240話 移動中の馬車の中でございます! 2
「突然二人きりになったとしても、することがないですね……」
「うん」
ケル君に変に空気を読まれ、ロマンちゃんとリンネちゃんをお昼寝に連れて行ってからもう10分。お互いの顔も見ないまま過ぎてしまっていた。
探知をして見る限り、二人と一匹はベッドにちゃんと横たわって眠っている。
「手でも繋いで見ます?」
「そうしてみようか」
デートとして出歩いてる時には割とすんなり握れたけれど、その手を握るという行為に意識を集中させると難しい。私からは中々手が出せないでいたけど、ガーベラさんの方から握ってきてくれた。
「……て、手を握ってるだけっていうのもアレだね」
「そうですね。別なことしますか。う、腕とか組んでみましょうか」
あ、まって。腕を組んで見るのは失敗だったかもしれない。私からやることだから……恥ずかしくて中々実行できないかもしれないことを考慮できなかった。
すでに何回か腕なんて組んでるのに未だ恥ずかしいだなんて、それ自体恥ずかしいんだけれど。
でも、それでもなんとか勇気を出して私はガーベラさんに腕を組んでみた。彼氏彼女間の腕組みなんて、女性側が抱きつきにきてるようなものだと思う。
体が硬い。やっぱり普段から鍛えてるのよね。
そのうちお姫様抱っことかされたり。
…………。
「しばらくこのままでもいいですか?」
「も、もちろん……!」
いつも通り、お互いに赤面してる。
さて、この抱きつき方だとガーベラさんには私の胸が当てられるわけだ。当然、私は当てられるだけの胸はあるから、意図してなくても勝手に押し付けている形になると思う。そのことについてはなんて思ってくれてるんだろう。気になるけど聞けるわけがない。
「アイリス」
「は、はい?」
「撫でてもいいかな頭」
「ご、ご自由にどうぞ……」
ガーベラさんの大きな手が私の髪を撫で回す。そろそろ癖になりそう。
「もっと……」
「もっと、だね。わかった」
「え、私そんなこと言ってました?」
「言ってたよ?」
心の中で考えていたつもりが、まさか言葉に出てるだなんて。恥ずかしい……!
ガーベラさんはガーベラさんで、ぎこちなくなりつつももっとよく私の頭をヨシヨシしてくれる。
「相変わらずツヤツヤで綺麗な髪だね」
「ありがとうございます」
「伸ばしたりとか考えないの?」
「どうでしょう? でも私はこの髪型が好きなので」
「そうか、たしかに今が一番似合うかもね」
なんて付き合ってる男女っぽい会話! 嬉しいけど、何に対しても本当にそろそろ慣らしていかなきゃだめね。
お互いに恥ずかしがってるんじゃキリがないし。
◆◆◆
アイリスが可愛い。
昔から……付き合う前からでも普段からとても可愛かった。しかし彼女にして甘えてくるとこんなに……。
いや、俺は何度同じ思い返しをしているんだろう。だんだんとこれを当たり前にしていかなきゃダメなんだ。
いつになったら……き、キスとか、できるんだろうなぁ。
正直このままじゃ、お互いに照れ過ぎて結婚して子供を作れるかどうかも怪しい。
抱きつかれた時なんて、思わず胸を意識した結果、一瞬意識が飛んでしまったんだから。すぐに頭を撫でることによってなんとか脳から胸に関する思いごとは引き剥がせたけど。
これももう何時間前のことだろうか。
すでに双子は寝夜だから普通に寝ていて、アイリスはついさっき脱衣所から備え付けの簡易シャワーを浴び始めた。
【ヘタレだね】
「そうなんだよなぁ……自分でもわかってるんだけど……ん??」
ケル……あの双子の姉妹のもう一匹の仲魔。
この子が四足歩行でこちらにトテトテと歩いてきて、ぶしつけにそう言ってきた。
【オイラとガーベラは会うのは久しぶりだゾ?】
「ああ、そうだね」
【久しぶりに会う相手にこんなこと言うのも何かと思うけど、やっぱりヘタレなんだゾ】
「えぇ……?」
な、何をもってこの子はそう言っているんだ。そう思っていたらケルはソファに登り、座っている俺の膝の上に乗っかってきた。
こうして間近で見ると毛並みが綺麗で模様が珍しいただの仔犬だ。思わず撫でたくなってくる。
いや、それよりヘタレと言ってくる理由を聞きたい。昼寝をしていて俺のヘタレ具合は見てなかったはずだ。
「どうしてヘタレなんて……」
【実は二人が寝た後、オイラ、ずっとみてたんゾ。お互い探知でも勘でも気がつかないくらい、お互いに集中してたんだゾ】
「そ、そうなのか……!」
【オイラ普段から眠りすぎて、寝るタイミングも起きるタイミングも自由自在なんだゾ。まあまあよくも抱きつかれたまま、3時間も硬直していられたんだゾ】
な、何という……。アイリスは普段本を読ませてやっていると言っていたが……これは。
前に会った時から子供らしさが無くなってきているじゃないか。
「い、いいだろ別に……へ、ヘタレかもしれないけどこのまま慣らしていくんだ」
【まあ、それは人それぞれだからいいんだゾ。オイラは人間じゃないし、人間の恋愛感情なんて詳しくはわからないゾ。そういえば人は無駄が好きだよね?】
「えっ?」
ケルは、今アイリスが体を洗っている部屋の場所を見ながらそう言ってきた。
【アイリスはお風呂に入ってる間、それに集中するゾ。今は探知とかも切ってるはず。犬の魔物のオイラには裸の良さってのがわからないけれど、ガーベラ、覗くなら今なんだゾ。ロモンとリンネも寝てるし。人間目線からしたらかなりスタイルいいと思うゾ?】
「そ、そんなことしないよ! アイリスはそういうこと嫌いなんだ。バレでもしたら嫌われる」
【今の焚き付けで簡単に覗いてる男だったら思いっきり噛み付いてたゾ】
「そ、そうなんだ……」
【そうだゾ。アイリスだってオイラの家族なんだから】
そうだ、そうだよな。犬だからって甘い考えをしていたけれど、この子はこんなに頭もいいし……。それにここまで頭が良くなる前でさえ、命を張ってグラブアという圧倒的格上に挑んでたんだ。アイリスを助けるために。
「そうだよなぁ」
【まあ、だからアイリスと付き合っているのがガーベラでよかった……とだけ。ほんとはこれを伝えたかったんだゾ。なにか変なことするんじゃないかと監視するつもりが、ヘタレすぎてそっちの意味で口出すとは思わなかったケド】
「ご、ごめん」
【謝られても、オイラは犬だし? 恋愛もしたことないからこれ以上何も言えないけどね】
ケルは犬らしく俺の体に頬を擦り付けながら真面目な顔でそう言った。なんと末恐ろしい子だろう。
確かまだ1歳だったはずだ……下手な大人よりすでに賢い。アイリスがよくこの子の天才っぷりを話題に出すわけだ。
【あ、そうだ。ところでガーベラ!】
「な、なに?」
【ドーナツは好きかゾ?】
ど、ドーナツ?
なんでそんなものが好きかどうか聞くんだろう。たしかにこの世界では見かけないけど、前は普通に食べてた記憶がしっかりある。
「まあ、それなりに?」
【ふーむ……なるほゾ】
「どうかした?」
【いや……なんでもないゾ。ちょっと話したいことができたから、クエストが終わった帰りのこの時間、またオイラとガーベラで話すんだゾ。たぶんそろそろアイリスがお風呂から上がってくるし……オイラも眠いし】
「わ、わかった……お休み?」
【おやすみゾー】
トテトテと、再びあの双子の寝室へと戻っていった。
あの子が俺に言いたいことってなんだろう、すごく気になる。
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