30話:筆頭聖剣士
「そんな変装で、聖都に紛れ込めるとでも思ったか?……邪剣の徒よ」
周囲を囲む聖剣士たちの中で、ひときわ威圧感を放つ男が静かに口を開いた。
重く張りつめた空気の中、フィーナが息を呑むように叫ぶ。
「ザイン兄さん!? どうしてここに……!」
――ザイン。フィーナの兄であり、聖剣士の筆頭。
なるほど、あの堂々とした佇まい。納得だ。
「ふう……フィーナ。巡回治癒士になって、少しは落ち着いたと思っていたんだがな」
ため息まじりに、しかしその眼差しは鋭い。
「まあ、結果的には良かった。まさかお前が自ら、邪剣の徒を聖都の奥深くまで誘導してくれるとはな……。こちらとしては、逃さぬよう囲む手間が省けたというものだ」
――誘導? まさか、フィーナを囮に使うつもりだったのか。
「兄さん、それは違う! ユーマは邪剣の徒なんかじゃありません! 確かに魔剣を持っているけど、彼は……とても善い人です!」
フィーナが必死に訴える。
だが、ザインはその言葉を静かに遮った。
「フィーナ……。聖剣以外の剣は、すべて邪剣だ」
冷徹な声。そこに迷いはなかった。
「そこに携える者の人間性など、関係ない。剣が禍を招く。だからこそ、我々は断ち切る。……それに彼は、帝国からも指名手配を受けている重罪人だ。裁かれねばならぬ――その運命から逃れることはできん」
「……それでも、あんたたちのやり方は、間違ってる!」
胸の奥から込み上げる言葉が、怒りと共に口を突いて出た。
「魔剣士を――邪剣の使い手を、ただ迫害するだけじゃ、何も解決しない! 来るべき『災厄』には……聖剣の力だけじゃ絶対に、立ち向かえないんだ!」
静まり返る周囲。だが、構わず言葉を続けた。
「古代の七剣士たちは、そうじゃなかったはずだ! 彼らは流派の違いを越え、剣を交え、理解し合い、そして共に――この世界を守った! なのに、どうしてあんたたちは、その力を拒絶するんだ!」
全てをぶつけるように叫ぶ俺に、ザインは一拍の沈黙の後、低く冷ややかに応じた。
「……戯言を」
その言葉は、切り捨てるように鋭かった。
「古代の英雄譚に、お前のような小僧が何を語る。伝承を都合よく解釈するな」
そして彼は、まるで教義を読み上げるように、淡々と告げる。
「我らが守るべきは、教会の秩序。そして民の平穏。そのために、我々はあらゆる『異物』を排除する。迷いなどない。……それが、聖剣の在り方だ」
「わからずやが!」
怒りが、熱となって全身を駆け巡る。俺はその激情を力に変え、全身を縛っていた〈一斉縛封〉に、聖魔力をぶつける。
――聖と邪、相反するはずの力が、俺の内で一つになって渦を巻いた。
黄金のオーラが俺の身体を包み込み、聖なる鎖を内側から打ち砕いた。
パリーン――!
「馬鹿な! 複数人の聖剣士によって構築された〈一斉縛封〉は、並の聖剣士でも解除は困難なはず……!」
「なぜだ!? 邪剣の徒が……聖魔力を漲らせるなど、ありえぬ……!」
動揺の声が周囲から次々と上がる。
だが、ザインは叫んだ。
「狼狽えるな! 邪剣の徒を無力化せよ!」
号令と同時に、四人の聖剣士が一斉に動いた。連携された剣戟が俺に襲いかかる。
だが――遅い。
風の理が、俺に力の流れを教えてくれる。聖剣士たちの動きの軌道が、風のうねりとして見えるのだ。
その流れの外側を取る。まるでそこに俺が存在していなかったかのように、彼らの剣は空を切った。
一瞬の隙。俺は体勢を崩した一人の聖剣士に、紫電の魔力を叩き込む。電光が迸り、その男は昏倒した。
「くっ……!」
他の聖剣士たちが再び構えるが、もう遅い。俺の身体はすでに、風・炎・雷・氷・大地・聖――複数の理を同時に操れるまでに至っていた。
この数秒のうちに、残る三人もまた、次々と地に伏せられていく。
静寂が辺りを包んだ頃には、俺の周囲に立つ者はいなかった。
(馬鹿な……! 精鋭の聖剣士たちが、これほどまでに易々と倒されるとは……。それに、あれは――あれは間違いなく邪剣の技。なのに、聖魔力と共存しているだと!?)
(あり得ぬ……! 聖剣技は、唯一にして絶対の清浄なる力。他の魔剣技は、世界を乱す、不純な邪剣の系譜――聖と邪が交わるなど、あってはならぬはずだ!)
(認められるものか……! 認められるものか!! この男は、ここで必ず絶やさねば――!)
――ガシャン!
響き渡るガラスの破砕音。ザインは展示ケースを自らの手で破壊し、中から《ユニオングリーヴ》を掴み取った。
聖遺物がまばゆい光を放ち、まるで呼応するようにザインの足へと装着される。
「ザイン兄さん!? 聖遺物に、なにを……!」
フィーナの叫びが上がる。
「……このままでは、あの邪剣の徒に《聖なる足鎧》を奪われる! それだけは、絶対に防がねばならんのだ、フィーナ!」
怒気と焦燥を滲ませるザインの声。その全身から、凄まじい聖魔力があふれ出す。元より教会随一の実力を持つ男――そこへ聖遺物の力が加わり、その魔力はさらに暴走めいた膨張を遂げていた。
俺は床に落ちていたトランペットケースから《大地の炎刀》を抜き取る。柄を握る指先に力を込め、あえて――聖剣技の構えを取った。
「ザインさん……あなたのその考え、あなたと同じ力で、正面から砕いてみせます」
「ふざけるなぁ!! 邪剣の徒よ……貴様のような者が、我らと同じ“聖剣技”を使うなど……どこまでも、愚弄してくれる!!」
聖なる光と、もう一つの聖なる光が激突する。
《ユニオングリーヴ》に増幅されたザインの一撃と、俺の聖剣技が交差したその瞬間――
戦場に、眩い閃光が弾けた!
強化されたザインの聖剣技が、次々と俺に襲いかかる。
その一撃一撃は、強化されていなくても恐ろしく正確で重く、正面から受ければ一撃で沈むだろう。
だが――見える。
その太刀筋、力の波に飲まれそうになりながらも、隙間は確かに存在していた。
キィンッ!
剣を受け流し、体勢を崩したザインに、大地の炎刀で反撃を浴びせる。
「ぐっ……!」
呻きながらも、ザインはすぐに聖魔力で傷を癒し、再び間合いを詰める。
その攻防が、幾度も繰り返された。
(……ザインさんはフィーナの、たった一人の家族だ。俺が、彼女の大切な人を本気で傷つけていいはずがない……)
(でも、俺の聖剣技じゃ攻撃力が足りない。ザインさんを止めるには、決定打が……)
(いくら《ユニオングリーヴ》で強化されていても、ザインさんも人間だ。魔力切れを狙うしかない――!)
俺は膠着状態の維持に集中する。防御と受け流しに徹し、時間を稼ぐ戦い方だ。
一方で、ザインも膠着に気づいていた。
(このままでは、邪剣の徒を討ち果たせぬ……ならば、命を賭してでも――!)
ザインは一歩引き、構えを変えた。
「……まさか!」
その瞬間、俺の頭に声が響く。ユニオンソードの記憶――ヨハンの声だ。
『あれは《極限変換》。己の生命力を魔力に変換し、敵に叩きつける捨て身の奥義だ!』
『あの男が命を燃やせば、周囲一帯が無事で済むはずがない!』
「くっ……!」
「うおおおおおおお! 邪剣の徒よ、滅び去れぇぇぇ!!」
ザインの剣が輝き、巨大な光の柱となって天へと伸び――そして、俺めがけて振り下ろされた!
シュゥン――。
だが光の柱は、爆発することもなく、まるで最初から存在しなかったかのように、静かに消滅した。
「《凍絶盾》……」
それは氷剣術の究極奥義。絶対零度の理に支配され、あらゆるエネルギーの運動を「停止」させる不可視の結界。
《ユニオンアーム》によって増幅・強化された《凍絶盾》は、ザインの《極限変換》が放った力の奔流すら、完全に打ち消していた。
「ば、馬鹿な……」
ザインは、信じられないものを見たかのような目で光の消えた空間を見つめ、そのまま《極限変換》の反動で崩れ落ちた。
「兄さん!」
フィーナが駆け寄り、懸命に治癒魔法を施す。
だが、ザインの生命力はどんどん失われていく。
「兄さん、お願い、目を開けて……!」
フィーナの悲痛な叫びが展示の間に響いた。
俺はトランペットケースから《ユニオンソード》を取り出し、静かに告げた。
「フィーナ、《極限変換》には同じ力でしか癒せない。俺の魔力も合わせる」
「ユーマ……!」
フィーナは頷き、俺の手を取った。そして、二人でザインに魔力と生命力を流し込んでいく。
やがて、ザインの顔色がわずかに戻り、目を開いた。
「……私は、死ななかったのか。《極限変換》で失った命は、本来……」
呻くように呟いたザインは、ゆっくりと俺を見る。
「ユーマ……君は、私を超えた聖剣技の使い手なのだな」
その表情には、かつてのような険しさはなく、晴れやかさすらあった。
「聖なる足鎧は……君が持っていってくれ。おそらく、本来の装着者は君だ。そして……フィーナのことも、頼む」
ザインは、どこか遠くを見るような目で続けた。
「私は、自分の信じる『正義』に固執するあまり……本当に守るべきものを見失っていたようだ。だが、君のおかげで目が覚めた」
「私も、私なりの方法で『災厄』に備えよう。教会の古文書を調べ、聖剣技にまだ眠る可能性を探ってみるつもりだ」
そして、力なく苦笑した。
「だが私は、聖遺物を私用に使い、邪剣の徒に敗れた『失態を犯した聖剣士』だ。いずれ、筆頭聖剣士の座も解かれるだろう」
「だから、これ以上君たちの追っ手を止めたり、聖都での自由を保障してやることは……もうできない。すまない」
「ザインさん……」
そのとき――
ガシャガシャガシャ!
騒ぎを聞きつけた聖剣士たちが、次々と展示の間へと駆け込んできた――。
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