151話 蟹男と森へ、でございます。
路地裏を出たらまず、グラブアは私が逃げないように腕を組んできた。それもわざわざ私が彼女であるかとわまりに見せつけるように。
「うん、これが最後の君との散歩だね。それにしてもやっぱり身長少し低くなった?」
「……気のせいではないですか?」
なんて馬鹿力してるのか。組まれてる腕が粉々になってしまいそう。
それにしても服も変わってるんだけどな…私のこと純正の人間だって、先入観で完全に思い込んでるのね。
一度思い込んだらなかなかその考えが抜けないのは仕方ない。まあ、男性と比べたら身長が伸びにくい女である私が18歳の姿と14歳の姿で十数センチしか変わらないのは確かだけど。
「まるで彼氏と彼女だね」
「………そうですね」
「君からしたら、あのガーベラとかいうタイプの男が本当は良いんだろうけれど、ごめんね、人生最後の人が俺で」
「…………」
さっきからおちょくるように、謝ってきては皮肉を言う。はっきり言ってしまうとウザい。
「おい? アイリスちゃんじゃないか」
突如、私達の前に大男が現れた…と言うより、ギルドマスターとばったり出くわした。買い物帰りなのか、手には紙袋と酒瓶2本を吊るした縄が握られている。
「おお!? アイリスちゃん、彼氏かい?」
「アイリスちゃんのお知り合いですか? お初にお目にかかります。グラブアと申します」
紳士を繕って深々とお辞儀をするグラブア。ギルドマスターは自分の茶色いヒゲを撫でながら私を見つめた。
「へぇ…好青年じゃないか。でもアイリスちゃんとお付き合いしたいってやつぁ、たくさん居たんだがな。あいつら今日は泣き寝入りするぞ」
「あははは、アイリスちゃんは美人でなんでもできますからね。わかります」
「おう、その通りだ」
普通の私だったら照れてるところだけど、今はそんな余裕がない。私は軽く会釈だけするの。
「俺達は今から少々行くところがあるので、これで」
「ああ、引き止めて悪かったな。アイリスちゃんとグラブアとやら」
私とグラブアは再び歩き出すの。
…なんならギルドマスターに頼んでAランク以上の強い冒険者もたくさん呼んでもらった方が良かったかしら。
いえ、それはまたそれで、被害が拡大しそうな…。
【アイリスちゃん、その男は彼氏なんかじゃないんだろ? 俺だってたくさんの人間を見てきたからな。順当なお付き合いをしてるかどうかは一目でわかる】
ギルドマスターと別れて3分ほど経ったあと、なんと彼から念話が入ってきた。私は思わず顔を上げ、辺りを見回す。
【あー、探知しない限り見つからないぜ。それよりそいつは何者なんだ? とてつもない力を感じるが】
どうしよう。ここは正直に話すべきなのかな?
「アイリスちゃん、どうしたんだい? 今更怖気付いたのかい?」
「………怖いのは…そのままです」
【やばいやつなら、今すぐ助けるぜ。俺だって元はSランクの冒険者なのだから】
ギルドマスターは念話を続けてくる。
私はそれに答えた。
【今、私を助けないでください。こいつに暴れられたら街が大変なことになります】
【……どういうことだ? まさかだとは思うが】
【そのまさかが当たってるかどうかはわかりませんが、彼は半魔半人です】
グラブアが私を腕ごと引きずるようにスタスタと歩き続ける中、私はギルドマスターに話をし続けるの。
【……極至種のアイリスちゃんがヤバイって言うんだから、相当ヤバイんだろうな、そいつ。ランクと魔物の名前、階級はなんだ?】
【ランクSの超越種上位で、グランルイングラブという蟹の魔物最強と謳われてるらしい存在です】
【んだそりゃ…SSランク一歩手前じゃねーか!? そんなやつがなんでこんなところに】
そうよ、私だってなんでグラブアがこの国の中に居たか聞きたいくらいよ。
【……私を標的にして追ってきたみたいなんです。この前に仕事をした港町から】
【ストーカーってやつか。……わかった、今すぐ腕に覚えのある冒険者を方々のギルドから集めまくってきてやる。無論、AランクからSランクだけな】
AランクとSランクの冒険者を、あのギルドだけでなく他のところからも集めてきてくれる…?
これはもしかしたら逆に被害を最小に教えられるかもしれない。なんなら私も居ることだし、回復させてあげられるし。
【お願いできますか! ……今、ロモンちゃんとリンネちゃんが城にいるお母さん達に助力を求めに行ってますので…!】
【わかった。しかし、街の外と言ってもどこに誘き出すんだ?】
【東出口からまっすぐ行った森の中です。私がしばらく足止めします】
【アイリスちゃん一人でか!? …できるか?】
改めてそう問われると、なんだか怪しいような気がしてきた。いや、でも私がやらなきゃいけない。
ロモンちゃんとリンネちゃんがお母さん達を連れ出すのにも、ギルドマスターが方々のギルドから冒険者を集めるのも時間がかかるだろうから。
【やらなければなりません】
【……そうか。覚悟を決めてるんだな。だが自分がゴーレムだからって過信するなよ? アイリスちゃんは魔物である前に人間だ】
【…….はいっ】
なんだか勇気が湧いてきた。ギルドマスターだから人を励ますのも上手いのかもしれない。
……私は同じ半魔半人であるグラブアに多くの屈辱を味合わされた。ふふ、サナトスファビドと同じように、血を抜いて冷凍保存の刑にしてやるわ。
【では、行ってまいります】
【ああ、気をつけろ。俺も急ぐから】
そう言うとギルドマスターは念話を切った。
私はグラブアと顔を合わせるの。
「ん、どうしたんだいアイリスちゃん。腕の感覚でもなくなったかな?」
「いえ、その…もう少しで犯され、殺されると思うと怖くなってきてしまいまして」
「まあ、それが普通の感情だよ」
ついに私とグラブアは東出口まで着いた。
街の外に出るのは、指名手配をかけられて居ない限り自由。監視の兵隊さん達には止められることなく、私達はそのまま真っ直ぐ進んだの。
そうして、森の中に着いた。
「さ…てと。最後に元気なままのアイリスちゃんの声を聞こうかな。まあ行為に及ぶ前に必ず訊くことにしてるんだけどね。気分はどう? 今から犯されるよ? そのあとたくさん虐めてから殺すけど泣かないでね?」
グラブアは蟹の黒い目を爛々と輝かせてニヤリと笑った。私はなんて答えるべきか。
なんなら、保険をかけておこう。
「……もし、もし私で満足したなら、誰にも手を出さずに街を去ってくれますか?」
「えっ……生娘のアイリスちゃんが俺を満足させられるの? いや、生娘だから満足させられるのかな? まあ考えとくよ。…たくさん泣き喚いて、たくさん痛がってくれればその通りにするかもね」
舌なめずりをしながら、背中から脚を生やし近づいてくる。あの脚はきっと、私の天使の輪っかと同じように出し入れが可能なもの。
「さ、楽しもうじゃないか」
グラブアが私に手を掛けようとしてくる。
とっさに私は後ろに跳ね飛んだ。それなりの距離が空く。
「俺を満足させるんじゃなかったの?」
「それは仮に私がやられてしまった場合です」
「ああ…まだ抵抗するつもりなんだね。1回負けてる上に俺の正体もわかってるくせに。みんなのために、かな? ……やっぱりアイリスちゃん好きだなぁ。そういうところが可愛くてたまらないよ」
まだ、まだ余裕をぶっこいてるのね。
でもその表情はすぐに変わるはず。
弱点もわかってる。私の魔法が有効なことも。
「じゃ、次は逃げないでね。犯すから」
そして何より__________
【できるものならやってみなさい。ゴーレムを犯せるならね】
ほとんど、不死身に近いから。
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