33話:大地の里
数日ぶりに戻ってきた独立商業区は、変わらぬ喧騒と活気に包まれていた。
「フィーナ、独立商業区は初めてだったっけ?」
「はい。アル・プラドもそれなりに賑やかでしたけど、こちらは桁違いですね」
広場を見渡しながら、フィーナが感心したように言う。
「この中で大地の里の行き方を聞くのは……ちょっと骨が折れそうだな」
「そういえば、ティアさんは先に向かってるんですよね? 何か道筋とか、聞いてないんですか?」
フィーナに問い返され、俺は言葉に詰まった。
「あ、うん……その時は行くかどうかも分からなかったし、えっと……何も聞いてないです」
フィーナはあからさまに呆れた顔をした。
「ティアさんに会いに行くかもしれないのに、行き先も確認してないなんて……ユーマ、薄情すぎます」
なぜか、怒っている。俺は素直に頭を下げた。
「はい、ごめんなさい……」
気を取り直して、俺たちは情報が集まりそうな中央広場へと向かった。
広場は港以上の人混みで、露店やら大道芸やら、あらゆる騒がしさが一箇所に集まっていた。華やかな匂いと喧騒の渦に飲まれそうになりながら、俺たちは土産物屋の店主に話を聞く。
「大地の里への行き方を知ってる人をご存じありませんか?」
俺の問いかけに、陽気そうな店主のおじさんは笑いながら答えた。
「大地の里? 兄ちゃんたち、あの里に刃物でも買いに行くのかい? なら、街の北門から道なりに行けばすぐだよ!」
(え? そんなに簡単に? ティアは“隠れ里”って言ってたはずなんだけど……)
「……他に“大地の里”って名前の場所、いくつもあったりしません?」
俺が確認すると、おじさんは怪訝そうに首をかしげた。
「おかしなこと聞く兄ちゃんだな。大地の里はひとつきりさ、昔っからずっと同じ場所にあるよ。それより、なんか買っていかないかい?」
「あ、じゃあ……そこの木彫りの魔除け、ひとつお願いします」
勢いに押されて、つい口が滑ってしまった。別に欲しかったわけじゃないが、おじさんの勢いに逆らえなかった。
「ユーマ……お金持ってないのに、また無謀な買い物してますね」
フィーナが溜め息をつきながら、がま口から銅貨を数枚取り出してくれた。
「あ、ありがと……」
財布事情が苦しすぎる。どこかでお金を工面しないと、このままでは俺、本当にただのひも男じゃないか……。
(何か、こう……お金になりそうなものはないだろうか。ユニオンソードや大地の炎刀を売るなんて選択肢は、ありえないけど)
そんなことを考え込んでいると、フィーナが声をかけてきた。
「ユーマ、何をボーッとしてるんですか? 早く大地の里に向かいましょう!」
「あ、いや……お財布をずっとフィーナに任せきりなのは良くないなと思ってさ。せっかく商業の街にいるんだし、何か売れるものないかなって……」
「それなら、ユーマの二重底トランペットケースなんてどうです? 好事家には案外ウケるかもしれませんよ」
「あー、もうカモフラージュの必要もないしなあ。簡単な剣でも錬成しておけば、それっぽく見えるかも!」
「でも、さすがに勝手に路上販売はできませんよね。質屋か何かで買い取ってもらうのが無難じゃないですか?」
「そうだな。……よし、質屋を探してみよう」
俺たちは、街の警備兵に教えてもらった質屋の前に立っていた。
建物は石造りで、見た目はちょっと物々しい。でも、掲げられた木製の看板にはしっかりと「質」の文字が大きく彫られている。
「ごめんくださーい」
俺たちは少し緊張しながら、そろりと扉を開けて中に入った。
店内には、ところ狭しと骨とう品や古びた武器が並べられている。正直、何がどう価値があるのかよくわからないものばかりだ。
奥へ進むと、カウンターの奥に鋭い目つきの老人が座っていた。目が合った瞬間、こちらを値踏みするような視線が飛んでくる。
「買うのか、売るのか。どっちだ」
声音もぶっきらぼうで、愛想のかけらもない。
「あの、買い取ってもらいたいものがありまして」
「……背中の剣と、腰の刀はダメだ。うちの資金じゃ買い取れん」
「ああ、その二つじゃなくて、こっちです。このトランペットケースなんですが、実は二重底で……中に剣が二本入ってます」
俺はケースを開き、錬成した剣を見せる。
老人は黙ってそれを手に取り、ケースの作りや剣の造形を細かく観察しはじめた。その眼差しは鋭く、一目見ただけでユニオンソードと大地の炎刀の価値を見抜いた時と同じ本気度だ。
「……銀貨五十枚だな。ケースが十、剣一本二十で二本で四十。お前、武器商人か何かか? ずいぶん腕のいい品だったぞ」
「あ、いえ……ちょっと東方で鍛冶の修行をしたことがありまして」
「ほう、東方鍛冶か……なるほどな。納得だ。まあ、うちとしても悪くない買い物だった。ほかにも売りたいもんがあったら、また持ってこい」
ぶっきらぼうな口調はそのままだったが、最初に比べれば少しだけ柔らかくなった気がした。
「ユーマ、結構いい値で売れましたね!」
「ああ、うん。錬成で作った剣一本で銀貨二十枚なら……刃物革命起こせそうな気がしてきた!」
「ユーマ! 調子に乗ったらダメですよ! 普通に鍛冶で生計立ててる人を軽んじるなんて、絶対いけません!」
「そ、そうだよね……そもそも俺たちの目的は、大地の里に行くことだし」
「そうです。そのための路銀も整いましたし、さあ出発しましょう!」
俺たちは商業区の北門を抜け、街道を歩いていた。
想像以上に整備された道で、時折商人の馬車とすれ違う。
変わったところといえば、東方の剣士らしき人物が街道を利用していることくらいだ。大地の里で刀を買うのかもしれない。そういえば、街の警備兵も東方様式の刀を差していた。もしかすると、街道の警備も兼ねているのだろうか。
「長閑な道ですね、ユーマ。少し緊張が解けます」
「確かにな。なんかずっと、追われたり逃げたりばかりだったもんな。こうして平和に街道を歩くなんて、久しぶりだ」
そんなことを話していると、やがて目的地――大地の里が見えてきた。
里の入り口には大きな看板が立っていて、「ようこそ刃物の里へ!」とフレンドリーな文句が書かれている。
「……ずいぶん開かれた雰囲気なんですね」
「聞いてた話と、だいぶ違う気がするな……」
予想外に明るい空気だったが、里のあちこちから鍛冶屋の煙突の煙が立ちのぼり、金物屋も立ち並んでいる。少なくとも、〈刃物の里〉という看板に偽りはなさそうだった。
「いらっしゃい! 大地の里へようこそ! 刃物をお探しかい? それとも日用金物かい? どれもこれも、品質は大陸一だよ!」
入口から少し進んだところで、陽気な鍛冶屋の店主が声をかけてきた。
「あ、いえ……ちょっと、知り合いに会いに来ただけでして」
その明るく勢いのある声に、思わず少し気圧される。
「そうかいそうかい。……それにしても、兄さんが持ってるその刀と剣、すごい仕上がりだねぇ! まるで専用魔剣じゃないか。いったいどこで手に入れたんだい?」
「え、あの、偶然拾っただけで……よくわからないんです、はい」
俺はあわててごまかし、その場を早足で離れる。
「ユーマ、今の店主さん……すごい勢いでしたけど、大地の炎刀とユニオンソードの価値を正確に見抜いていましたね」
「あ、確かに。“専用魔剣”なんて単語、普通の人は使わないよな。ディランさんみたいな本物の鍛冶屋でもなければ」
「……どうも、この里、見た目ほど単純じゃなさそうですね。ティアさん、どうしているでしょうか。探さないと」
「そうだな。ここの事情も、先に来てるティアに聞くのがいちばん手っ取り早そうだ」
そうして近くの金物屋で聞き込みをしようとしたとき――俺は一瞬、自分の目を疑った。
店番をしていた人物に、見覚えがあったのだ。
青みがかった銀色の髪。氷のように鋭い眼差し。どう見ても、ティアだった。
「ティア!? こんなところで、どうして店番なんかを……?」
こちらに気づいたティアは、驚愕の色を一瞬だけ見せたが――すぐにいつものクールな態度で、店番の姿勢を崩さなかった。
……ますます、大地の里の謎が深まっていくのだった。
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