犠牲は一人でいい
翌日。
どうやら隣の婆さんは本当にカジノの町に行くようで、朝から慌しく馬車で出て行ったらしい。
俺の方に来なければどうでも良いんだが。
実は昨日の夜も来てたそうだが、さすがに宿屋の主人が追い返したそうだ。
町を出て昼を過ぎた頃、モリタ君が話しかけてきた。
「すみません。次の町で武具屋に行きたいんですけど」
「ん? ああ、良いけど。何で?」
「帰ったらすぐにダンジョンに行きたいんですよ。
でも、今持っている武具じゃダメだと思うんで、新しいのを買いたいんです」
「王都で買うのはダメなの?」
「王都では自分の事が知られすぎてまして……。多分売ってもらえません」
「次の町なら買えるの?」
「こだわりのある武具屋があるそうで。納得すれば犯罪者にでも売るといううわさです」
「それはダメだろ……」
そういう店なら売ってくれるかもしれないけど、大丈夫なのかね?
まぁ、どうしても手に入らないなら、俺が買って渡すって方法もあるからいいか。
少しスピードを上げてもらい、夕方前には町に到着した。
うわさの武具屋だが、門番に聞くとすぐに判明した。
なんと、町の中に住んでないそうだ!
町から100mくらい離れた所にポツンと見える小屋がそれらしい。
道は無く草むらを歩いていくしか方法が無い。
なので、先に町に入り、宿を取ってから歩いていく事になった。
この辺りまで来るとモリタ君の顔を知っている者が出てくるらしいので、フードをかぶって顔を隠しての移動だ。
俺のフードにはずっとチョロが入ってるので、被れるのは少しうらやましい。
ちなみにヒヨは、フード内を卒業して、一緒に歩くか馬車の中か上。
本人曰く「もう子供じゃないにゃ!」との事だが、まだ猫のサイズだ。
すぐ女性陣に捕まって撫ぜられている。
それを嫌がらない点もまだ子供だと思う。
草むらを歩いてようやく武具屋に到着。
扉が閉まってるのでノックをすると「勝手に入れ!」と声がした。
中に入ると、背の低いヒゲモジャのオッサンが居た!
これが異世界定番のドワーフか?!
って興奮したけど、そういうのが居るって聞いてないし違うんだろう。
ヒゲモジャなのは、ただ単に身だしなみに気を使ってないだけだな。
だって、着てる服とか汚いもん。ボロボロだし。
「何の用だ?」
「武具を買いに来ました」
「あぁん?! 誰が使うんだ?!」
「自分です」
モリタ君が頑張って交渉している。
俺は店内を見回すが、展示されてる武具はそんなに良い物には見えない。
俺に審美眼が無いだけかと思ったが、カンダさん達もそう思ったのか顔をしかめている。
本当にここで買うのか?
だが、モリタ君が必死に交渉してるので、水は差さないようにしよう。
「ダメだな。お前にゃあ売れないね!」
「そんな!!」
おや、交渉決裂か。
良いんじゃない? ここで買わなくても。
いざとなれば、俺がタルーンさんの所で買ってくるよ。
「売らないって言うんだから、しょうがないよ。帰ろうか」
「ん?! お前!! ちょっと待て!!」
諦めきれないモリタ君に近づき連れ出そうとしたら、ドワーフ紛いのオッサンに止められた。
言いにくいな「ドワーフ紛いのオッサン」って。ドッサンでいいや。
「何ですか? もう帰るんですけど」
「お前のその剣を見せろ!」
どうした突然に。
今は一応外なので、腰には2本とも差してるけどさ。
偉そうなドッサンの言う事なんか聞く訳ないじゃん。
「見せませんよ?」
「見せろ!! 見せれば武具を売ってやっても良いぞ!!」
「何で偉そうなのか知りませんがね? 別にここで買わなくても良いんで見せませんよ」
「スマン!! 見せてくれ!! いや、見せてください!!」
なんだよこの変わりようは。土下座しだしたよ!
モリタ君を見ると、お願いしますって顔してるし……。
しょうがないのでミスリルのレイピアを鞘から抜いてやった。
「こ・これは……見事な造りだ……」
「そうですか。では売ってあげてください」
「それを売ってくれ!!」
「はぁ? バカですか? 売る訳ないでしょ?」
「もう一本持ってるじゃないか! 1本あれば良いだろ? ん? その剣は……?!」
「ドラゴンの牙で作ったドラゴンバスターですよ」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ドラゴンバスター!!!! 売ってくれ!!」
「いや、売らないって」
「頼むー頼むー売ってくれーーーー!!」
オッサンにしがみ付かれても嬉しくない!
って言うか気持ち悪い! それに風呂に入ってないのか臭い!!
さすがに見かねたのか、カンダさんが引き剥がしてくれた。
その時にカンダさんも剣を見られ、しがみ付かれてたが。
女性陣は皆ドラゴンブレイクを後ろに隠したまま、バックで小屋を出ていった。
俺もモリタ君を捕まえ、急いで小屋を脱出!
武具フェチ怖~い。ドッサンだから、余計に嫌だわ。
ありがとう、カンダさん。貴方の犠牲は無駄にしない……。
町の入り口まで戻ったら、カンダさんが走って戻ってきた。




