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21話:凍絶盾

 俺は風の渓谷の入り口に戻ってきていた。


 帰り道の風は嘘のように静かで、来たときの吹きすさぶ嵐が嘘だったかのように凪いでいた。


 まるで――長い時間をかけて、試練の突破を渓谷そのものが待っていてくれたような、そんな気がしていた。


「ユーマ!」


 ティアの声。待っていてくれたのだろう、渓谷の入り口でこちらに駆け寄ってくる。


「戻ってきたんだね……すごい魔力の波動を感じた。風の奥から、まるで嵐みたいな……」


「ああ、試練を超えて、風の真髄が少しだけわかった気がする」


「そう……本当に、選ばれた者だったんだね」


 ティアはわずかに微笑んで、だがその瞳の奥には悔しさを宿していた。


「……炎と風、二つの技を極めようとするあなたなら、もしかしたら本当にレイノスを倒せるかもしれない。だけど……」


 彼女の声が少し強くなる。


「でも、あなたの《蒼焔剣》でさえ、《ステイシスシールド》を破りきれなかったのでしょう?」


「……ああ。あの技の前では、力をぶつけるだけじゃ駄目だと痛感した。あれは、時間と空間をも歪める兵装だ。真正面からでは突破できない」


「なら、私の氷剣術を――一番肝心な部分だけ、今ここで教えるわ」


「えっ……いいのか?」


「あなたに託すの。今は……そうするしかないと思うから」


 ティアは静かに一歩下がり、剣を構える。澄んだ氷のような視線で、俺を見据える。


「氷剣術の核心――《凍絶盾とうぜつじゅん》、これは単なる防御じゃない。空間すらも凍らせ、敵の攻撃を止める“静の極意”。これを破れなければ、レイノスの《ステイシスシールド》は超えられないわ」


 ティアの周囲に冷気が舞い始める。地面が凍り、空気すらも静止するような張り詰めた空間が広がっていく。


「――さあ、私の《凍絶盾》を超えてみせて。風と炎を融合した、あなた自身の“答え”で」


 俺は頷き、大地の炎刀の柄に手をかける。


 風と炎。今、自分の中にある二つの力を重ね合わせ、かつてない技を編み出す。


 これは、新たな一歩だ。


 正面から力任せに挑んでも――ティアの《凍絶盾》は崩せない。


 これはあの時、風の渓谷で挑んだシュルツの幻影に似ていた。ただの防御ではなく、空間そのものを制御するような“結界”に近い。


 俺は静かに剣を構え、集中する。目を閉じて、凍絶盾の力の流れに意識を研ぎ澄ませた。


 完璧に見えた防御の中に――ほんのわずか、力の弱い箇所がある。


 それはティアの未熟さではない。この技そのものが持つ、構造的な“隙”だ。


(ここだ……!)


 俺は大地の炎刀を握りしめ、《蒼焔剣》を発動させる。刀身に青白い炎が巻き上がり、魔力が収束していく。


 そして、渓谷での感覚――化け蟹様との戦いで、一瞬だけ掴んだあの“風の後押し”を再現する。


 炎の力に風を重ねる。二つの力が渦を巻き、互いを押し上げる。


 ――これが俺の初めての融合剣技。


「《蒼焔爆風そうえんばくふう》ッ!」


 青炎の風が爆発的に広がり、凍てつく盾へと叩きつけられる。


 ――ズゴォォォン!


 凍絶盾が粉々に砕け散り、爆風に巻き込まれたティアが吹き飛んだ。


「ティアッ!」


 俺は慌てて駆け寄る。ティアは岩壁に叩きつけられ、地面に倒れていた。だが、幸いにも意識はあったようで、小さくうめき声を漏らす。


「ご、ごめん……威力、ちょっと想像以上だった……!」


 ユニオンソードを使っていないとはいえ、《蒼焔爆風》は圧倒的だった。あの、何者も通さないはずの《凍絶盾》を真正面から粉砕し、なお彼女を吹き飛ばすほどの威力――。


 俺はその手ごたえに、自分の中で確かな手応えを感じていた。


(……これなら、レイノスの《ステイシスシールド》にも届くかもしれない)


 炎と風。異なる力を、初めて“融合”できた。その結果として得た、新たな剣技の可能性――。


「ケホッ……すごい威力だね……。《凍絶盾》が破られるの、初めて見たわ」


「ティア、今すぐ手当てする。しゃべらなくていい、しばらくじっとしてて」


 俺はユニオンソードに手を添え、静かに集中する。剣が淡く脈動し、次の瞬間、聖剣技《他者治癒》が発動した。


 俺の魔力が淡い光となってティアに流れ込む。あちこちにできた打撲や裂傷がみるみる癒えていくのがわかる。


「……ふふ、本当に、全部の剣技が使えるんだね。うん、もう大丈夫。動けるよ」


 ティアはゆっくりと立ち上がり、肩を軽く回して見せた。もう平気だとアピールしている。


「よかった……。レイノスを倒すための修練とはいえ、ティアに大怪我させたら意味がないからな」


「私は、そんなやわな女じゃないよ」


 ティアが少しだけ微笑む。


 風が静かに渓谷を抜ける。束の間の静寂と、達成感のある穏やかな空気――


 だが――


 ギュイィィィィィン!


 突如として大気を裂くような音が渓谷に響いた。


 魔導機関の重低音。耳に焼き付いて離れない、忘れもしないあの音。


「っ! まさか……!」


 俺はとっさに崖の上を振り仰ぐ。


 《バーストゲイル》――レイノスの専用魔導車。


 ギュン!


 風を切って《バーストゲイル》が俺たちの前に着地する。その後部ハッチがガコン、と重々しく開いた。


 白い蒸気と魔力の揺らぎの向こうから、一人の男の影が姿を現す。


「……やっぱり来たか」


 ユニオンソードの魔力波を、あの男が感知していたのだ。


 俺とティアはすぐに構える。戦いの火蓋は、すぐそこまで落ちていた。

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