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クリスティーヌの憂鬱

 クリスティーヌは窓から外を眺めると、小さくため息をついた。

 外に見えるのは、広大な大地。季節は春。青々とした麦畑がどこまでも広がっている。そこで、何人もの小作農が作業している姿が見えた。


 クリスティーヌの家は、ゴネスの外れの地主である。代々、川の近くに広大な土地を所有し、多くの小作農を抱えるため、裕福な暮らしを営んできた。

 その証拠に、クリスティーヌは庶民のものとは思えない広さの家に住み、食卓には毎日何種類もの副菜が並んだ。


 恵まれた暮らしをさせてもらっているのは分かっている。しかしながら、クリスティーヌには不満があった。


 毎日、家庭教師が来てくれて、機織りだの刺繍だの、嫁入りに役立ちそうなものを教えてもらえる。

 幼い頃から続けている楽器の腕前はいつも褒めてもらえるし、15歳になれば、きっと多くの縁談が運ばれてくるだろう。その中から最も良い人を選んで結婚し、似たような生活を送り、平和な一生を終えるのだろう。


 けれど、それはクリスティーヌの望むことではなかった。

 なんと言えば良いのか。そう、この安定感が嫌なのだ。贅沢なのは分かっている、それでももっと色々なものを見て暮らしたい。

 それがクリスティーヌの希望だった。


 せめて、王都シャンボールに留学出来れば良いのだけれど。

 そう思って、父にかけ合ったこともあったが、クリスティーヌの希望はすぐさま却下された。


「そうは言うけれど、クリスティーヌ。女にとって大事なのは、学問ではない。父さんは君に苦労してほしくないんだ、分かっておくれ。それに、クリスティーヌを王都にやったら、父さんは心配で、夜も眠れなくなってしまう。王都には今度、遊びに連れて行ってあげるから、それで満足しておくれ」


 そう言われてしまうと、クリスティーヌはもう何も言い返せなくなってしまうのだった。あの優しい父さんを悲しませるなんて、したくはないからだ。


「でも結局、まだ王都には行かせてもらっていないし」


 いくらゴネスが王都の近郊に位置していると言っても、王都に行くのは旅である。

 馬車に乗って、数日はかかる。それに、行くとすれば、使用人を何人も連れて行かなければならなくなるだろう。思いつきで簡単に行けるような場所ではない。


「クリスティーヌさま、テシエの先生がいらしていますよ」


 アナがやってきて言った。アナは、代々シェロー家に仕えてくれている使用人一家の娘だ。クリスティーヌと同い年なので、その遊び相手兼世話係に選ばれていた。


「分かったわ、お通しして」


 クリスティーヌはそう言うと、部屋の隅に置いてあった大きな弦楽器を移動させた。

 テシエというのは、木で出来た本体に、動物の腸で出来た弦が37本張られた弦楽器である。演奏できる音の幅が広く、一人で音楽を完結できることから、その人気は高いが、弦の耐久性が低いことから、経済力がなければ決して習うことの出来ない楽器であった。

 クリスティーヌは、このテシエを非常に好んだ。


「テシエが習えるだけでも、感謝しなければいけないのでしょうね…」


 そう呟くと、クリスティーヌは卓の上に置いていた王都シャンボールの絵を木製の引き出しの、一番上の段に丁寧に仕舞い込んだ。

クリスティーヌお嬢様の憂鬱でした。

贅沢ですが本人は本気で悩んでいるのでした。


テシエは、ハープ的な何かを想像していただければ、と思います。

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