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バイト先の後輩に「12月24日の夜、空いてますか?」と聞かれテンション爆上がり→シフト変わってほしいだけだった件

作者: 胡桃 美瑠玖

「先輩、12月24日の夜、空いてますか?」

「……」


 たった今、コンビニのバイト中に客足が途切れたタイミングでそんなこと言ってきたこの後輩の名前は佐藤(さとう) 莉奈(りな)さん。

 俺の一個下で、大学1年生の女の子だ。明るくて元気な印象の女の子。

 

 そんな彼女が俺に12月24日の夜に空いてるか聞いてくる理由、それ即ち俺とその日の夜に過ごしたい、そういう意味に他ならないのではないだろうか?


 ──いや〜、困っちゃうなぁ〜! とうとう俺にもモテ期到来か〜!


 20歳にして初めてのモテ期。キタコレ。しかもその子は明るくて可愛い女の子。


 だが待て、一旦ステイだ神崎(かんざき) 陸斗(りくと)

 これはもしかしたら、彼氏とクリスマスイブに一緒に過ごしたいからシフトを変わって欲しいってオチではないだろうか?


 あり得る……。大いにあり得る……。

 だって俺、彼女居ない歴=年齢だよ? そんな俺が女の子からモテると思う? それに間違いなく可愛いに分類される女の子からのお誘い。

 そんな女の子からクリスマスイブに一緒に過ごしたいなんて言われる? ないない。絶対ない。


 とは言え、当たり前だけど100%ないとは言い切れない。99%あり得ないとしても、残りの1%が残っている。


 では、その残りの1%を賭けて彼女のお誘いに応じる? いや、応じない。

 何故なら、俺には現在気になってる女の子が居るから。


 ならば、ここで応じなければ今後一生女の子とクリスマスイブに過ごせない人生だったとしても、ここは誠実にお断りするのが筋だろう。


「ごめんね、佐藤さん。実は俺──」

「──彼氏とクリスマスイブに一緒に過ごしたいのでシフト交代して欲しいです!」

「あっ、はい」

 

 知 っ て た。


 逆に明るくて元気で可愛い佐藤さんに彼氏が居ない方が不思議。これが定め。可愛い女の子には必ず彼氏がいる。

 世の中の非モテ男子よ、クリスマスイブにお誘いされても期待するべからず。


 とは言え、期待してなかった……とは言わない。

 ただ、信じないようにしてただけだ。


「さっき何か言いそうになってましたけど、どうしたんですか?」

「いんや、別に。何でもないよ」


 別に良いけどね。シフト多く入ればその分お金貰えるし。お金は大事よ、うん。


 でも……今年もぼっちクリスマスだな……。







◇◇◇



「先輩、12月24日の夜、空いてますか?」

「……」

 

 出たよ。まただよ、このシフトの交代文句。しかも今回は俺が気になってる女の子から。俺、泣いても良いか? 


 さて、佐藤さんにクリスマスイブに彼氏と過ごしたいからシフトを交代して欲しいとお願いされた翌日。

 俺は現在、コンビニのバイト中に客足が途切れたタイミングで、絶賛気になってる女の子からシフトの交代文句を言われ、あまりにも絶望的な状態で泣きたくなっていた。


 彼女の名前は一ノ瀬(いちのせ) しおり。佐藤さんと同じく俺の一個下の女の子。

 少し控えめな性格で清楚美少女で黒髪だ。

 古今東西、清楚美少女は黒髪と決まっている。多分……。


 と言うか、このコンビニの女性陣の顔面偏差値高すぎな。佐藤さん然り、一ノ瀬さん然り。他の女性陣も容姿が整ってるし。

 それなのに、男子ときたら……。ねぇ店長? 俺と店長は、これと言って取り柄ないですよね?


「おい、神崎。お前、なんか失礼な事考えてないか?」

「いえ、別に」


 冗談ですやん……。


 どうやら俺が店長に対して失礼な事を考えていた事を気付かれたようだ。店長が俺に少し鋭い視線を送ってくる。

 とは言え、別にこのコンビニの男子全員が……と言うわけではない。あくまでも俺と店長はと言っている。


「あ、あの……先輩……、そ、それで……その……お返事は……頂けますか……?」

「ん? ああ、ごめん。24日の夜のことだったね」


 一ノ瀬さんが少し頬を赤ながら、上目遣いで俺を見てくる。


 ──クソウ!! めちゃくちゃ可愛いなチクショウ!! 

 こんな可愛い子とクリスマスイブの夜に過ごせるとか、一ノ瀬さんの彼氏が羨ましいぞ!!


 そんなことを思うけれど、それと同時に気になってる女の子が他の男と過ごすことに胸が張り裂けそうなほどギリギリと痛み、涙が込み上げてくる。

 

 うん……これはもう、間違いない。俺は彼女のことが好きなんだろう。これは恋だ。

 だって、これ程までに胸が張り裂けそうなのだから。


 だが、好きな人の幸せを願わなくてどうする。好きな人には笑顔でいて欲しいではないか。

 そして一ノ瀬さんが1番笑顔になれる場所は、おそらく彼氏の隣。


 俺は頭の中で一ノ瀬さんと、一ノ瀬さんの仮想先輩彼氏を思い浮かべる。

 一ノ瀬さんはその仮想先輩彼氏の横で笑顔を浮かべている。

 俺はセルフ脳破壊で先程以上に胸が締め付けられた。


 やはり俺は彼女が……一ノ瀬さんが好きだ。でも……うん……この思いは胸にしまっておこう。

 

「うん、良いよ。彼氏さんとクリスマスイブに一緒に過ごしたいんでしょ? それならシフト交代は俺に任せてよ」


 そうだ。これで良いんだ。例え苦しい事だったとしても。


「えっ?」


 そんなことを思って一ノ瀬さんとのシフトの交代を承諾したのだが、彼女は俺の返答に少し戸惑った反応をした。


「……えっ?」


 思わず俺も少し戸惑った表情をする。


「え、えっと……、わ、私は(神崎)先輩と一緒に過ごしたいんです……」

「うん? うん。だからシフトの交代は任せてよ」

「えっ?」

「……えっ?」


 あ、あれ? 俺、もしかしてなんか間違っちゃった?


「店長さん……すみません……。私、早退します……」

「あ、ああ……」


 俯きながらスタッフルームに下がっていく一ノ瀬さんの瞳には、少し涙が溜まっていたのが俺には見えた。


 良かれと思って一ノ瀬さんのシフト交代をこっちから申し出たんだけど……どうして……?


「神崎……お前、今のは酷いぞ……」


 俺が困惑していると店長が批判めいた瞳を俺に向けてくる。


「アレはな、神崎。お前と一緒に過ごしたいって意味だぞ?」

「!? そうなんですか!? ……いや、それはあり得ないですよ……」


 店長の言葉に一瞬テンションが上がるが、すぐに冷静になる。何故なら『12月24日の夜、空いてますか?』と聞かれて、それが彼氏と過ごしたいからシフトを変わって欲しいという意味だったことが、つい昨日あったのだから。


「アレはシフト変わって欲しいって意味ですよ。昨日は佐藤さんに「12月24日の夜、空いてますか?」っていう一言一句(たが)わない質問をされて、結果シフト変わって欲しいって意味でしたし」

「じゃあ一ノ瀬のあの涙はなんなんだよ?」

「それは……」


 それは正直分からない。でも、好きな女の子を泣かせてしまったのは事実。出来ることなら追いかけて一ノ瀬さんに謝りたい。どうして泣かせてしまったのか分からなかったとしても。


 そんなことを悶々と考えていると、それを見かねた店長が俺に声をかけた。


「追いかけてこい」

「えっ? 良いんですか? でも、俺が抜けたら店長が1人……」

「良いから追いかけろ! 今回は多めに見てやるから!」

「ッ!! 分かりました! 今度必ず改めてお礼させてください!」


 店長が一ノ瀬さんを追いかけろと強く怒鳴る。俺は感謝の意を店長に述べてスタッフルームに急いで下がっていく。


 スタッフルームには既に一ノ瀬さんの姿がなかった。

 俺はタイムカードを切ってすぐさま着替え、上着を羽織って一ノ瀬さんを探すために走った。






◇◇◇


 私、一ノ瀬 しおりには好きな人がいる。その好きな人はバイト先のコンビニの先輩、神崎 陸斗先輩。私の一つ年上の先輩だ。


 私は先程、先輩とクリスマスイブに一緒に過ごしたいと告白したのだが、どうやら先輩は私に彼氏がいると勘違いしたようだ。

 先輩は私に彼氏がいるからシフトを交代してほしいとお願いしたと勘違いしていたのがその証拠だ。


「はぁ……。先輩と一緒に過ごしたいって言葉、勇気……出して言ったんだけどなぁ……」


 私は悲しいことや考え事があったらいつも向かう公園で、ブランコに座りながら独りごちる。


 私は静かな公園の街灯に照らされながら、夜空を見上げる。涙が溢れないように。それでも私の瞳には少しずつ涙が溜まっていき、溢れた涙が頬を伝っていく。


 私の先程の告白を考えれば考える程、涙が溢れてくる。

 まさか私の好意が伝わらなかったなんて……と。


 そうやって静かに涙を流していると、先輩が少し息を荒げながら私に近づいてきた。


「はぁ……。はぁ……。やっぱりここにいたんだね、一ノ瀬さん」

「ッ!? どうしてここに先輩が……ッ!?」


 私は先輩に不細工な顔を見せないためにも、すぐさま裾で涙を拭う。

 しかし、おそらく瞼は赤く腫れていることだろう。


「前に一ノ瀬さんが悲しいことや考え事をする時はこの公園に行くって言ってたからね」

「……そんな事覚えていてくださっていたんですね……」

「もちろん」

「……はっくちゅ!」


 いけない。コンビニから飛び出して来ちゃったから上着着るの忘れちゃった。

 それに……店長さんには迷惑なことしちゃったな……。今度謝ろう……。


 そんなことを考えていると、先輩が自分の上着を脱いで私に被せてくれる。


「せ、先輩!? 良いですよ! そんなことしたら先輩が寒いじゃないですか!」


 私は先輩が被せてくれた上着を脱いで、先輩に手渡そうとするが、それを先輩が手で制した。


「良いよ、別に。女の子の前でカッコつけれるのは男の特権ってね」


 そう言って先輩は、私にニコリと笑いかけた。


 ──ああ……。やっぱり私、先輩のこと好きだなぁ……。


 私は先輩の上着をきゅっと握り、そんなことを思う。


 先輩のこの優しさ、温もり、気遣い、全てにおいて私は好きだ。先輩のこう言うところに私は惹かれたんだ。


「その……さっきはごめん」


 先輩は申し訳なさそうな表情をしながら、私に向かって頭を下げる。


「せ、先輩! 頭を上げてください! 先輩は悪くないです! 私がちゃんと伝えられなかったのが悪いんです!」


 私は慌てて先輩に頭を上げるようお願いをした。


「でも……」

「もう良いですから! お願いですから頭を上げてください!」

「そこまで言うなら……分かった」


 先輩は私の言葉で頭を上げる。それを見た私は安堵する。

 

「それで……その……間違ってたら申し訳ないんだけど……、アレってもしかして、俺と一緒に過ごしたいって意味で合ってたりする……?」


 先輩は遠慮がちな表情をしながら聞いてくる。

 私は少し顔を赤く染めながら、コクンと首を縦に振る。


「は、はい……そう……です!」


 先輩は私から少し視線を外して顔を朱く染めたのち、ポリポリと頬を掻いた。


「その……さっきは一ノ瀬さんからお誘いしてくれたわけだし、今回は俺から一ノ瀬さんにお願いしようかな」


 そう言って先輩は私に向き直り、私の瞳をしっかりと見つめる。

 

 私は先輩に見つめられたせいで、さっきよりも顔に熱が溜まっていく。

 おそらく今の私の顔は、茹蛸(ゆでだこ)のように真っ朱に染まっていることだろう。


「一ノ瀬さん、俺で良ければ(クリスマスイブの日に)付き合ってください」

「ふぇ!? ふふっ! はい! もちろんです! コチラこそよろしくお願いします!」


 ──こうして俺と一ノ瀬さんはクリスマスイブに一緒に過ごすことになった。


 これは余談なのだが、何故かこの日、俺が一ノ瀬さんに告白したことになっていた。その影響で、いつの間にか俺は一ノ瀬さんの彼氏となっていた。

 この日の告白が勘違いだったと分かり一ノ瀬さんがまた泣くことになり、その日に俺が一ノ瀬さんに告白して正式な彼氏彼女関係になるのだが、それはまた別のお話……。






 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 少し無理矢理纏めた感が否めませんが、まぁ、数日で組み立てたにしては上出来でしょうという事で、少し目を瞑っていただけたら嬉しいです。





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