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28話:巡回治癒士

 海刃丸を降りた俺は、目前にそびえる断崖を見上げていた。


「……これ、普通は登ろうなんて思えないだろ」


 入り江の奥、複雑に入り組んだ波間の先にあるその岩壁は、まさに“嘆き”と呼ぶにふさわしい絶壁だった。

 垂直に切り立った断崖には、手がかりになりそうな出っ張りも少なく、鍾乳石のような突起が点在してはいたが、それも風雨で磨かれたように滑りやすそうだ。


 探索者だった頃の俺なら、挑む前に引き返していただろう。

 だが、今は違う。


 足場がなければ、大地剣術で作ればいい。

 吹き上げる風も、今の俺にはその流れがはっきりと見える。

 風の渓谷で鍛えられた身体と感覚があれば、この程度の風はそよ風も同然――障害にすらならない。


「行くか」


 俺は足元から順に、錬成で岩の足場を伸ばしていく。

 風を読み、身を預け、地を蹴り、また次の足場へ。

 断崖を駆け上るその身は、まるで風そのものだった。


 数分後、俺は断崖の上に立っていた。軽く息をつき、身体の調子を確認する。


「……だいぶ力の制御も板についてきたな。さてと」


 見晴らしのいい断崖の上。だが、聖都らしき建物は見えなかった。

 代わりに、遠くにぽつんと立つ、小さな教会と数軒の民家が目に入る。


 俺は変装用の燕尾服を取り出し、身に纏う。

 トランペットケースの中には、大地の炎刀とユニオンソードを忍ばせた。

 まずは情報収集。あの村で、手がかりを探るとしよう――。


 村の様子は、かつての自分の故郷と大して変わらなかった。

 違いがあるとすれば、村の中心に堂々と構えた大きな教会だろうか。このあたり一帯が聖光謙教会の領地だということが、見ただけでひしひしと伝わってくる。


 教会前の広場は村人たちの憩いの場になっているようで、ちらほらと人影が見えた。


(さて……聞き込み開始、だな。芸術家っぽい雰囲気で行ってみるか)


 俺は軽く咳払いをしてから、近くにいた中年の村人に声をかけた。


「そこの方、僕は聖都を目指す音楽家なんだが……この村からはどちらの方向だろうか?」


 村人は少し目を細めて俺を見つめると、笑いながら答えた。


「ん? 兄ちゃん、聖都を目指してるのかい? だったら村の北側の道から出て、まっすぐ進みな。迷いようがないよ。……にしても、なんだか珍妙な格好してるな」


(えっ!? この格好、完璧な芸術家スタイルだと思ったのに……!)


 思わずうなだれかけたそのとき、不意に懐かしい声が耳に届いた。


「ユーマ? ユーマでしょ? こんなところでなにしてるの?」


 名前を呼ばれ、驚いて振り向く。

 そこに立っていたのは、アル・プラドで別れた――見慣れた少女の姿だった。


「フィーナ……? なんでこんなところに? 教会領だろ、ここ。まさか、発掘協会は辞めたのか?」


 彼女は少し微笑んで言った。


「まあ、積もる話はこっちでしましょう」


 そう言うと、教会脇に設けられた簡素な休憩小屋のほうへと歩き出す。

 その背を見ながら、俺は複雑な気持ちを胸に後を追った。


「まずは私から話すわね」


 フィーナは静かに口を開いた。


「発掘協会の治癒士って、実は教会領からの派遣制で任期が決まってるの。任期が終わると、更新するか、教会に戻るか選べるのよ」


「へえ、そうだったんだ」


「アル・プラドであなたを回復させたとき、私、倒れそうになったでしょ? あの時、自分の力不足を痛感して……だから教会領に戻って、巡回治癒士として修行し直すことにしたの」


「なるほど……」


「じゃあ今度はユーマの番ね。なんで教会領に、そんな奇抜な格好で現れたの?」


「え? やっぱこれ変か……? 完璧に音楽家になりきってたつもりなんだけど……」


「髪はボサボサだし、歩き方からして完全に剣士そのものよ」


「うっ……痛いところ突くなぁ……」


「で、どうしてここに?」


「フィーナも知ってると思うけど、俺、今は帝国に指名手配されててさ」


「ええ、聞いてるわ。すごく心配してたのよ」


「……ありがとう。で、例の《ユニオンソード》なんだけど、あれには《ユニオンフレーム》っていう鎧がセットであって、そのうちのひとつのパーツが、この教会領にあるらしいんだ」


「それって……」


「《ユニオングリーヴ》って呼ばれてるらしいんだけど、フィーナ、心当たりない?」


「聖なる足鎧……。それなら、大聖堂に展示されてるのがそうかもしれないわ」


「マジで!? 助かる!」


「ちょっと待って、ユーマ、一人で行くつもり?」


「え? うん、そうだけど?」


「ダメに決まってるでしょ! その格好のまま行ったら、門前払い確定よ!」


「えぇっ!?」


「髪型、服装、姿勢、全部ダメ。あなた今、“私は剣士です!”って自己紹介しながら歩いてるようなものよ」


「そ、そんなに!?」


「それに単独行動なんて怪しすぎるわ。私と一緒に行きましょ。治癒士が付き添えば、教会も納得するし、芸術家って設定もそれなりに通用するから」


「でも……フィーナを巻き込むのは――」


「今度は絶対、置いていかせたりしないから!」


「……あ、はい。よろしくお願いします……」


 フィーナの巡回治癒士としての仕事がひと段落するのを待ち、

 その後、彼女の厳しくも的確な指導の下で、俺は髪型を整え、歩き方や服の着こなしも徹底的に直された。


 そして俺たちは――聖都へと向かった。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!

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