15話:海の王
正面まで接近して、あらためてその異常さを痛感する。
――化け蟹様、でかすぎる。
まるで移動する島だ。波を押しのけるたびに、甲殻の山脈のような背中が軋み、艦橋ほどもある鋏がゆっくりと海面を切っていた。
「おじさん……今、蟹が喋った気がするんだけど!?」
「ああ、しゃべるぞ!化け蟹様はな!テレパシーで!」
「軽く言うなよ!? めちゃくちゃやる気満々なんだけど!!」
カンナの叫びが甲板に響く。俺はすぐに判断を下した。正面はまずい――あの鋏、まともに当たったら船ごとやられる。
「カンナ、側面に回り込んでくれ!正面は危なすぎる!」
「了解! あたしの操船にまかせな!」
海刃丸がぐるりと旋回を始めた瞬間、背後からリュウガの声が飛ぶ。
「ユーマ!いいか、化け蟹様は鋏をめちゃくちゃ器用に使う!剣をがっちり挟まれたら終わりだ!絶対に捕まるなよ!」
その言葉に、俺は一瞬だけ息を飲んだ。
――魔剣ですらへし折るあのハサミ。斬るのではなく、"喰う"ような力。
「了解、注意する!」
俺は刀の柄に手をかけ、甲板の先端に立つ。潮風と、巨大な気配。目の前の海は、すでに戦場の空気を帯びていた。
(マトメシモノヨ、マズハ――ウケトメテミロ)
頭の奥に響く、低く重い思念の声。その直後――
ズバァッ!!
巨大な鋏が、まるで山が落ちてくるかのような速度と質量で俺をめがけて振り下ろされる!
ガキィィンッ!!
俺は咄嗟に刀を構え、全身に魔力を漲らせてその一撃を受け止めた。だが――
「お、重すぎる……! 一撃で、足が軋む……!」
足場がたわむ。船が悲鳴を上げる。このままじゃ、受け続けることはできない!
「ユーマ!こいつは短期決戦しかねえ!俺も援護する、だから――力、ためとけ!」
「わかった!斉爆剣、全力で撃つ!」
俺は刀を構えなおし、炎纏いの出力を限界まで引き上げる。刃の周囲に、赤い光の渦が激しくうねりはじめる。
――でも、時間が必要だ。その間にも、化け蟹様は攻撃の手を緩めない。
バゴォォン!!
二撃目が海刃丸の舷側をかすめ、金属板を引き裂いた!
「こいつ……本気だ!」
海面が裂け、波が甲板にまで噴き上がる。船は大きく傾き、リュウガが足場を蹴って飛び出した。
「よし、俺が気を引いてる間に撃て!しっかりためろよ!」
迫りくるハサミをリュウガがいなし、カンナが操船で躱す。
「ユーマ、まだかよ! これ以上は海刃丸でももたねえぞ!!」
リュウガの声が甲板に響く。船体はすでにきしみ、化け蟹様の巨大なハサミが再び頭上に影を落としていた。
――時間が足りない。このままじゃ斉爆剣は間に合わない……!
その時、背中のユニオンソードが淡く輝き出す。
同時に、どこか飄々とした声が頭に流れ込んできた。
「……炎だけじゃ足りないだろ。ほら、俺が力を貸してやるよ」
――風の魔剣士、シュルツ。
その一言とともに、溜めていた魔力が一気に跳ね上がる。
空気が渦を巻き、刀身が唸りを上げた。
「うおおおおおッ――いっけええええ!!」
俺は全魔力を刀に乗せ、斉爆剣を振り抜いた。
ズドォォォォォンッ!!!
轟音とともに、炎と風の融合した奔流が一筋の刃となって化け蟹様の巨大なハサミを打ち砕く。
爆風が海を割り、光が空を裂いた。
刀が――音もなく、粉々に砕け散った。
同時に、化け蟹様のハサミも――その付け根からごっそりと吹き飛んでいた。
(……マトメシモノ。ソノチカラ、タシカニミセテモラッタ……)
重厚な念話が、俺たち全員の脳裏に直接響く。
(……ウミハ、オレニマカセロ……)
その言葉とともに、化け蟹様はぐるりと音もなく振り返り、沈む夕陽を背に、まるで潮に乗るように滑らかに海中へと姿を消していった。
「え? あのデカさで、あんなスムーズに方向転換……?」
カンナは呆然と呟いた。
「完全に……手加減されてたな。俺が昔ボコボコにされたときの、あのシャコパンチもなかったし……」
おじさんが複雑な表情で空を見上げる。
「なあおじさん、助かったのはよかったけど……一つ気になってることがあるんだ」
「ん?」
「化け蟹様……歩脚、六本しかなかった。あれ――ヤドカリじゃない?」
「……気になるのそこかよッ!!」
化け蟹様を退けた俺たちは、ついに東方の都・**淵平城**へと入港した。
港にはすでに船乗りたちの人だかりができていた。俺たちの船――海刃丸を見てざわめきが広がる。
「おい、お前ら……化け蟹様が出てるのに海を渡ってきたのか? 正気かよ!」
「へへっ、正気だとも。化け蟹様はもう海に帰ったぜ! 航路は安全になったってな!」
胸を張って言い放つカンナ。その表情は、誇らしさと少しの安堵に満ちていた。
「マジか……! とりあえず確認がてらみんなに知らせてくる!」
船乗りたちは驚愕と興奮を抱えて、港のあちこちへ散っていった。
「……どうやら、ちょっとした英雄になったみたいだな」
おじさんがニヤリと笑う。
「じゃあ、次は本題だな。ディランのとこに行くぞ。お前にぴったりの刀を打ってもらうためにな」
「ああ。覚悟はできてる」
俺たちは再び歩き出す。
東方随一の鍛冶師――大地剣術を極めた男、ディランのいる鍛冶場へ向かって――。
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