?」
「ううん、極至種のアイリスちゃんが不死身みたいな身体してるし、魔王種である魔王も同じような力を持ってるのかなーって。なんとなくだけど」
「大正解だ。だから僕はコイツと2回も戦う羽目になった。大昔に、回復する期間と機会を与えてしまったんだ」
ナイトさんは手短に昔あったことを教えてくれた。
最初に魔王を倒した(と思い込んだ)あと、当時住んでいた場所に戻って魔王軍幹部や魔王自身について書に認めている間に、実際は倒し切れていなかったこの魔王の復活を許してしまった。
この魔王の魔物・アイテム操作に続く二つ目の能力、それは生き物の絶望を自身や仲間の治癒力に変えるというもの。
だから魔王軍幹部は復活してすぐに人間から絶望を集めていた……ということのようだ。
そして今現在も、この世界のどこかで何らかの生き物は確実に絶望感を抱いている。それが治癒力に変わり、こうして倒したはずの魔王も生きながらえているのだという。
「じゃあどうするの? また封印?」
「そうなるのぉ」
【……ふ、ふは、ふははは……その通りだ……人間共】
魔王から細々とした掠れたような念話が送られてきた。
ナイトさんは手元に槍を呼び戻し、再び構える。
【今日のところは……我の負けだ。しかし数百年後! 再び今回と同じように絶望を蓄え復活するとしよう。史上初の、三度降臨した魔王として人間に更なる絶望を……この我が……。そしてやがて、この世界を完全に我が手に……】
「ほっほっほ! すまんが、それは無理じゃな。対策しとらん訳がなかろうて」
おじいさんは満足げに口を開いた。そして懐から一冊の見たことないデザインをした封書を取り出す。その封書を持ちながらゆっくりと、横たわっている魔王のもとに近づいていった。
「お、おじいちゃん危ないよ!?」
「そうだよ、もう動けないとはいえ……」
「いやいや、大丈夫じゃよ。そもそもワシはこのために今までナイトと付き合いを続け、こうして勇者に全面協力しておったんじゃ。やっと本来の見せ場が来たといったところかの」
【貴様……何をする気だ……?】
ついに魔王の目の前におじいさんが立った。それとほぼ同時に、ガーベラさんが口元を緩ませつつ構えていた槍をしまう。つまりこのままおじいさんに任せて大丈夫ってことかしら。
「何って……封印じゃよ。まあ普通の封印じゃないがな」
おじいさんは魔王の体の一部に封書を押しつけた。
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ちょっと遅れましたが、なんとか投稿できました!
次の投稿は9/7の予定です。
最終話間近ですね!
※9/8追記
すいません、書くのを忘れてました。
おそらく次話は来週になると思います。




