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32話:船旅2

 俺たちは《嘆きの断崖》の船着き場に到着した。


 断崖を飛び降りたとき、フィーナの叫び声がひときわ大きかった気がするが――まあ、生きてるし大丈夫だろう。


 ここはもう安全圏だ。ようやくフィーナを地面に降ろす。


「ユーマ! 今後は絶対、担いで走るのは禁止だからね!」


 降りるなり、フィーナの渾身の右ストレートが俺の脇腹に直撃した。


「いって……いやでも、ほら。あれが一番効率的だったし、聖剣士たちの包囲網も突破できたし……」


「それでもダメ! 二度とあんな思いはしたくないの!」


 どうやら《ユニオングリーヴ》の疾走は、フィーナの神経に相当こたえたらしい。


 そんなやりとりの最中、軽やかな足音が近づいてくる。


「ん~思ったより早い帰還だけど……いきなり夫婦漫才とはね」


 カンナが肩をすくめながらニヤニヤと近寄ってきた。


「出発したときは一人だったのに、戻ってきたら可愛い子を連れてるとは……ユーマ、アンタ女たらしだねえ~」


「え!? ち、違うって! フィーナは昔からの知り合いで、今回の潜入にも協力してくれた仲間なんだ!」


 俺は慌てて否定する。


「そうです。ユーマとは発掘協会の頃からの知り合いなだけで……そんな、夫婦だなんて……」


 フィーナも顔を赤らめながらか細い声で言う。


 ……いや、なんで赤くなってんだフィーナ?


「そ、それより。《ユニオングリーヴ》と共鳴したとき、最後の鎧の場所が分かったんだ。ティアが向かった“大地の里”にあるらしい」


「ふうん、大地の里ってことは、独立商業区を通る必要があるってわけか。でもさ、行きがけにあたしたち巡視艇を沈めちゃってるでしょ? 今度は本気の軍艦が出てくるかもね~」


「帝国の軍艦……」


 俺は思わず息を呑んだ。戦場であれと鉢合わせれば、並の兵装じゃひとたまりもない。


「まあでも安心しなって! 海刃丸は昔、軍艦相手にも張り合ってた船なんだ。そこにユーマのすごい防御と攻撃が加われば、なんとかなるさ!」


「行きみたいにのんびり景色を楽しむ余裕は、教会領を抜けるまでだよ。気ぃ引き締めていこう!」


「え、でも教会の巡視艇は追ってこないのか?」


「ん~教会の海戦力はあんまり期待できないのさ。入り口を守るのには必死だけど、出てく相手をいちいち追いかける余裕はないらしいよ」


「なるほど……」


「聖剣士の育成に全力を注いでますから、海戦の方はどうしても手薄になるんでしょうね」


 フィーナが補足してくれた。


「よっしゃ、それじゃあ帰りの船旅といきますかね! 二人とも、乗船してくれ!」


 カンナの元気な掛け声に促され、俺たちは海刃丸に乗り込んだ。


 何度乗っても、海刃丸の速さには驚かされる。まるで海の上を滑る風のようだ。


「カンナさん、この船、本当にすごいですね。こんなに速い船、初めて乗りました!」


「ああ、海刃丸は大陸一速い船だからね! 当然さ! しかも操船はほとんど自動化されてる。ご先祖様たちには頭が上がらないよ!」


「だからカンナさん一人で操縦できるんですね」


 フィーナは感心しきりの様子だった。


 海刃丸は順調に教会領を抜け、帝国の支配海域へと進む。


 ここからは、今までの穏やかな航海とは違う――俺は自然と気を引き締める。


 プワァーン!


 けたたましいサイレンが響いた。敵意のある存在――帝国の船か?


「ユーマ! でっかい反応が二つ! たぶん帝国の軍艦だ! なるべく避けて進むけど、こっちが探知できてるってことは、あっちも気づいてる可能性が高いよ! 警戒して!」


「ああ、わかった!」


 「――いや、ちょっと待って……ユーマ、何かおかしい! 二つの反応がぶつかり合ってるような……あれ、もう戦闘になってるかもしれない!」


 俺は備え付けの望遠鏡を手に取り、異変のあった方角をのぞく。


 ――片方は、確かに帝国の軍艦。だがもう一方は……でかいハサミ!? 


「カンナ! 軍艦が化け蟹様と戦ってる!」


「はあ!? なんでこんな場所に化け蟹様が!? 望遠鏡貸して!」


 カンナは望遠鏡を覗き込み、目を凝らす。


「……うん、間違いない。化け蟹様だ」


「だろ!? 理由はよくわからないけど――」


「理由なんかどうでもいいよ! あんな海上の大決戦に巻き込まれたら、海刃丸だってひとたまりもない! 逃げるよ、全速力で!」


 カンナは即座に操縦を切り替え、速度を上げて戦域からの離脱を図る。


 俺たちは化け蟹様と軍艦の激突を横目に、全力でその海域から逃げ出した。


 遠ざかる背後で、帝国の軍艦が――巨大なハサミに叩き潰され、沈んでいくのが見えた。


「あの……こんな時に聞くのもどうかと思うんですけど、化け蟹様って何ですか?」


 フィーナにとっては当然の疑問だった。


「ん? ああ、化け蟹様ってのはね、東方の海に時々現れる、とてつもなくデカくて強い蟹のこと。――いや、ユーマ曰く、脚が少ないからヤドカリらしいんだけど、とにかくスゴい海の化け物なんだ」


「以前、東方航路を塞いでたことがあってね。ユーマたちと協力して追い払ったんだけど……あの様子を見る限り、あの時は本気じゃなかったみたいだねぇ」


「ああ。俺が吹き飛ばしたハサミも、ピカピカに治ってたし。そもそも軍艦がまるでおもちゃだった……」


「そ、そうなのね……私たち、そのハサミの恨みに襲われなくて本当によかったわ……」


 フィーナがぽつりと呟く。


「聖都の教えにも、あんな規格外の生き物の記述はなかったし……本当に、世界は広いのね」


 俺たちは海の上で起こった異常な光景に、ただただ言葉を失っていた。


 海の上での出来事が、まだ頭から抜けきってはいなかったが――

 それでも、快速で飛ばした《海刃丸》は、独立商業区の港に無事到着した。


「あ~、色々あったけど、無事に着いてよかったね!」


 カンナがからっとした声で言う。


「まあ……確かに、信じられないものは見たけど、戦いにならなかったのは幸いだな」


「化け蟹様に感謝しても、いいかもしれませんね」


 フィーナがとんでもないことを言う。


「ハハハ! 確かに、あたしたちにとっては幸運だったかもね!」


 カンナが笑い飛ばす。


「さてさて、船乗りのあたしの出番はここまでだよ。ここからは二人で、大地の里を目指してがんばるんだよ!」


 そして、くすっと笑ってこう付け加えた。


「それからユーマは、ティアに刺されないように注意するんだよ! ハハハ!」


「いやいや、ティアはそんな理由もなく刺したりしないって……」


「ん~? ん~……こりゃダメだ。フィーナには同情するよ~」


「ふふっ。そこが、ユーマのいいところですから」


 フィーナは苦笑しながら、頬をぽりぽりと掻いた。


「カンナ、危険な航路を往復してくれて本当に助かった。お前が困ってたら、俺も絶対に力になるよ」


「あー、いいのいいの。あたしも好きでやってることだからね! でもそっちこそ、船が必要になったら、またカンナ様に会いに来るんだよ?」


「ああ、必ず。船が必要になったら、真っ先に相談するよ」


「じゃあ、気をつけてな~!」


 俺たちは《海刃丸》を降り、独立商業区へと足を踏み入れる。


 背後では、カンナが俺たちの姿が見えなくなるまで、両手でぶんぶんと手を振っていた。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!

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