逆ハー聖女の孤独
「聖女サクラ!この恥ずべき記録の数々を見て、まだ聖女を自称するつもり!?」
聖女祭の終わりを告げる、王宮での夜会。
召喚されてわずか一年で、王国に歴史上類をみない繁栄をもたらした聖女を讃える宴。
その中央で、公爵令嬢ロザリアは魔法投影機が会場に映し出す写真を指し、勝ち誇った声を上げた。
投影されているのは、この国の王太子、騎士団長、大神官、魔塔主といった若く麗しき権力者たちが、代わる代わる聖女と密会し、愛を囁き合う醜聞の断片だ。
国民全員が崇め奉る「優れた聖女」がこれほど乱れた女であるなど、スキャンダル中のスキャンダルに違いない。
「召喚されてたった一年でこの醜態!」
「これほどの毒婦を、私たちは断じて許しません!」
「彼女は聖女に値しない淫乱です!まるでハーレムの女王ですわ!」
ロザリアは、聖女に寝取られた王太子の婚約者。
そしてロザリアの後ろには、同じく聖女に婚約者を寝取られた令嬢たちが「被害者の会」として並んでいる。
罵声の嵐と、「これって本当に?」という外野のさざめき。
「ねえ、あなたは聖女様と関係をもったりしていないわよね?」
「まさか!そんなわけないだろう!僕は君ひとすじだよ」
しかし、吊るし上げられたはずの聖女は、透き通った瞳でただただロザリアを見つめていた。
その瞳には、焦りも怒りも恥もない。
(なんなの、聖女のあの表情は…?)
彼女が顔を赤くしてみっともなく狼狽えるか、傲慢ににやりと笑って言い返すかと思っていたロザリアは、虚を突かれる。
聖女が口を開こうとしたとき…
「ロザリア」
代わりに、王太子フィリクスが歩み出た。彼こそロザリアの婚約者だ。
「フィリクス様、おわかりになりましたでしょう!?この聖女は穢れた女です!この聖女がどうあなたを誘惑したのかはわかりませんが、とにかくあなた様は騙されているのです。どうか目を覚ましてくださいまし…っ」
悲痛な訴え。
「目を覚まして誠実な婚約者に戻ってくれるなら、受け入れる」という、許し。
ロザリアは、フィリクスが聖女を軽蔑し罵倒し、自分への愛を思い出すことを期待した。
しかしフィリクスの目には、ロザリアへの諦めと失望が浮かぶ。
「君は私や聖女様を何だと思っている。騙されてなどいないが?」
「…へ?」
「我らは聖女様を共有する兄弟であり、お互いを高め合う同志でもあるのだ」
フィリクスはロザリアが提示した写真をじっくりと見つめてから、騎士団長のエイベルを振り返った。
「エイベル、この位置取りは、まさに筋肉量と体格差のなせる業だな」
「恐縮です」
「私も鍛えればできるだろうか」
「もちろんです」
男たちはまるで思い出のアルバムを見るように、自分たちがどのように聖女を愛しているかを語る。
その様子を、聖女は美しいが感情のない目で見つめていた。
「そうだ。これを機会に、逐一記録に残すのはどうだろうか。改善点なども見つけやすくなるのではないか」
「名案です」
と、会場に魔法陣が現れ、ふわりと魔塔主のゼノが姿を見せた。
「私の写真はないのですか。まるで私が聖女様の愛を受けてないようではありませんか。心外です」
ゼノは、きっとロザリアたち「寝取られ令嬢」を睨む。
「アーセルム公爵令嬢、調査が足りないのではないですか」
「な…っ!?」
聖女を断罪してハイスぺな婚約者たちを取り戻すはずだったのに、なぜ婚約者たちは団結し、自分たちは叱りつけられているのか。
宰相候補が「納得いかない、というような表情ですね」と穏やかに笑った。
会場には、彼が聖女と唇を重ねている様子がでかでかと映し出されている。
「当たり前でしょう…っ!男女は一対で純粋な愛を育てるのが道理のはず…っ」
「しかし強いメスが多くの優秀なオスを侍らすのは、自然の摂理です」
「あなたたち…プライドや婚約者への愛はどこへやってしまったの!」
ゼノがふっと笑った。
「プライドなど何の役にも立たない。聖女様とつながることでいただける悦びの前では」
大神官が頷いた。
「左様。それに聖女様と肌を重ねることで、私たちは生物として一段上の存在になれる」
「それは、一体どういう…?」
「聖女様は対象に触れることで加護を与え、傷や病気を癒し、大地を育てます。しかし私は神殿の奥深くに保管されていた本で見つけたのです。もっとも効率がよく、もっとも強力な加護の与え方を」
――それが、聖女と肌を重ねることだった。
強大な神聖力を欲した大神官は先代の聖女ツバキを説得しようとしたが、彼女は拒んだ。
「その後、ふふ、不慮の事故で先代聖女様がお亡くなりになり、サクラ様が召喚されたわけですが…サクラ様はツバキ様と違い、ご自身の力を最大限に振るう重要性を理解し、我らに加護を与えてくださっているのです」
異世界に召喚されてすぐ、「大洪水で傷ついた人と大地を癒すために必要」「しなければ多くの人が死ぬ」と大神官に迫られた新しい聖女が、大神官の提案を拒めるはずもなかった。
そして彼女とつながった大神官の「覚醒」とも呼ぶべき力の増加に驚いた騎士団長や魔塔主たちも、「国を守る力を得るため」「神聖力と魔力の掛け合わせによる増幅を調べるため」とその輪に加わっていく。
聖女に「あなたが我々に力を与えることで、この国の平和が保たれている」「やめれば、多くの人が死ぬ」と囁きながら。
「そして私は、わが国でもっとも優秀な男たちの中に加わりたいという思いで、聖女様のおそばにいる」とフィリクスがロザリアに告げる。
「強いオスが強いメスに惹かれるのは当然だろう」
「なんの不利益もない。理解力のない婚約者がうるさい以外は」
男たちは肩をすくめる。
「聖女様とつながることは、必要で必然だと…おっしゃりたいの…?」
「その通り」
「でもそんなの…っ!寝取られた側はどうなるのよ!裏切られて、捨てられて、国のために我慢しろと!?どれだけ馬鹿にすれば気が済むのよ!」
「馬鹿にしているというか、明確にレベルが違うのですよ。だってあなたたちは聖女様ではないでしょう?」
聖女は強大なメスであり、他のメスから奪い取った優秀なオスを従える。
聖女ほどの力も魅力ももたないメスは、指を咥えて妬ましく見ているか、ハーレムに入れない落ちこぼれのオスを捕まえて番とするしかない。
「それが自然の摂理だと…?力をもたないメスの運命だと…?」
ロザリアが膝をつき、縋るようにドレスを握りしめる。フィリクスが「君に似合う」と言ってくれた色のドレス。
今となってはそれは、見向きもされないメスが必死に広げる羽根のようなものだった。
「ロザリア、我々は聖女様に子を産ませるつもりはない。だが跡継ぎのための腹は必要だ。君がその役割を拒むなら…婚約破棄を考えよう」
ただの、跡継ぎのための腹だと言うの。
――違う、そんなはずはない。公爵令嬢たる私が。あんなに殿下に大切にされていた私が。
そう思いたかったのに、フィリクスも、大神官も、騎士団長も、誰一人として自分を見ていない現実が、それを許さなかった。
聖女だけが、彼女に静かに歩み寄る。
じりっと後ずさりしようとしたロザリアの耳元に屈みこみ、彼女は囁く。
「ロザリア様、あなたは私にはなれない」
その顔は相変わらず、可憐なつくりに不釣り合いなほど無表情だ。
「わ、私を見下して…っ!勝利宣言のつもり…っ!?」
「いいえ」
「ただ…私もまた、あなたにはなれないと伝えたくて」
その声にあるのは、ひび割れた心から漏れ出すような、孤独。
「誰か一人と愛を囁き、育て、その人だけを見て笑う。そんな未来は、もう私には訪れない。もう私は…あなただったころには戻れないの」
ロザリアが顔を上げる。聖女と目が合う。その唇が、一瞬だけ歪んだ。
「…羨ましいわ」
サクラの後ろには、力を求めてサクラに手を伸ばす、狂信的な男たち。
「聖女様、今夜は私と」
「いや、さっきの写真で改善点が見つかったから、私も試したい」
彼女を囲い、奪い合い、それでいて誰一人として彼女の心は見ていない。
聖女は我先にと彼女の愛を求める男たちに囲まれながら、最後に一度だけロザリアを見る。
「婚約者を失ったとしても、あなたは自分の心を失わない」
男たちに腰を抱かれ、手を引かれながら。
「どうかそれを、忘れないで」
驕り高ぶって色欲に溺れるハーレムの女王なんかじゃない。
ロザリアにはその姿が、生贄に見えた。
◆
王宮の奥へと消えていく彼らを見送った夜会の参加者たちが、徐々にざわめきを取り戻す。
「何とかして俺もハーレムに入れていただけないだろうか?」
「金を積めばいいのか?金ならいくらでも…」
「私たちは、力のないメス…だから婚約者を奪われて当然…」
「どうやったら聖女様のようになれる…?なりたい、なりたい、妬ましい…」
寝取られ仲間の声に、ロザリアははっと振り返る。
「違うわ、皆様!違うの…!ハーレムの女王が幸せとは限らないの!」
「この国で最高の男たちに毎夜愛されて、幸せじゃないなんてある?」
「ロザリア様、負け惜しみにしか聞こえませんわ」
「違うわ!聖女様は…サクラ様は一度も笑顔を見せられなかったでしょう?幸せだと思う?」
誰も答えない。誰にも届かない。
義父になるはずだった国王に目をやると、その目は「国益のためだ」と告げていた。
ああ、サクラ様。
これがあなたの見てきた世界なのですか。
《婚約者を失ったとしても、あなたは自分の心を失わない。どうかそれを、忘れないで》
私はぎゅっと唇を噛む。
爪が手のひらに食い込む。
「ええ、サクラ様…ええ」
――狂った世界で正気を捨てないことが、あなたの痛みを忘れないことが、どれほど辛く、孤独でも。




