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26話:独立商業区

 海刃丸は順調に航路を進み、ついに独立商業区の港へと到着した。


 ここでティアは下船し、俺たちと別れることになる。


 ほんのしばらくの同行だったとはいえ、彼女と過ごした時間は濃かった。別れ際の静けさが、妙に心に沁みる。俺は甲板の縁にもたれて、港に近づいていく風景をぼんやりと眺めていた。


 そんなとき、背後から声が飛ぶ。


「おいユーマ! 何そんなところでボーッとしてるの! さっさと下船準備しな!」


 カンナの元気な声に、現実へ引き戻される。


「え、あ……ここって独立商業区だよね? 聖都行きの荷物は西山港で積んだし、荷下ろしは水夫さんがやってくれるんじゃ……」


「ユーマ!」


 カンナが腰に手を当てて、ぐいっと詰め寄ってくる。


「変装して潜入するって言ってたでしょ! そんな“私は剣士です”って恰好のままで堂々と行けるわけないでしょ!」


 ……確かに。


 今の俺の格好は、赤茶の軽装鎧に手入れされたブーツ、腰にはしっかり剣帯までつけている。はたから見れば、どこをどう見ても「剣を振り回す気満々です」と言ってるようなもんだ。


「う、うん……言われてみれば」


「ったくもう……今からいい服買いに行くから! 荷物の整理もあるし、急いで準備して!」


 カンナの言葉に押されるようにして、俺は慌てて船室へと向かった。


 独立商業区の港は、まさに活気の塊だった。

 今まで見てきた西山港や淵平城とはまるで違う。人の数も熱気も、何もかもが桁違いだ。


 所狭しと並ぶ露店からは香辛料の香りや焼き物の煙が立ちのぼり、店主たちは勢いよく声を張り上げている。

 見慣れない装飾品に、色鮮やかな果物。中にはちょっとグロテスクな魚介類まで並んでいて、目移りが止まらない。


「はぁ~、すごい賑わいだな……。あれとか、美味しそうだな」


 つい、足を止めてしまいそうになる俺に、横から冷ややかな声が飛んできた。


「ユーマ。珍しいのは分かるけど、もう少し落ち着いたら?」


 ティアの淡々とした指摘に、ちょっと気まずくなる。


「いやあ、その……山育ちだから、どれも新鮮でつい……」


「ハハハ! ユーマは淵平城の時も、めちゃくちゃきょろきょろしてたよな!」


 カンナが楽しそうに笑いながら、肩を叩いてくる。


「いや、あの時は東方に来るのも初めてだったし、仕方ないって!」


「まあまあ、そういう“お上りさん”なところが、ユーマのいいとこでもあるしな!」


 にかっと笑うカンナは、すっかり馴染みの案内人みたいな顔をしている。


「――じゃ、目的の変装用の衣装、買いに行こうぜ! このあたりなら、あたし結構詳しいんだ。いい店、案内できると思うよ!」


 港町の通りを進み、少し細い路地へと入ったところで、カンナがぴたりと足を止めた。


「ここがあたしのおすすめの衣料店さ! 安くて品ぞろえが豊富。絶対、いい服が見つかるよ!」


「その……船に乗るときにも言ったけど、俺、手持ちが――」


「わかってるって! このカンナ様が支払いは全部持つから、安心しな!」


 俺が口ごもると、カンナはふんぞり返るように胸を張って言い放った。


「そ、それはありがたいけど、やっぱり申し訳ないというか……」


「細かい男だね! 化け蟹様退治した功労者なんだから、それくらいのお礼でチャラだよ」


「人の好意を何度も断るのは、かえって失礼よ、ユーマ」


 ティアが涼やかな口調で、すっと背中を押すように言ってくれた。


「……うん、じゃあ、お言葉に甘えて。音楽家っぽい服を探そう。二人とも見立て、手伝ってくれる?」


「もちろん構わないわ」


「最初からそのつもりさ。ユーマに任せたら、どんな変な服を選ぶか分かったもんじゃないしね!」


 二人とも快く応じてくれたのが嬉しかった。


「これなんかどうかしら?」


 ティアが最初に手に取ったのは、襟元から肩にかけて鳥の羽が豪華にあしらわれた上着だった。いかにも舞台衣装といった風情だ。


「ああ、うん……音楽家っぽいけど、ちょっと目立ちすぎるかも」


「そう、じゃあ他を探すわね」


 ティアは特に気にする様子もなく、次の候補を探しに店の奥へと歩いていった。


「ユーマ! これなんてどうだい? 楽士っぽいだろ!」


 次に現れたのはカンナだが、その顔には明らかに悪戯の色が浮かんでいた。差し出された服は――どう見てもピエロだ。


「カンナ! 絶対遊んでるだろ、それ!」


「え? バレた? だって、こんな時でもないとユーマで遊べないじゃん……」


「はぁ……頼むから真面目にやってくれ……」


 俺がげんなりしていると、ティアが三度目に選んできた服を持って戻ってきた。


「これならシンプルで落ち着いてるし、音楽家にも見えると思うんだけど」


 差し出されたのは深い紺の燕尾服。派手すぎず、かといって地味でもない。絶妙なバランスだ。


「この店にそんな普通の服があったとは……」


 悪ふざけに疲れかけていた俺は、まるで救いの一着に出会ったような気分だった。さっそく試着してみると、たしかに舞台に立つ楽士にも見えなくはない。


「うん、これにするよ!」


「もう決まりかい? もっと遊びたかったのにな……」


 残念そうなカンナが値札を覗き込む。


「どれどれ……って、ユーマ! これ超高級品じゃん!」


「いや、でも言っただろ? “カンナ様に二言はなし”って」


 そう言って俺が頭を下げる間に、カンナの財布から金貨が数枚、気前よく出ていった。


 ……これはもう、カンナには一生頭が上がらないな。


 変装用の服を買った俺たちは、そのままティアの「大地の里」までの旅支度を進めた。

 ティアはいつも通り合理的で、余計なものは買わない。飲食物と最低限の薬品だけで荷物はまとまった。


「ユーマ、聖都は危険だけど、必ず目的を果たしてきてね。私も、大地の里で何かを掴んでみせるわ」


 ティアの目には揺るぎない決意が宿っていた。


「ああ。ティアも気をつけて……それと、これ」


 俺はそっと、ペンダントを差し出した。

 氷の結晶を模した飾りをあしらった、質素な装飾品だ。《錬成》で作った、俺なりのお守りだった。


「……ありがとう。うん、嬉しい」


 ティアは少しだけ頬を赤らめ、小さく微笑んだ。


「なんだいユーマ、やるじゃないの」


 カンナがにやりと笑って割り込んできた。


「ん? もちろんカンナの分もあるよ。カンナには錨をモチーフにしてみたんだ」


「……は?」


 カンナは目をぱちくりさせたあと、深くため息をついた。


「いや、ありがとよ。気持ちは受け取っとく。でもな、今そういう流れじゃないでしょ、まったく……」


「……デザイン、気に入らなかった?」


「そうじゃないってば……ほんと、鈍いねあんたは」


 カンナは呆れながらも、笑みを浮かべていた。


「じゃあ私は、先に行くわ。お互い、無事だったら……また会いましょう」


 ティアは一転、凛とした声でそう告げると、背を向けて歩き出した。

 さっきまでの和やかな空気が嘘のように、彼女の姿はひどく遠く感じられた。


 ……俺は最後まで、胸の奥に残ったもやもやの正体がわからなかった。

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!

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