とうほうへんぜるぐれーてる
とうほうへんぜるぐれーてる
むかしむかし、ある所に、貧乏な木こりがいました。名前は聖白蓮です。
木こりには、妻と二人の子供がいます。妻は、村紗水蜜といい、子供は、一人は姉の寅丸星、通称ヘンゼルで、もう一人は妹のナズーリン、略してグレーテルでした。
ある年の夏、異常な寒さが国を襲ったので、畑の作物が育たなくなってしまい、食べ物が手に入らなくなってしまいました。
ただでさえ貧乏な木こりの一家は、米ですら手に入れるのがやっとです。
木こりはこれからの生活が不安で、眠れません。
「はぁ……。どうしましょう。あれですか。出家でもしましょうか」
木こりが悩んでいると、妻が話し掛けてきました。
「聖、このままでは皆飢え死にしてしまうよ」
「そうですよねぇ。皆で出家しましょうか」
「そんなんじゃ解決しないよ!」
「じゃあ……入滅しますか?」
「だめだよ! 死ぬじゃん!」
「ええと……皆で助け合って生きましょう!」
「皆貧乏だよ! 改善しないよ!」
「ふむ……思い付きませんねぇ」
「……一つ」
「へ?」
「一つだけある。……それは、私達の子供を、捨てること」
「……っ! それだけは駄目です!」
「静かに。子供達に聞かれたら不味いよ」
「……」
「このままこうしていたら、全滅なんだ。子供達はここで諦めるしかない」
「……でも」
「でもとかだってとかそういう問題じゃないんだ。これは私達が生き残るための事だ。決して悪い事じゃない」
「え、悪い事ですよ?」
「だぁーかぁーらぁー!」
妻は木こりを有無を言わせない態度で言いくるめ、子供を捨てることに決めました。
この時代はみんな空腹。子供とて例外ではありません。
空腹で寝付けなかった二人の子供は、木こりと妻の話をしっかり聞いてました。
「ほほう。私達を捨てる気なんだね。聞いたかい、お姉様?」
「……もうたべられない」
「……寝てる。やれやれ、気楽なものだ。さて、私は対策を練ってくるか」
こうしてグレーテルは、両親が寝静まった頃に、外へ抜け出して小石をいっぱい拾ってきました。
「お姉様、安心して下さい。このナズーリンが守ってあげます」
次の日、夜がまだ明けきっていない早朝に、お母さんが姉妹を起こしに来ました。
「さあ起きなさい! 今日は森に行くよ! おにぎりを一つずつあげるからね。お昼に食べなさい」
そう言ってお母さんは、姉妹にお昼ご飯を渡しました。
「お姉様、私の分も持って……いや、両方とも私が全部もつよ」
「え!? なんでですか!? な、ナズ、一人占めですか!?」
「お姉様が持ったらなくすでしょう」
グレーテルの持ち物は、拾った小石と昼食でいっぱいです。
「あれ? ナズ、太りましたか? もしかして私に隠れていいものを……!?」
「家を出るまで黙ってくれないかい」
そして、家族四人そろって森へ出かけました。
途中で、グレーテルは度々止まって拾った石を道しるべとして、一つずつこっそりと落としていました。
その様子を不思議に思った木こりが、グレーテルにたずねます。
「なんで度々止まるんですか?」
「え、ええと、エンカウント率を下げるため……?」
その答えに木こりは納得しましたが、お母さんは納得できません。
「敵なんて出てこないよ!」
「それでは、やはり私がエンカウント率を下けているんだな」
「……もう、それでいいよ」
そうこうしている内に、森の中にたどり着きました。
木こりが姉妹に言いつけます。
「ここでたき木にあたって待っていて下さいね。私と水蜜は木を切ってきます。小枝はここに沢山ありますから、寒かったら足して下さいね」
姉妹が言われた通り、たき木に当たって待っていると、遠く離れた所から木を切る音が聞こえてきます。
「……ふむ。木下闇薪に当たり姉妹聞く母ここにあり父ここにあり」
「は? どうしたんですかナズ。日本語喋れなくなりましたか?」
「……木が茂って暗い所で子の心は絶望を感じている時、私達は父や母の存在を認識できて安心したということさ」
「ふーん。要するにちゅうにびょうですね!」
「もう一生黙っててくれないか」
しばらくして、姉妹はお腹がすいたので、持ってきたおにぎりを食べました。その間も、木を切る音は、ずっと聞こえてきます。
おにぎりを食べ終わり、眠くなった姉妹は、そのまま寝てしまいました。
火が消え、夏らしくない寒さによって、姉妹が目を覚ますと、いまだに木を切る音が聞こえてきます。
「……おかしいな」
「何がですか? 妄想ですか?」
「お姉様はもう駄目だね」
「よく分からない内に駄目にされました!」
不思議に思った二人は、その音が出ている所に行ってみると、そこには枝にぶらさがった丸太があり、風にゆられてコツン、コツンと音を立てています。
「そうか。こういうことだったのか。お姉様、私達は捨てられたのです」
「何を言っているんですか……? う、うそですよね」
「本当だ」
「い、嫌だ! このまま死んでしまうなんて……!」
ヘンゼルは泣き出してしまいました。
「大丈夫だよ。この時のために道しるべを置いたんだ」
「……帰れるんですかぁ」
「夜まで待って、月明かりを反射した小石たちが私達を導いてくれるさ」
「さ、流石ナズーリンです! もう、大好きです!」
「(底まで落として上げる作戦……成功。これでお姉様は私無しでは生きられない)」
やがて夜になり、月明かりに照らされて、キラキラした小石の道を二人で歩き、家に帰りました。
二人が玄開の戸を叩くと、お母さんが出てきました。
「星! ナズ! あまりにも気持ち良さそうに寝ているから、置いて帰ってきてしまったよ! テヘッ!」
「そうか。死にたまえ」
「……何も言いませんよ」
二人は家の中に入れてもらい、木こりにも歓迎されました。
しかし、食べ物は無いことには変わりありません。
数日後の夜、両親はまた子供を捨てる計画を立てました。
「もう、家に残っている米はおにぎり一つ分だよ。これが無くなれば、私達はもう終わり。子供を捨てるしか道はない」
「そんな事はしたくありません!」
「いいや限界だ。やるよ」
お母さんは木こりの言う事を全く聞きません。木こりはお母さんに従わなければなりませんでした。
例によって、その話を子供達は聞いてました。
「また私達を捨てる気か。石を拾って――」
「さあ今日もうお休みなさい。明日は楽しい所に連れて行ってあげる」
グレーテルが外に出ようとした時、お母さんが部屋に入ってきて、密室を作りあげてしまいました。なのでグレーテルは外に出られません。
「……おなか、いっぱい」
「はぁ。幸せなお姉様だ。こんな時に一体どんな夢を見ているんだ」
次の朝、お母さんは姉妹にスプーン一杯程の、とても小さなおにぎりを渡して森に向かいました。
「やれやれ。また森か。こうなったらおにぎりを目印に置こうか」
グレーテルは、度々立ち止まって、ごはん粒を一粒一粒地面に置きました。
その様子を不思議に思った木こりが、グレーテルにたずねます。
「なんで度々立ち止まるんですか?」
「う、ええと、『せいすい』の効力が切れた時、問違えて進み過ぎないように気を付けているんだ」
その答えに木こりは納得しましたが、お母さんは納得できません。
「そんな気を張らなくても少し歩いた位なら大丈夫だよ!」
「いや、油断はできない。時には一歩進んだだけでエンカウントすることもある」
「クソゲーだよ!」
そうこうしていう内に、森の深部にたどり着きました。
両親は、前回と同じくたき木をして、子供達をおいて帰ってしまいました。
「お姉様、今回はごはん粒を道しるべに置いてきたから、夜になったら帰ろう」
「それじゃあナズが食べるものが無いじゃないですか! はい、私のを二人で半分こです」
「お、お姉様……」
夜になり、二人が帰ろうとすると、目印のごはん粒が無くなっていました。
「やはり、食べ物は駄目だったか。鳥にでも食べられてしまったんだろう」
「だ、大丈夫ですよ! 歩いていればいつか出られます!」
姉妹は一晩中歩き続け、次の日も歩き続けました。
ところが、森から出るどころか、より深い所に迷い込んでしまったのです。
とうとう力尽きてしまった姉妹は、木によりかかり、そのまま眠ってしまいました。
そのまた次の日、家を離れて三日が経った朝のこと。
二人はゆっくり歩き始めました。けれど、進めば進むほど森は深くなっていきます。このままでは二人の命が危ないです。
「……全然、出口が、見つからない」
「……私達は、ここで、死んでしまうのですね」
と、姉妹がそれぞれつぶやいたその時、真っ白な美しい鳥がやってきて、きれいな声で歌いました。
「コミケですよー」
「は?」
「夏ですねぇ」
あまりに美しい歌声だったので、二人は聞き入ってしまいました。
鳥が歌い終わると、今度は二人を案内するように、飛び立ちます。二人はそれについて行き、しばらくすると小さな家を見つけました。
二人がその家に近付くと、いつの間にか鳥がいなくなってしまいました。
「これは……この家はお菓子でできているよ! お姉様!」
その家の壁はカステラで、扉はようかんで、窓は飴で、屋根はみたらし団子でできていました。
お腹が空いた姉妹は、迷わず家にかぶりつくと、家の中から歌が聞こえてきました。
「腹減りし捨て子は小屋にかじりつくさてかじるのは終には誰か」
グレーテルはその歌に、
「ちゅうにびょう姉に言われてやめにしてされど魔の歌余を汚したり」
と返し、食事を続けました。
すると中から老婆が出てきました。
「どうも、雲居一輪です。私の家……」
「ひっ!」
「おいしくいただいてます」
「やれやれ。中へお上がり。ごちそうがあるわ。遠慮せずに!」
そう言って老婆は二人の手を引っ張り、家の中に入れました。お婆さんは二人に色々な果物や飲み物を出してあげました。
「うっ……あ、甘い……。胃がもたれた……」
「甘い物は全部別腹に入ってしまいますよ? なので主食を……」
満足した姉妹は、ベットで寝てもいいですという老婆の言葉に甘え、柔らかいベットにもぐり込んでぐっすり寝てしまいました。
「ふ、ふふふふふふへっへっへっへっへ……。どちらからたべてしまおうかねぇ」
なんと、老婆は悪い魔女だったのです。子供達を食べるために、お菓子の家を作り、白い鳥で子供達をおびき寄せたのです。
老婆はヘンゼルを飛倉に閉じ込めました。ヘンゼルは一生懸命叫びましたが、それは外には伝わりません。
ヘンゼルを捕まえていい気になった老婆は言いました。
「さあ幼女! いつまで寝ているんだ! これから姉さんを太らせるために、ごちそうをいっぱい作ってやるんだ! 水を汲んで来い!」
これを聞いたグレーテルは、度重なる不幸に泣きたくなりました。しかし泣いているだけでは何も変わりません。ここは素直に言う事を聞いて、後で二人で逃げる方法を考えることにしました。
しばらく経ったある日、ヘンゼルは豪華な食事を与えられ続け、グレーテルは残飯しか与えられていません。
老婆はヘンゼルが入った飛倉にやってきて言います。
「どれ位太っただろうか。どれ、胸を触らせろ」
お婆さんは、目が悪かったので、直に触れないと分からないのです。
ヘンゼルは、言われた通りにしようとすると、老婆の背後からグレーテルがアイコンタクトをします。
「(お姉様は馬鹿なのか? スープのだしにとっておいた骨を触らせてあげな!)」
ヘンゼルは、グレーテルの言葉通りに、骨を触らせました。
「こ、これは、無いな……」
まんまと騙された老婆は、グレーテルを連れて戻りました。
それから一月程たちましたが、老婆は毎回騙されていました。
ついに我慢できなくなった老婆は、ヘンゼルを食べることにしました。
「おら幼女! なべに水を汲め! 火をつけろ!」
グレーテルは、実の姉を料理する準備をしなければならなくなりました。
「(こんなことなら、森でお姉様と一緒に飢え死にしていた方がましだった)」
「早くしろ! かまどに火をつけるんだ!」
老婆は、包丁を研ぎながら言います。
「……つけたよ」
「本当か? 中に入ってよく見ろ」
老婆はこの時、グレーテルも食べてしまおうと思い付き、かまどの中に入ったグレーテルを閉じこめ、焼くことにしました。
「……ぉ」
グレーテルはその作戦にすぐに気が付き、
「私、どうやってかまどに入れば良いのか分からない」
と言いました。
「そんな事も分からないのか! こう、少しかがめばほら! 入れるではないか!」
老婆はかまどに少しだけ入って、グレーテルに見せつけました。
「(今だ……!)」
グレーテルは、老婆の背中を押し、かまどに入れ、ふたをしました。
「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ…………」
この世のものとは思えない悲鳴を上げ、老婆は死にました。
するとかまどの中から、きれいな女の人が出てきます。
「どうも。キレイな雲居一輪です。とり憑いていた雲山が消滅して、良い人になりました」
「あ、どうも」
そしてグレーテルは、ヘンゼルを助け出し、女の人の案内で宝塔やダウジングロッド、魔天経文など、貴重な宝物を手に入れました。
ヘンゼルとグレーテルと女の人は、それから何日もかけて自分達の家に帰りました。
「お母さーん! お母さーん! いま帰ったぞー!」
「ああナズーリン……!」
「星! 帰ってきたんだね!」
木こりとお母さんは涙を流して喜びました。
お母さんは言います。
「前回も二人だけで帰ってこれたから思わず置いてきちゃった。テヘッ!」
姉妹の怒りは一杯です。
「死にたまえ。ほらお姉様」
「はい! 食らえっ! 宝塔スパァァァァァク!!」
お母さんは、ヘンゼルの攻撃を受けて、死んでしまいました。
すると、
「はい。死んで幽霊になったことで心がキレイになった村紗です」
今までとは見違える美しさを持ったお母さんが現れました。
「聖の方のお母さん。魔天経文だよ」
「……まあ! これで世界征服ができます!」
「ナズ、これで私達家族は幸せですね」
「これからは誠心誠意、頑張っていきたい所存です」
「雲山が滅亡した今、私は自由の身です。ここに住まわせて下さい」
こうしてナズーリン、聖白蓮、寅丸星、村紗水蜜、雲居一輪の五人は、世界征服をして生涯幸せに暮らしましたとさ。
「私達の居場所は、ヒジリさん一家だけだね」
この世界の生存競争の結果は、最後まで生き残ろうとしたグレーテルの勝ちです。めでたしめでたし。
キャスト
ヘンゼル :寅丸星
グレーテル :ナズーリン
木こり :聖白蓮
お母さん :村紗水蜜
白い鳥 :リリーホワイト
老婆(悪) :雲山
女の人 :雲居一輪
原作が予想外に重い話でした。主人公がヘンゼルかグレーテルの、どちらか一方だけだったら、物語はどうなってしまうのでしょう。
暗い寒い一人空腹、最低条件です。すごいことになります。