23話:導き
風が止んでいた。
あの激しい戦いの直後とは思えない静寂のなか、ティアの声が穏やかに響いた。
「ユーマ、レイノスを……逃がしてよかったの?」
俺は剣を鞘に納めながら、空を見上げた。
雲がゆっくりと流れていく。
「……確かに、あいつには煮え湯を飲まされたよ」
「魔剣士の剣をいくつも折ってきたし、俺のことも一度は完膚なきまでに叩き潰した」
ティアは黙って聞いている。
「でもさ、あいつ……魔剣士の命までは奪ってないんだ。おじさんも、ティアの師匠も……命は奪われなかった」
俺は拳をゆっくりと握りしめる。
「それに、あいつの誇りだった《ステイシスシールド》を砕いた。あれは、レイノスにとって何よりも痛いはずだ」
少しだけ、肩の力を抜いて言葉を続けた。
「だから、今は……それで十分だと思ってる」
ティアは少し驚いたように目を見開いたあと、ふっと微笑んだ。
「……そう、ユーマがそう言うなら。たしかに、意趣返しはできたわね」
風がまた吹き始める。
それはまるで、何かが一区切りを迎えた合図のようだった――。
そのときだった。
ユニオンソードが淡く脈動し、頭の中に語りかける声が響いた。
「ユーマ、ユニオンアームを拾え」
それは、落ち着いた理知的な声――
以前一言だけ語り掛けてきた、あの剣士の声だった。
「……サイファー?」
「そうだ。雷の剣士、サイファー。今はお前の中にいる」
俺は驚きながらも、その言葉の意味を受け取る。
「ユニオンアームって、あの……レイノスの左腕についてたやつか?でも、《蒼焔爆風》でぶっ壊しちゃったはず――」
「違う。ユニオンアームは、あの程度で壊れるような代物ではない。意識を集中しろ、感じてみろ」
俺は目を閉じ、魔力を静かに巡らせる。
ユニオンソードと繋がる感覚――その先に、確かに何かがある。
――見つけた!
「……あった!」
俺は岩壁のひとつにめり込んでいた金属片を引き抜く。それは、まるで初めからそこにあったかのように、傷ひとつない状態で残っていた。
「ねえ、ユーマ。何してるの?」
ティアが少し警戒したように近づいてくる。
「ああ、ティア。……この小手、ユニオンアームっていうらしいんだ。どうやら、ユニオンソードと関係してるみたいで」
「また剣が話しかけてきたの?……本当に慣れないわね」
苦笑するティアの目の前で、俺はユニオンアームを手に取る。
その瞬間――
バシュッ!
光が爆ぜ、魔力が腕に駆け巡る。
金属の輪郭が脈動し、俺の両腕へと滑るように装着されていった。
「っ!? 片方しかなかったのに、もう片方も……!」
「それが本来の形だ。ユニオンアームは左右揃ってこそ意味がある。これで“ユニオンフレーム”のうちの一つを、お前は手に入れた」
再びサイファーの声が響く。
「ユニオンソードは、ユニオンフレームをすべて揃えて初めて“真の力”を発揮する」
「ユニオンアーム。ユニオングリーヴ。そして、ユニオンアーマー」
「……全部で三つってことか」
俺は装着された小手を見つめる。緋色の光が、まるで炎と雷の間のように脈動していた。
「今、お前はユニオンアームを手に入れた。次は、“グリーヴ”だ」
「その場所もわかるのか?」
「ああ――ユニオングリーヴは、聖都に眠っているはずだ。まずはそこを目指せ」
サイファーの声がふっと消える。
聖都――教会の本拠地。次なる冒険の舞台が、静かに姿を現し始めていた。
「……聖都か」
俺がポツリと呟くと、すぐにティアが顔を曇らせた。
「ユーマ、本気で聖都に向かうつもりなの?」
「もちろん。ユニオンフレームを揃えるためには、ユニオングリーヴが必要なんだろ? だったら行くしかない」
俺の返答に、ティアは眉をひそめる。
「……聖光謙教会よ? あそこは帝国以上に排他的。特に“聖剣技”以外の魔剣士は、異端として扱われる。下手すれば、入るどころか港で止められるかも」
「それに聖都は別大陸……行くにも“嘆きの海峡”を越えなきゃいけない。定期航路なんてないし、帝都の魔導船を使うしか手段がないのよ?」
ティアの声には、明らかに不安と警戒が滲んでいた。
だが――
「いや、大丈夫だ」
俺はティアに微笑んでみせた。
「聖都は確かに陸からは行きにくいが、断崖に囲まれてるわけじゃない。海からなら比較的接近できるはずなんだ。上陸するルートも、古い記録でいくつか見たことがある」
「……つまり、正面からじゃなく、海路で裏から潜り込むってこと?」
「ああ。そして――東方には、腕の立つ船乗りの知り合いがいる」
ティアがはっと目を見開く。
「……カンナさん?」
「そう。海刃丸の船長、カンナなら何とかしてくれるはずだ。あの人なら、多少無茶な海を渡るくらい朝飯前だよ」
俺は空を見上げる。澄んだ風が、これからの旅を後押ししているかのように吹き抜けていった。
「一度、東方に戻ってカンナに頼んでみる。――ティア、一緒に来てくれるか?」
「もちろん。あたしもレイノスのこと、ユニオンフレームのこと、最後まで見届けたいから」
二人は再び歩き出す。
次なる目的地――聖都。
異端者を拒む、信仰の本拠地へと。
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