25話:船旅
西山港を出た海刃丸は、晴れ渡る空の下、鏡のように穏やかな海面を静かに進んでいた。
この船は、古代の技術と現代の魔導機構が融合した特別な航行船。高度な自動操船機能により、実際の操縦はほとんどカンナ一人で済んでいた。操舵室では、彼女が魔導盤を時折確認するだけ。まるで意志を持って進む生き物のように、海刃丸は迷いなく航路を進む。
目的地は独立商業区。淵平城に向かった航路とは違い、距離は遥かに長く、途中に寄港できる港も限られている。
俺はその時間を活かすため、船倉の一角で大地剣術の鍛錬と、ある“製作”に集中していた。
魔力を流し込んだ剣の素体に、大地の構えと炎の制御を重ね合わせる。呼吸を整え、意識を手元に集中していると――軽やかな足音が甲板から響いてきた。
「あら? 大地剣術の鍛錬かしら?」
振り向けば、ティアが陽光を背にして立っていた。風に揺れる髪と柔らかな微笑み。その視線は、俺の手元をじっと見つめている。
「そういえばユーマ、大地剣術もある程度使えるんだったわね」
「ああ。淵平城で出会ったディランさんっていう凄腕の大地剣士に、少し教わったんだ」
柄を握ったまま、思い返すように続ける。
「この“大地の炎刀”も、彼に創ってもらったんだ……いや、正確には“創らされた”ってところかな。素材や魔力の流し方なんかは自分で考えて、自分の手で形にしたんだ」
ティアは目を見開いて、刀身に見入る。魔鉱に封じられた紅の炎が、心臓の鼓動に呼応するようにかすかに揺らめいていた。
「……大地の里に向かう私には、とても勉強になるわね。ところで、今は何を作っているの?」
「聖光謙教会は、帝国以上に魔剣士への目が厳しいらしいからさ。だから、カモフラージュ用のケースを作ってるんだ」
「ユニオンソードと大地の炎刀を、綺麗に納められるケースを、ってわけ」
「でも形がバラバラだから難しいんだよね……」
俺が苦戦していると、甲板のほうから明るい声が飛んできた。
「ユーマ! ティア! あたしを仲間外れにして何してんのさ!」
「除け者になんかしてないよ。操舵は大丈夫なの、カンナ?」
「独立商業区までは既定の航路を辿るだけだから、自動操縦で問題なし! まあ、突然“化け蟹様”みたいなのが出たら別だけどね!」
カンナはからからと笑ってみせた。
「海刃丸って、本当にすごいんだな……」
俺は今さらながらに感心して呟いた。
「でしょ? で、なにやってんの?」
「ユニオンソードと大地の炎刀が、綺麗にぴったり収まるケースを作っててさ。でも、うまく形が決まらなくて……」
「はあ。イメージだけで素人がそんなもん作れるわけないだろ! 図面を描け、図面を!」
そう言うなり、カンナは倉庫から紙束、定規、筆記具の一式を抱えて戻ってきた。
「ほら、製図道具一式! ちゃんと設計しなきゃ、ぴったりなんて無理無理!」
バサリと紙束を俺の前に置き、定規やコンパス、多角形用テンプレートまで並べていく。どう見ても、船乗りの持ち物には見えない。
「……なんか、やけに手慣れてるな」
「当然でしょ? あたしは船大工の家系だよ。海刃丸のメンテも、基本あたし一人で全部やってんだからさ! 工具と図面は相棒だよ」
「へぇ、ちょっと意外かも……」
感心していると、ティアも笑顔で頷いた。
「でも確かに、カンナって何でも器用にこなすわよね。前に帆を修理してた時も、一人で全部やってたし」
「でしょ? というわけで、素人の君にはプロの補助が必要ってわけ!」
カンナは椅子を引き寄せ、俺の紙模型を手に取って眺めた。
「ふむふむ……なるほど。グリップが干渉して収納できないんだな。しかも二本入れるから余計にかさばるし、そもそも形が全然違うし」
「ユニオンソードは広くて厚いし、大地の炎刀は反ってるからね……」
「両方に対応するには、内装を可動式にして、剣を出し入れする時に中の仕切りが変形するようにすればいいんじゃない?」
「変形?」
「そう。仕切りを可動式にして、中でガチャッと動くように。あとは外見も工夫しないと。検問とかあったら見た目で怪しまれるしね」
俺は頷きながら、ペンを走らせた。カンナのアドバイスを元に描いた新たな設計図は、単なる思いつきではない、しっかりと機能性を持った形になりつつあった。
「……これなら、本当に二本とも綺麗に収まりそうだ」
「ふふん、感謝するがいい! 設計女王カンナ様に!」
カンナは得意満面に胸を張る。
「じゃあ、それを元に材料探しに行こっか? 倉庫に何か使えそうなのがあるかも」
「ああ、頼む。ティアも、手伝ってくれる?」
「もちろん。あなたの旅がうまくいくように、できる限りのことはするわ」
三人で設計図を囲みながら、少しずつケースの完成図が明確になっていく。穏やかに揺れる海の上、小さな船内での共同作業――その時間が、不思議と心地よく感じられた。
やがて、ケースの形が見えてきたころ。ティアがふと、疑問を口にする。
「でもユーマ、もし“中を見せろ”って言われたら、どうするつもりなの?」
「え? ああ、その……うーん……」
言葉に詰まりかけたとき、ふと思いついて拳を打ち鳴らした。
「そうだ! 俺は“音楽家志望の若者”って設定にしよう!」
「音楽家……?」
ティアが首をかしげ、カンナが目を丸くする。
「そう。これは“トランペット”を運ぶためのケースなんだよ。二重底にして、上の層には分解した楽器のパーツを入れておけば、万が一開けられてもごまかせるかもしれない!」
「……ちょっと、トランペットってどんな形だっけ?」
「ご、ごめん、実物は見たことないけど……金色でラッパみたいなやつ?」
「そんな曖昧な知識でごまかせるの……?」
呆れたようなカンナの表情が、すぐに笑顔に変わる。
「まあ、面白いじゃん。それっぽい金属のパーツとかネジとか、作ってあげようか? それっぽく見えればいいんでしょ?」
「本当!? 助かるよ!」
俺は思わず手を合わせ、深く頭を下げた。カンナは鼻を鳴らし、すぐに倉庫へ駆けていく。
「……ふふ。なんだか、旅って感じね」
ティアが柔らかく微笑んだ。
向かっているのは、魔剣士に厳しい聖光謙教会の支配域。決して気を抜けないはずの旅路――それでも今このひととき、俺たちの心には、奇妙な高揚感があった。
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