14話:船乗り
淵平城に行くと決めた――それはいい。だが問題は、その「どうやって行くか」だった。
港を歩き回って数時間、俺たちは一向に船を出してくれる船乗りを見つけられずにいた。
「……おじさん、やっぱり船出してくれる人、見つからないね……」
俺がぼそっと言うと、隣で腕を組んでいたリュウガが即座に返す。
「だから言ったろ! 化け蟹様がいるってのに、好き好んで海に出るやつなんていねえって。な? もうちょっと待とうぜ? な?」
「おじさん、まだそんなこと言ってるの? 俺たち、もう“行く”って決めたんだよ? 腹くくらなきゃ!」
俺がぐいっと詰め寄ると、おじさんは目を泳がせて後ずさった。
「いや、でもよ……現実問題、船がねえし、俺ら操縦できねえし、ほら、船自体持ってねえし……な?」
「言い訳がどんどん雑になってるよ!」
思わず突っ込みを入れたくなったが、正直言って状況は厳しい。
船はあっても、誰も操縦してくれない。化け蟹様という名の巨大な脅威が、すべての航路を塞いでいるのだ。
――だが、それでも俺たちは行かなければならない。
どこかに、まだ見ぬ剣と、鍛冶師ディランが待っている。
「なあ、あんたら、船を探してるんだって?」
そのときだった。
港の隅っこ、古いクレーンの影からひょこっと顔を出したのは、小柄な――いや、小さすぎる――少女だった。
漁師風の分厚い上着に、やたらと大きい帽子。どう見ても“無理して着てます感”が否めない。
「えっと……君は?」
「船のことなら任せときな! この西山港でいっちばん速い船――《海刃丸》の船長、カンナ様とはあたしのこと!」
どやっと胸を張った彼女に、リュウガが目を細める。
「おいおい、海刃丸って言やあ……あの伝説級の高速船だろ? なんでお嬢ちゃんが持ってることになってんだ?」
「お嬢ちゃん言うな!」
少女――カンナは顔を赤くして指を突き立てる。
「海刃丸は、親父からあたしが譲り受けたんだよ! 腕前は筋金入り、操船技術も親父直伝! スピードも旋回も超一流って評判さ!」
半信半疑のまま、リュウガが唸る。
「……まあ、海刃丸なら船としては申し分ねえけどよ……」
「ふん。どうせまた見た目でナメてるんだろ?」
カンナはむすっとした顔で腕を組む。
「いいか、あたしはな、“化け蟹様に挑んだ少女船長”って肩書きがほしいんだよ。そうすりゃ、もう誰にも『お嬢ちゃん』なんて言わせねえ!」
「それで……俺たちは?」
俺が訊くと、カンナはニッと笑って指を2本立てる。
「ウィンウィンだろ? あんたらは海を渡りたい。あたしは化け蟹様に挑んだって記録が欲しい。お互い得しかないじゃん?」
……あまりにも自信満々だが、正直今はこの申し出にすがりたい。
「どうする、リュウガさん?」
「……くっ、カニさえいなけりゃな……」
リュウガは露骨に顔を青くしたが、もう逃げ道はない。
風がざわつき始める西の海。その向こうには、目的地・淵平城が待っている――。
「これが……海刃丸かあ」
港の桟橋、その先に停泊していたのは――漆黒の船体に鋭く尖った帆先、まるで剣の切っ先のような形状の高速船だった。
「へへっ、驚いたか? これがあたしの《海刃丸》さ!」
カンナが誇らしげに胸を張る。
「250年前から、うちの一族が代々手を加えてきた特製の船なんだ。化け蟹様の追撃にだって負けない速度と回避力が自慢さ!」
リュウガは船体に触れ、目を細めて唸った。
「……本物の、海刃丸だな……」
「なっ、やっぱまだ疑ってたのかよ、おっさん!」
カンナがぷくっと頬をふくらませて詰め寄る。
「いやだってよぉ……本物ならもう、化け蟹様のとこ行くしかなくなるじゃねえか……!」
言葉の尻が情けなく震えていた。
思わず俺も呆れてため息をつく。
「おじさん、まさかこんなにビビる人だったなんて……見損なったよ」
「見損なわないでくれ、ユーマ……! あいつは、ほんとにやばいんだって……!」
「はいはい。だったら早くその『やばい化け蟹様』とやらに会わせてくれよ」
「おお、いいねそのノリ!」
カンナが上機嫌に笑い、桟橋をとんとんと駆け上がる。
「じゃあ、乗り込んでくれ! 操船はあたしに任せていいよ、船体は最新の魔導自動化処理がされてるから、乗ってるだけでOK!」
カンナは舵輪の前に立ち、ぐるりと帽子を回してかぶり直した。
「……出航準備、完了! さあ、海の地獄に突っ込むぜっ!」
海刃丸が低く唸りを上げ、波間を切り裂くように動き始める。
そして東の海、霧の向こう――伝説の巨大甲殻、その影がゆらりと揺れていた。
海刃丸は順調に東方の海を滑っていた。波を裂くように、鋭い帆先が霧を切り裂いて進む。
「うわー……船ってこんなに速いのかよ!」
俺は風に煽られながら叫ぶ。潮の匂いと飛沫が肌に突き刺さるようだ。
「うちの船が特別なんだよ。これでもまだ全速力じゃないってのがすごいだろ!」
カンナが舵輪の前で自慢げに胸を張る。
「この速度で甲板で戦うのは並じゃねえぞ、ユーマ!しっかり掴まってろ!」
おじさんが船体の陰から顔だけ出して、もっともらしいことを言う。だが、その腰は見事に引けていた。
「今の説得力、ゼロだよおじさん……」
俺が呆れて言うと、カンナの目が突然鋭くなった。
「おい! いるぞ、あの影――!」
彼女が指差す先、波間の先に――海を塞ぐような、山のごとき巨大な影が浮かんでいた。
「でかっ……! まるで島じゃないか!」
俺は目を見張り、言葉を失った。だが隣でおじさんはすでに青ざめていた。
「い、今ならまだ間に合う……! まだ気づかれてない! 引き返そう!な?」
「ここまで来て何を言ってるの、もう行くしかないでしょ!」
「無理だって! あいつは本当に――」
「カンナ、全速前進だ!!」
「任せなっての!」
カンナが叫び、舵を大きく切る。海刃丸は一気に加速し、黒い帆を風に張らせて化け蟹様の正面へと滑り込んだ。
その瞬間――
ぐうぅうん、と重低音が脳の奥に響くように伝わってきた。
(……キタカ……マトメシモノ……タメサセテモラウゾ……)
頭の奥に、重く圧し掛かるような思念の声。
化け蟹様が、目を覚ましたのだ。
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