他人に興味なさすぎる私、スパダリ公爵令息に甲斐甲斐しく愛される
他人に興味なさすぎる私、スパダリ公爵令息に甲斐甲斐しく愛される2 〜魅了魔法でヒーローを狙うピンク髪令嬢を、レアな実験被験体として追いかけ回したら泣き叫んで逃げ出されました〜
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「他人に興味なさすぎる私、スパダリ公爵令息に甲斐甲斐しく愛される〜邪魔しようとしたライバル令嬢が『私の名前を覚えなさいよ!』と発狂するまで〜」
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エレノア・バートレット伯爵令嬢が夜会で狂乱し、領地へ連れ戻されてから数週間。
学園には平穏が戻っていた——あるいは、表向きはそう見えていた。
王立第一学園のカフェテリア。午後の光が差し込むテラス席で、クロエ・ヴァルハイトは分厚い羊皮紙の束と格闘していた。
「クロエ、手元ばかり見ていてはスープが冷めますよ。今日は旬のローストビーツとカモミールのポタージュです。温かいうちにどうぞ」
そう言って、銀の匙で丁寧にポタージュを掬い、クロエの口元へ運ぶのはグランツ公爵家の嫡男ヴィンセントである。
冷徹無比な『氷の公子』として知られる彼は、相変わらずクロエの前でだけは完璧なお世話係であった。
「ん……カモミールの香りが効いてて美味しい。ありがと、ヴィンセント」
「お口に合って良かったです。午後の調合実習に向けて、胃に負担がかからない献立にしておきました」
「助かるわ。ところで、昨日頼んでいた『精神干渉系薬草』の乾燥標本だけど……」
淡々と会話を交わす二人。
その平穏を打ち破るように、甘ったるい足音が近づいてきた。
「まあ……! ご機嫌よう、ヴィンセント様! こんなところで地味なお食事をなさっているなんて……お可哀想に」
揺れるピンク色の髪に、刺繍の施された華やかなドレス。
最近、編入してきたマーチ子爵家の令嬢、リリィ・マーチであった。
リリィは心の中でほくそ笑む。
(ふふん、先日のバートレット伯爵令嬢は無駄に騒ぎ立てて自滅したみたいだけど、私は違うわ。私には生まれつきの秘術『古代の魅了魔法』があるんだから!)
リリィは瞳の奥に桃色の魔法陣を浮かべ、ヴィンセントへ視線を向けた。
言葉と視線を通じて放たれる、脳の伝達物質に直接作用する魅了の波動。
普通の人間であれば、ひとたびこの視線を受ければ理性を失い、リリィの言いなりになるはずであった。
「ヴィンセント様ぁ……わたくし、手作りのマカロンを焼いてまいりましたの。一緒に召し上がりませんこと……?」
甘い声とともに注ぎ込まれる強力な魅了魔力。
しかし、ヴィンセントは眉根ひとつ動かさなかった。
彼はクロエの口元を布巾で拭いながら、リリィに対して氷点下の視線を向けた。
「不快です。見知らぬ令嬢に話しかけられる覚えはありません。立ち去りなさい」
「えっ……!?」
リリィは絶句した。魅了魔法が微動だに効いていない。
焦ったリリィがさらに魔力を強めようとした、その時であった。
「——ちょっと待って」
今まで研究資料から一度も目を上げなかったクロエが、ガタッと音を立てて立ち上がった。
クロエの瞳は、普段の鬱陶しそうな無関心さとは打って変わり、肉食獣のように爛々と輝いていた。
彼女の視線はヴィンセントではなく、リリィの顔面——正確にはその瞳の奥に向けられている。
「この波長……! 脳内の精神伝達物質に直接干渉し、強制的に好意のフェロモンを分泌させる超高密度の精神干渉魔導波……! 現代では失われたはずの古代魅了魔法の一種じゃない!!」
「な、なんですの……!?」
クロエは凄まじい速度で身を乗り出し、リリィの顔の数センチ手前まで顔を近づけた。
「すごいわ! 生きた人間が触媒なしでこんな波長を放出してるなんて初めて見た! ねぇ、あなた! 脳のどの部位を使ってその魔力を編み出してるの!? ちょっと脳の構造と抽出液を見せて!!」
「抽出液ぇぇぇ!?」
クロエの瞳が、狂気的な研究欲でギラギラと発光していた。
リリィは背筋に冷たいものが走るのを感じ、恐怖で一歩、また一歩と引き下がった。
「な、なんなのこの女……! 狂ってるわ……!」
こうして、魅了魔法でヒーローを篭絡しようとしたライバル令嬢と、彼女を「極めて希少な実験被験体」として認識した無関心ヒロインの、新たなる追撃戦の幕が開けたのである。
◇◇◇
カフェテリアでの遭遇以来、リリィ・マーチの日常は一変した。
本来の計画では、魅了魔法でヴィンセントを虜にし、公爵家の権力を手に入れて学園の頂点に立つはずだった。
しかし現在、リリィが直面しているのは——**「人道を無視した純粋な探究心」による恐怖の追撃**であった。
◇
「見つけたわ、ピンク色の髪の人」
「ひやぁぁぁっ!?」
学園の図書室の影。隠れるように本を読んでいたリリィの背後から、ぬっとクロエが現れた。
クロエの手には、分厚いノートと怪しげなガラスの試験管が握られている。
「な、なんですか急に!? 驚かせないでくださる!?」
「驚いている暇があるなら、ちょっとその瞳の魔力伝達経路を計測させて。昨日の観察で、あなたが魅了の波長を出す直前に、視覚野周辺の魔力が急激に励起することが分かったの」
クロエは無表情のまま、ずいずいとリリィへ詰め寄る。その瞳には一切の害意も意地悪もなく、ただ「未知の昆虫を解剖したがる子供」のような純粋すぎる狂気が宿っていた。
「ひ、ひえっ……! 来ないで! 近寄らないで!!」
「減るものじゃないでしょう? ほんの少し、あなたの唾液と涙と、脳脊髄液のサンプルが欲しいだけよ」
「サラッと恐ろしいこと言わないでぇぇぇ!!」
リリィは悲鳴を上げて図書室を飛び出した。
◇
「はぁ……はぁ……なんなのあの女! 完全に頭がおかしいわ!」
校庭の陰に逃げ込んだリリィは、荒い息を吐きながら胸を押さえた。
そこへ、あらかじめ手配していた魅了の実験台——上級貴族の男子生徒が歩み寄ってくる。
(落ち着くのよ、私……! 魅了魔法が効かないのはあの公爵様とあの異常者だけ! 他の男なら全員、私の意のままなんだから……!)
リリィは笑みを張り直し、男子生徒に向けて魅了の波動を全開で解秘した。
「まあ、○○様ぁ……わたくし、少し転んでしまって……足を痛めてしまいましたの……」
「だ、大丈夫かい!? マーチ嬢、僕が保健室まで運ぶよ!」
男子生徒の瞳がトロンと濁り、リリィの術中に落ちる。
(ふふん、やっぱり私の魅了魔法は完璧——)
「——なるほど。対象の警戒心を解除するために、聴覚刺激と同時に魔力の脈動を同期させているのね」
「ギャアぁぁぁっ!?」
突如、木の上からクロエが降ってきた。
クロエは着地すると同時にノートへペンを走らせ、リリィと男子生徒の顔面を至近距離で交互に観察し始めた。
「被験者A(男子生徒)の瞳孔が開収し、軽度のトランス状態に移行。……ねえ、ピンクの人。今の波長、もう一度出せる? 角度を変えて分光器で測定したいのだけれど」
「被験者って言うな! 角度を変えるな! どこから湧いて出たのよあんたはぁぁぁ!!」
「ヴィンセントに頼んで、運動能力向上薬を処方してもらったの。木の上から観察するのに便利だから」
木陰から、完璧に仕立てられた制服を着たヴィンセントが静かに姿を現した。
彼は優雅に服の塵を払いながら、クロエの肩に温かい羽織をかけてやる。
「クロエ、木から飛び降りるのは危険です。着地の衝撃で骨密度に影響が出たらどうするのですか。次からは私が抱きかかえて降ろします」
「ありがと、ヴィンセント。でも今のデータ、すごく面白かったわ」
「あなたが満足なら何よりです。……さて、マーチ嬢」
ヴィンセントがリリィへ視線を向けた。その瞳は一切の感情を削ぎ落とした、氷塊そのものだった。
「私のクロエの研究を妨害し、精神的ストレスを与えるならば、マーチ子爵家の領地における鉱山採掘権をすべて凍結させますが」
「私、被害者なんですけどぉぉぉ!?」
リリィの叫びは、秋の風に虚しく吹き消された。
◇
その後も、クロエによる「観察」という名の追撃は続いた。
リリィがお茶会に参加すれば、クロエが物陰から双眼鏡で魅了波長を記録し、
リリィが廊下を歩けば、クロエが魔法陣を描いた紙を持って「ここで一度、魅了を放ってみて」と待ち伏せした。
男を惑わして思い通りに操るはずの秘術が、今や「クロエを呼び寄せる撒き餌」にしかならない。
「もう嫌……! 魅了魔法なんて使わなきゃよかった……! あの女、私の顔を見るたびに注射器みたいな器具を取り出すのよ……!」
トイレの個室に閉じこもり、ガタガタと震えるリリィ。
彼女の目的は、すでに「公爵家への玉の輿」から「あの狂気的な薬草オタクからいかに逃げ延びるか」へと完全に変質していたのだった。
◇◇◇
学園の講堂にて、全校生徒が集まる月例の式典が執り行われていた。
壇上に立つ生徒会役員たちの声が響く中、会場の最後列で、リリィ・マーチは追い詰められた獣のような目をしていた。
(もう限界よ……! 日常生活すらまともに送れない! どこに行ってもあの女が『サンプルをちょうだい』って追いかけてくるのよ!?)
ふと横を見ると、少し離れた席にクロエが座っていた。
クロエは式典など一切聞いておらず、膝の上に載せた実験器具の調整に夢中になっている。そして時折、チラリとリリィの方を見ては「いつ魅了魔法を放ってくれるのかしら」と期待に満ちた熱い視線を送ってくるのだ。
(ひっ……! また見てる……! 私を解剖する気だわ!!)
精神の限界を迎えたリリィの理性が、ぷつりと切れた。
(こうなったら……学園中の人間を巻き込んで、最大出力の魅了魔法を解き放ってやる! 全員を私の奴隷にして、あの女を捕まえさせて解剖してやるわぁぁぁ!!)
リリィは中央の通路へと飛び出した。
「ハハハハ! もう終わりよ! 私の本当の力を見せてあげるわ!!」
リリィが両手を掲げると、彼女の全身から禍々しいほどのピンク色の魔力が溢れ出した。
古代の禁忌術——広域強制魅了(全開モード)。
講堂全体を覆い尽くすほどの強力な好意の波長が、津波となって生徒たちへ押し寄せる。
「な、なんだこの魔力は……!?」
「マーチさんが……すごく愛おしく見える……!?」
周囲の生徒たちが次々と瞳の光を失い、リリィへと一歩踏み出そうとした——その時。
「——煩わしい」
冷酷極まりない一言とともに、圧倒的な密度の『絶対零度の威圧魔力』が講堂全体を叩き伏せた。
ドゴォン!! という衝撃音とともに、リリィの放ったピンク色の魅了魔力が、ヴィンセントの放出した圧倒的な魔圧によって一瞬で粉砕・かき消された。
「がはっ……!?」
魔力を強制逆流されたリリィは膝をつき、血の気が引いた顔でヴィンセントを見上げた。
ヴィンセントはクロエをかばうように前に立ち、漆黒の瞳でリリィを見下ろしていた。
「身の程を知りなさい、雑草が。私の前でクロエに怪しげな魔力を向けた罪、万死に値します」
「ひぃぃぃっ……!!」
ヴィンセントの放つ本気の殺気に、リリィは恐怖で失禁しそうになる。
しかし、絶望はそれだけでは終わらなかった。
「ちょっと待ってヴィンセント! 滅ぼしちゃダメ!!」
クロエが目を輝かせて駆け寄ってきたのだ。
彼女の手には、巨大な水晶瓶と、怪しく光る網状の魔導具が握られている。
「すごいわ……! 今の広域展開、脳の扁桃体と前頭葉に同時に作用する重層波長だったのね! 素晴らしいわ! ぜひその魔力生成器官の標本を採取させて!!」
「被験体を傷つけないよう、優しく捕獲しましょうね、クロエ」
「ええ! 逃がさないわ!」
無表情なスパダリ公爵令息の圧殺的な殺気と、純真無垢な無関心ヒロインの狂気的な研究欲。
二人の圧倒的な存在が、じわじわとリリィへ歩み寄ってくる。
「来ないで……来ないでぇぇぇぇ!!」
逃げ場のない講堂の真ん中で、リリィは頭を抱えて絶叫した。
「助けてぇぇぇ! 魅了なんて二度と使いませんからぁぁぁ! 誰かこの狂人たちから私を助けてぇぇぇぇ!!」
泣き叫ぶリリィは、駆けつけた学園の警備隊と風紀委員(および精神科の医師)によって、半狂乱のまま連行されていったのだった。
◇
数日後。
禁忌の魔法を使用した罪と、多数の生徒への精神干渉の罪により、マーチ子爵家は爵位を剥奪され、リリィは隔離施設へと送られることとなった。
学園のカフェテリアには、再び平和で甘い日常が戻っていた。
「クロエ、今日のおやつは季節の無花果を使ったタルトですよ。食べやすいよう小さくカットしてあります」
「ん……あーん」
「はい、あーん。……口元にクリームがついていますね。拭きます」
ヴィンセントが絹のハンカチで丁寧にクロエの唇を拭う。
「ありがと、ヴィンセント。……それにしても、あのピンク色の髪の人、いなくなっちゃって残念だわ。もっとサンプルを採りたかったのに」
「心配いりませんよ、クロエ。彼女が残した魅了魔法の波長データは、我が家の魔法研究機関で完璧に保管させました。いつでもあなたの研究に使えます」
「ほんと!? さすがヴィンセント、大好き!」
「……っ! く、クロエ……もう一度言ってください……」
「え? さすがヴィンセント、って?」
「その後の言葉です……!」
無表情な公爵令息が真っ赤になって悶絶する横で、クロエは「不思議なヴィンセント」と思いながら、差し出されたタルトを美味しそうに頬張るのであった。
(完)
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