27話:海戦
ティアと別れた俺たちは、再び海刃丸へと戻ってきた。
甲板に出ると、カンナが広げた海図の上に身を乗り出し、真剣な表情で俺に語りかける。
「いいかい、ユーマ。ここからが今回の航海の本番だよ」
カンナの指が海図の一点をなぞる。
「独立商業区を出て南へ少し進むと、もう帝国の勢力圏に入る。巡視艇どころか、下手すりゃ軍艦と鉢合わせるかもしれない。気を抜いちゃだめだよ」
さらに指先は地図の西側へ。
「それから聖都の正面海域には、教会の警備船がひしめいてる。あたしたちはそこを避けて、南東にある“嘆きの断崖”の隠れ船着き場を目指すよ」
カンナの説明は的確で無駄がない。頼もしいというより、少し怖いくらいだった。
「それで、行きはいいとして……カンナはどうやって帰るんだ?」
俺が尋ねると、カンナは当然のように笑って言った。
「帰らないよ。ユーマを置いてくなんてできるわけないでしょ? 一週間は船着き場で待ってる」
「それ以上は待てないけどね。聖都から戻るのは大変だけど、こっちまで逃げ切るのはそこまで難しくない。だから、あたしのことは気にしなくていいよ」
カンナは俺の肩を軽く叩いた。
「それより、ちゃんと《ユニオングリーヴ》だっけ? 一週間以内に手に入れて戻ってくるんだよ!」
「ああ、もちろんだ」
俺が力強く返事を返すと、海刃丸は静かに独立商業区の港を離れた。
しばらくの航海は順調だった。俺は甲板の上で剣の型を繰り返し、魔力を練る鍛錬に励んでいた。風は穏やかで、波も静か。嵐の前の静けさのような、不思議な平穏があった。
──そして、日が傾きはじめたその時だった。
プワーーーーン!
甲高いサイレンが船内に鳴り響く。
「ユーマ!敵だよ! 数は……五隻! この魔力反応は、漁船じゃない、巡視艇だと思う!」
カンナの声が緊張に震える。だが彼女の手は冷静に舵を握っていた。
海刃丸は二百五十年前の戦争でも使われた元軍艦だ。高性能な魔導レーダーを備えており、敵の数や構成をほぼ正確に把握できる。
「五隻か……カンナ、さすがにマズいんじゃないか?」
「大丈夫! 巡視艇なら、海刃丸の方がずっと速いから追いつかれることはないよ! 安心して!」
そうは言っても、今の海刃丸には武装らしい武装がない。
「でも、万が一ってこともあるから……ユーマ、戦力補強は頼んだよ!」
やがて、巡視艇の艦影が視界に入る。前方の一隻が、魔導拡声器でこちらに呼びかけてきた。
「そこの未確認船! ここは帝国の領海である。不法な侵入を確認、直ちに転進せよ!」
「応じない場合、攻撃をもって応じる!」
だが、こちらにも止まれない理由がある。交信には応えず、航路を維持するしかない。
「警告はしたぞ。──ガトリング・プラズマジャベリン、用意! 撃て!」
巡視艇の甲板から、紫色に光る雷槍が次々と放たれた。
それは手持ちのプラズマジャベリンを連射機構で強化した据え置き兵器──ガトリング・プラズマジャベリン。
ビシュシュシュシュッ!!
「いきなり強力な兵装を使ってくるね! でも、それくらいじゃ海刃丸には当たらないよ!」
カンナは巧みに操船し、第一波の斉射を難なく回避する。
だが、その回避行動で速度が一時的に落ちた。その隙を突くように、巡視艇たちは包囲するように隊形を組み、一斉にガトリングを再発射!
ビシュ! ビシュシュシュシュン!!
「ちょっとこれは……避けきれないかも! 衝撃に備えて!」
「いや、カンナ──ここは俺に任せろ!」
俺は両手を広げ、瞬時に複数の氷晶壁を展開。
──パリン、パリン、パリン。
雷槍が次々と氷壁を撃ち砕くが、魔力にはまだ余裕がある。連続防御は十分に可能だ。
だが──このまま包囲されれば、いずれ突破される。
こちらの選択肢は、一つしかない。
「カンナ、このままじゃジリ貧だ。なんとか相手を一列に並べられないか?」
「一列に? 何をするつもりか知らないけど、やってみるよ! 海刃丸、フルパワー!」
カンナの掛け声と同時に、海刃丸が咆哮をあげるように加速する。敵の巡視艇が囲い込もうとしていた陣形を突き破り、海面を滑るように進んだ。
巡視艇も遅れじと速度を上げて追ってくるが、海刃丸の加速はそれを上回っていた。追撃の隊列が徐々に縦長に引き伸ばされていく。
──よし、狙い通り。
巡視艇は複数。だが、《蒼焔爆風》は威力が高すぎるし範囲が狭い。未完成だが、あの技を試すしかない。
俺は大地剣術の高速錬成で数十本の剣を空中に編み出し、そのすべてに雷剣術《紫電槍》を纏わせる。本来なら演算を加えて追尾機能を持たせる予定だったが、今の俺にはそこまで制御できない。
だが、真っ直ぐ飛ぶだけでも今の状況なら十分だ。
「ユーマ! 海刃丸の加速はここまでだよ! なんとかしてくれ!」
「任せてくれ!──《錬成雷尽》!」
紫電をまとった無数の剣が、空から雨のように巡視艇に降り注ぐ。
ズシャ! バチン! ズドン!
先頭を走っていた二隻が爆炎を上げて沈み始める。船体が黒煙を上げ、乗組員が海に投げ出された。
残る三隻の巡視艇は追撃を諦め、仲間の救助に回ったようだ。
「ふぅ……なんとかなったな」
「ユーマ、とんでもなくエグい攻撃できるんだねぇ……帝国のガトリング・プラズマジャベリンより物騒じゃん」
「いや、本来はあそこまで無差別に爆撃する技じゃなかったんだけどな……未完成だから制御が甘い」
「まあ、なんにせよ撒けたならよし! このまま一気に教会領まで突っ走るよ!」
日が沈み、星が空を覆っても、海刃丸は止まらなかった。波を切り裂き、夜の海を疾走し続ける。
──そして、ついに──。
「ユーマ! 見て! 南大陸の稜線が見えてきたよ!」
「よし……ここからが本番だな」
岩礁と潮のうねりの間を縫うように進み、海刃丸はやがて入り江の奥にある、古びた小さな船着き場へと辿り着いた。
「さて、到着っと! ここからは崖を登るしかないけど、ユーマなら何とかなるでしょ! 一週間以内に帰ってくるんだよ!」
「……ああ、必ず戻る」
俺はそう言って、海刃丸を降りた。
深夜の海風を背に、聖都への険しい潜入が、いま始まる。
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