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16話:鍛冶屋ディラン

「なあ、おじさん。で、ディランさんの鍛冶場ってどこにあるの?」


 淵平城の港を出て、石畳の大通りを歩きながら俺は聞いた。


「ん? いや、それがな……詳しい場所までは知らん!」


「えっ!?」


 思わず声が裏返った。


「てっきり道案内くらいはできるのかと思ったよ!」


「おいおい、ディランは職人気質の男だからな。鍛冶場の場所は限られた紹介状持ちにしか教えねぇって話だったろうが」


「……つまりこの広い街を歩き回って探せってことか」


 俺が頭を抱えると、横でカンナが手を挙げた。


「えーっと、その件なんだけど……あたし、淵平城のことは港の周りくらいしか知らないよ!」


「ダメじゃねえか!」


「ま、まあでも!あたしも手伝うからさ、三人で手分けして探せばなんとかなるって!」


「他人事だと思って……」


 こうして俺たちは、鍛冶場探しという地味ながらも過酷な新たな戦いに身を投じることになった。


 淵平城は、西山港やアル・プラドのように大陸と東方の文化が混ざった街ではなかった。黒瓦の屋根が続き、木造の家々が整然と並ぶ――まるで絵巻の中に迷い込んだような風景だった。


「うわあ……全然違う。建物も服装も、なんか全部が東方って感じだなあ。腰に剣差してる人も多いし……」


 俺は目をきょろきょろと動かしながら、街並みに見とれていた。


「おい、ユーマ!なに突っ立ってんだ。まずは飯屋で情報集めだ、行くぞ!」


 おじさん――リュウガが振り返って言う。


「あ、うん!ごめん、見るもの全部が新鮮でつい……」


 旅人丸出しの反応に、周囲の東方の人たちがチラチラこちらを見てくる。けれど、それも気にならないほど、この街の空気はどこか心地よかった。


「……まあ気持ちはわかるけどな。俺も初めて来たときは、三回道に迷った」


「迷ってんじゃん!」


「うるせえ、行くぞ」


 俺たち三人は、街の通り沿いにある繁盛店に入った。木の引き戸を開けると、店内はにぎやかな声と湯気に満ちていた。


 小上がりには剣士らしき男たちが集まり、箸を進めながら談笑している。さすがは武の都・淵平城というべきか、町の食堂すら戦場の控え所のような雰囲気だ。


 ここなら、ディランという鍛冶師について何か情報が得られるかもしれない。


 俺は店の奥で忙しく動き回っていた店員に声をかけた。


「すいません、ディランっていう鍛冶屋を探してるんですが、何かご存じありませんか?」


 店員は一瞬だけこちらを見たが、すぐに手元の注文帳に目を戻す。


「悪いね兄ちゃん、今は手が回らないんだ。注文だけ頼むよ」


「あ、そ、そうですか。じゃあ……蟹の素揚げをください!」


 注文を伝えた瞬間、後ろからおじさんの声が飛んできた。


「ちょっと待て!カニはやめとけ!ここはエビの天ぷらだろ!東方名物だぞ!」


「まだ蟹ダメなのかよ……」カンナが呆れたように肩をすくめた。


「そりゃそうだろ……あんなトラウマ級の対戦相手だったんだからよ……」


「もういいって、じゃあ蟹は俺が全部食べるからさ」


「やめとけ……化け蟹様の仲間かもしれねえ」


「カニの恨みは買ってないよ!」


 そんな茶番めいたやり取りに、隣の席の客がくすりと笑う。そのうちの一人が、ふとこちらに話しかけてきた。


「おい、ディランの鍛冶屋を探してるって言ったな?」


 ――ついに、手がかりが出てきたか?


 話しかけてきた男は、黒い道着風の服に身を包んでいたが、その所作には東方の流儀とは少し異なる粗野さがあった。袖口からのぞく手の皮膚は分厚く、ところどころに焦げ跡のような古傷がある。


 それは、鍛冶師の手――しかも尋常ならざる年月を鍛造に捧げた者の手だった。


「お前たち……ディランを何のために探している?」


 男の目が鋭く光る。カウンター越しのざわめきが一瞬遠のくような圧力が、言葉に乗っていた。


「あ、はい。俺の力に耐えられる刀を……どうしても打ってもらいたくて」


 俺がそう言うと、男の表情がわずかに動く。


「ふむ……東方には他にも腕のいい鍛冶屋は山ほどいる。それでも、ディランじゃなきゃ駄目だというのか?」


「はい。西山港のガイラさんという鍛冶師に見てもらいましたが……彼にすら“これはディランにしか打てない”と言われました。紹介状ももらっています」


 その名が出たとたん、男の眉が一瞬ぴくりと動いた。だがすぐに、何事もなかったかのように背を向ける。


「ガイラ、か……そうか。なら、ついてこい」


 それだけ言い残し、男は黙って立ち上がる。食べかけの膳すら残して、まっすぐに店を後にした。


「おいおい、いきなりだな」おじさん――リュウガが椅子を引きながら、小声でつぶやく。


 だがその目は、どこか男を見定めるように鋭かった。


「……まさかな」


「ん? おじさんどうかした?」


「いや……まあ、何でもねえ。だがユーマ、気を抜くなよ。あいつ、ただの案内役じゃねえ気がする」


 それは俺も感じていた。あの男の歩き方、重心の置き方、そして――あの手。


 炎を浴びても怯まない鍛冶師の手を、俺は西山港で見たばかりだ。


(――あれが、ディラン本人……?)


 確信には届かない。でも、その可能性は高い気がする。だからこそ、俺は男の背中から目を離さずについていった。


 男に連れられてやってきたのは淵平城の外れにある開けた場所にあるあばら家だった。どう見ても鍜治場には見えない。


「おい、そろそろ正体を明かしてもいいんじゃねえか、ディラン?」


 飯屋を出てしばらく歩いたところで、リュウガが不意に口を開いた。


 その言葉に、男――いや、ディランは足を止め、肩越しに振り返る。


「……ふん。リュウガか。ずいぶん老けたな」


「お互い様だろうが!」


 ふたりのやり取りに、カンナがポカンと口を開ける。


「え、なに? おっさんたち知り合いなの? 最初っから名乗ればよかったじゃん」


「俺が“人を見て魔剣を作る”流儀なのは、リュウガも知ってるはずだ」


 ディランは静かにそう言うと、手を前に掲げた。


 ――次の瞬間。


 金属の音も、魔法陣もない。ただ空気が凝縮されるような感覚のあと、一振りの剣がディランの掌に現れた。


「う、うそでしょ!? 今剣が……どこから出たの!?」


 カンナの驚きに、俺はうなずきながら答える。


「カンナ、大地剣術ってのは極めていくと、ああやって一瞬で剣を創り出せるんだよ。俺も方法は知ってるけど、あんなふうにはできない……」


「ほう、流派の人間ではなさそうだが、大地剣術を知っているとは。……もしかして、里の出身か?」


 ディランの声に、俺は小さく首を振った。


「いえ、違います。でも……俺は、ユニオンソードの記憶から、すべての剣技の型を学んでいるんです」


「ユニオンソード……?」


 ディランの目が鋭く光る。


「ちょっと見せてみろ」


「はい、どうぞ」


 俺は背中からユニオンソードを取り外し、ディランに手渡す。


 受け取った瞬間、彼の瞳に静かな震えが走った。


「……っ!」


 ディランは刀身をまじまじと見つめ、指で触れながら小さくうなる。


「この質感……この核構造……。修行を積み、“物質掌握”を得た俺でも、ここまでの完成度では打てん……」


 その目には驚きと、心からの敬意があった。


「間違いない。この刀身を打ったのは、伝説の大地剣士ドーガ……あの男の“意志”が込められている」


 ディランはゆっくりとユニオンソードを返してきた。その表情は、鍛冶師としての誇りと敗北を同時に感じ取ったような複雑なものだった。


「……それほどの剣を手にしていながら、なぜ俺に“新しい剣”を求める?」


 その問いに、俺は素直に答えた。


「この剣は、俺にとってあまりにも強すぎるんです。だから……今の自分の力に見合った剣が必要なんです。修行を重ねて、自分の力でこの剣を扱えるようになるまでの、“相棒”がほしいんです」


「まあ、ユニオンソードを使うと……レイノスがすっ飛んでくるしな……」


 おじさんが妙に遠い目をしてつぶやいた。


「おじさん、それは今言わなくていいから!」


 俺が慌てて口を挟むと、ディランが微かに笑ったように見えた。


「お前に事情があるのはわかった。それに――その剣を自ら封じてでも歩もうとする意思、嫌いじゃない」


 ディランの目が鋭くなる。


「だがな、どんな剣が相応しいかは、お前の“実力”を見なければ決められん。鍛冶師ってのはそういうものだ」


 そう言うや否や、ディランの手元に淡い大地の光が走る。


 次の瞬間、ズシリと重そうな両手剣が、その手に現れていた。


「一振り、手合わせしてもらおうか。手加減はせん――鍛える鋼を見誤るわけにはいかないのでな」


 風に揺れる木造の通りの真ん中で、俺とディランの視線がぶつかる。


「……わかりました。俺も全力でいきます!」


 気圧されるカンナと、あきれたように頭を抱えるおじさんをよそに――静かに、空気が張り詰めていく。

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