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Hollow  作者: よづは×腸墓 音
3/5

1、朝、四時から



 清々しい、清々しすぎる朝の空気に俺自身の肺は悲鳴を上げる。

 何故か。それは単純に冷たいからだ。

 余りにも冷たい空気に肺が拒絶し、咳き込む。その様子に、駆け寄る人間は居ない。


「兄ちゃん、大丈夫か?」

 筈だった。

 何故か、犬と猫を団体で散歩させている中年男性に声をかけられる。顔を上げてよく相手の顔を見てみると何とも【だんでぃ】という言葉の良く似合う男性だった。

 無精髭に低血圧、更に真っ赤なジャージでなければもっと良かったのでは? そんな事を勝手に考えている俺を気にする事はなく、男性は眠そうに心配する。

「持病持ちか? こんな朝早くから結構な事で」

「いえ、ただ余りの空気の冷たさに咳き込んだだけです。貴方は……、散歩、ですよね。」


「これが牛乳配達に見えたら眼ン玉取り替えた方が良いだろう。」

 全く、その通りだと思う。

 見たところ、つれているのは柴犬、秋田犬、パグ、シベリアンハスキーにゴールデン、チャウチャウも居る。猫は三毛猫、ロシアンブルー、スコティッシュホールド、後は灰と黒の縞とオレンジと黄土、それと白の模様の猫、もう二匹、黒猫白猫が……

「なんとまあ、大所帯で」

「ん? まあ、こいつ等離れる事を嫌がるから、いっぺんにやんなきゃ行けなくてね。朝早くのこの時間帯じゃなかったら、色々とやり難いんだ。」

 一瞥を自分の足元の犬猫に投げかけ、自分は欠伸をしている。右に猫のリード、左に犬のリードを纏めて持っている。恐らくこの人の聞き手は左なのだろう。男の足元のその子たちに視線をやると、どうやら人懐っこい性格らしく全員が全員、こちらをキラキラとした期待した瞳で見詰めてくる。

 やめて欲しい、どうしても撫で繰り回したくなる性格なんだ。俺は……

 暫く、その子たちの【遊んで、遊んで】と言う可愛い視線に耐えていた俺だが、男が何処かへ行くようだったからその子たちから視線を外し、男をまた見る。男はボーっとした目で俺を見ると、いきなり言葉を放つ。


「大丈夫そうなんでもう行くよ。そこのツインマンション前の公園にな…」

 どうやら男は最初から見ていたらしい。しかもばれている。【触りたいのなら其処に行くから付いてきて構ってやれ】ということなのだろう。なんて解りにくい人だ。


 公園と道路のオレンジ色の街灯が何処か落ち着く。そんな事を思いながらツインマンションの前の公園にれっきとした初対面の男性とやってきた。別に、この男は何の悪意もないのだろうが、念のために己の意識化で再確認として発言する。心の中で。

「嗚呼、俺は平良 信行。一応言うけど【平氏】の子孫じゃないから。この辺の一軒家のどれかに住んでる。」

「そうなんですか。」

 のんびりとした口調で少しだけ相手の事を知って驚いたという顔をする。平良さんはリードを放し、犬猫たちを遊ばせる。そして二人で公園に備え付けられているベンチに座った。

 心の声が表に出ていたのかと思ったが、何度か職務質問を受けた事があるからようだ。やけに詳しく職務質問から逃げる方法を話している。

「それで?兄ちゃん、あんた名前は何で何処に住んでんだ?」

「其処のツインマンションに住んでいます。」

 そこですかさず平良さんは言葉を挟む。

「何階? 何処の部屋?」

「この辺の一軒家のどれか。なんて曖昧な住所の方には教えられません。」

 そう言うと平良さんは諦める。

「名前は……【よづは】」

「【よづは】ぁ? んだよ、その『明らかに偽名です。』な名前は!」

 まあ、それはそうなのだが…思わず顔をしかめて突っ込んでくる平良さんに苦笑する。

「そう思うでしょう? でも、確かに本名で住所にもそう書いてあるんですよ」

 事実なんです。と平良さんに言うと俺は空を見上げる。もう月は無く、後は太陽が昇るのを待つ。そんな空の色に目を瞑り、何かを見ようとする。いや、何かを聞こうとする。だけど平良さんの犬猫の息遣いなど以外、聞こえるわけも無く。

 俺は再び目を開き、空を見る。嗚呼、やっぱり―――


「兄ちゃん、もしかして記憶喪失かい?」

 男が何の疑問も無く、そんな言葉を放つ。一番、『ありえない』と避けられる答えだと思うのだが……

「そう、ですね。私は、生活するのに必要な知識以外は持っていませんでした。名前は…とある物からつけました。」

 俺の言葉にさして興味はないとでも言うように「ふーん」とだけ言って平良さんはその鼠色の髪を乱暴に掻き毟る。

「そうなんかい、……俺も似てっかな…?」

 えっ? と言う俺の事を無視して、ポケットから取り出した小さいフリスビーを俺に渡し、投げろと促す。俺は何時の間にかベンチの前に集まった犬猫の期待の眼差しに耐え切れず適当な位置に思い切って投げる。


 フリスビーの風の切る音。その音よりも先に犬たちが、それについていく猫たちが走り出す。賢い事に、公園からは一向に出ようとしないこの子達はしっかりと躾けられている様だ。フリスビーを取った犬が思いっきり首を振り、自分で投げてまた遊んでいるところを見ると平良さんはまた口を開く。

「ちっとは良いとこの坊ちゃんで、一人息子。『平良 信行』、エリートの道を進んで一生遊んで暮らせるような金を手に入れると仕事もせずに犬猫と戯れる。そんな人生を送っていた。何か短いな…言葉にしたらこんななのか。だけど、なんだか【後付】な感じがするんだ。」

(この子達はフリスビーを投げれるのか…)

 そんな事に感心しながら、フリスビーの観戦をしていたが。平良さんの言葉は逃さず聞いていた。だから、俺は平良さんに問う。

「【後付】…?」

 俺の言葉に平良さんはポケットを探り、棒に付いた丸いチェリー味の飴を二本取り出すと片方を俺に渡す。俺が包装紙を取り、自分も同じように取り二人して咥えるとまた言葉をつなげる。

「そう、後付だ。これは【偽物】で、自分の【本当】に後付された人生なんじゃないか…ってな。飴はあまり口から出すな、食われるぞ。なんだか本当の自分はずっと寝ているんじゃないのかと思えて仕方がねぇ。」

 間に口から飴を出して犬猫に狙われている俺への忠告を挟んで、平良さんは話す。俺はそれらに興味を持ち、一つ、問いかける。

「平良さんは、何か奇妙なものを見たことはありませんか?」

「【平良さん】なんてやめてくれ、痒くなっちまう。【信行】、変なもん? そうだな……兄ちゃんのその瞳、とか?」

 飴を求めてじゃれ付いてくる犬猫と戯れている俺を指差す。平、信行は真面目に答えているようだ。でも、そうじゃない。

「…これが、【本物】と信行さんは判断したんですか?」

 俺は片目を軽く押さえて飴を噛み砕く、その様子に信行は眠たそうにまた欠伸をする。

「嗚呼、【本物】だと思った。後、その(づら)の下の白髪…?いや、銀髪もな。」

「………気付いていたんですか…」

「嗚呼、」

 ガリガリと、噛む飴の音と香りに残念そうに鼻を鳴らす犬と鳴く猫を一匹ずつ撫でる。すると猫の何匹かは俺の膝の上にちゃっかり乗っている。飴を食べきった後、俺は質問を少し変えて改めて質問する。

「それでは、変な夢。などは?」

 今度は、信行は飴のカリッという音を鳴らして考える。その眼は、まだまだ太陽の昇らない空に向いていた。何処か寂しそうな眼差しに俺は何処か懐かしさを感じた。

「そう、だねぇ。【変な、夢】か、確かに見た。嗚呼、 変だよ(気違いさ)。全てが……」

 信行がゆっくりと身体を伸ばし、腰を曲げる。間接がポキペキッ、と音が鳴る。何処か気持ちの良さそうなそれでも痛そうな音だった。

「月が、無いなぁ。三日月が見たいんだが…」

「きっと、嫌と言うほど見れますよ。これから私もね。」

 何処かそんな予感があった。それでも、今は関係ないことだった。信行は、飴を噛み砕くと言葉を続ける。

「単純に、深い深い井戸の底に居る夢さ。そこはとても甘い臭いがするんだ。見回すと糖蜜がそこに溜まっているそれは、糖蜜の井戸だった。本当なら出たいと思うんだろうが何故か心地好くてな、そこに居たかった。だけど、目は覚めてしまって。聞こえるのは 変な(気違いな)会話だよ。



 『二日狂っている!』

 『だから、あんたのバターは機械にはあわないと言ったんだ!』


  『一番の上等のバターだったんだ』


 『ああ、だけど、きっとパンくずが雑じっていたにちがない』

 『パンナイフで入れたのがいけないんだよ』



 言い争いの原因は帽子を被っている方の持っていた時計だよ。どうやら時計にバターを塗りこんだらしいんだ。まる二日ずれているのなら問題はないんだけどね…、その会話が途絶えた後、いや、俺が眠った後はこっちで二度目の目覚めだ。本当に、 変な夢だ(気違いな夢だ)。」

 信行は飴を食べ終わると、その棒を俺の膝に居る猫に渡す。その棒を喜んで猫はしゃぶる。ああ、お気に入りの黒のズボンが毛だらけだ。

 信行はまた、空を見上げる。それにつられて俺も空を見ると微かに明るくなっている。もう、早い目に帰らなくては……。そんな俺の意思に反し、長い沈黙が流れる。風が吹き、犬の投げたフリスビーが煽られ俺の顔面に目掛けて飛んできたのを掴み取ると適当な方向へ投げる。


 それを何時の間にか見ていた信行は自ら沈黙を破る。

「……聞いといて何もなし、か?」

 その言葉に、少し薄めのセーターの裾を直していた俺は信行を見てまた話す。

「ええ、まるで【不思議の国のアリス】だと思いました。」

「【不思議の国のアリス】?」

「知らないので…?」

 意外な事に信行は【アリス】を知らなかったらしい。まあ、トランプの数と柄の解らない中学生が居るぐらいだ。気にすることは無いだろう。

「嗚呼、【低俗な物語など必要ない】と言って読ませてもらえなかった。」

「なんと頭の固い方だ…、あれほどに頭を使ってしまう本は無いと私は思うのに、あの名作をそんな物にしてしまうなんて…残念だ。」

 そう、元々英語だった為、和訳するとわけが解らない【気違い本】になってしまう。【訳者泣かせの名作】、ルイス・キャロルの【不思議の国のアリス】。その俺の言葉に信行は少し驚いた顔をして、今度はなんでもないとでも言うように足元にじゃれ付いてきた秋田と柴犬を撫でる。

「そんな、モノなのか」

「ええ、そうですよ。」

 何となく口から出た言葉だったが、信行は満足したらしく。頷いている。




   チッ、チッ、チッ、

 規則的な音に俺は自然に体と口が動き出す。


「嗚呼、こんな時間だ。大変だ、帰らなくては…」

 パチン、とポケットから出した懐中時計の蓋を閉めて、俺は立ち上がる。信行は溜息をつき、声をかけてくる。

「兄ちゃん、まだ良いんじゃないのか? 随分と早い時間なんだから…………四時半だなんて。」

 俺が重要にしているのは時間ではなく、朝日の方。俺はそれを伝える為に振り返り、お辞儀をする。

「いえいえ、私は朝日が嫌いなもので…それに一人暮らしの学生には色々と時間が要り様でして、何か用があるのでしたらあそこのツインマンション、【白兎】の方へおいで下さい。【××××】と打てば私が出ますから。」

 再び前を見て、歩き出す。公園から出て、ツインマンションと公園の間の歩行者や自転車の通る為の道の真ん中で、一つ言い忘れに気付く。振り返ると、都合の言い事に信行が犬猫を連れて出てきた。ここに留まる理由は俺と話すためだったらしい。

 俺は信行に手を振る。すると信行はまた眠たそうに欠伸をする。この人は、欠伸が挨拶なのか?

「なんだぁ? こいつらに用か、それとも俺に言い忘れとかか?」

 信行はやはり賢いらしい。人が大体言う事を理解する。特に言うつもりは無かったが、だがそのままと言うの後味が悪い。これからもどれだけかの付き合いになりそうだし……


「嗚呼、言い忘れです。」

 一泊置いて、信行を見る。すると、興味を持ったように俺を見詰める。





「私は、女です。」





 信行は手元のリード全てを落とし、俺を見詰める。多分、このまま中々動かないと思い。マンションへと帰る。

(今日は青々とした野菜だけのサラダにしようかな…)

 朝食の事を考えて部屋の鍵を開けて中に入ろうとすると、


「詐欺だああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 物凄い信行の叫びが聞こえた。

 騙したつもりは無いけれど、何時も間違えられていたら気にすることすら忘れるだろう。長い髪を少し邪魔だと思いながら部屋に入る。





「今日は門が開いた直後に入るか。昨日待ってたら寒かったし…………うん、まだまだ寒いなぁ。」

 今日も学校に一番乗り。そんなことを考えながらサラダとドレッシング、そしてホットサンドを作ってリビングで食べていた。






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