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個別の接触

魔術院の訓練棟裏にある、学生用の半屋外訓練場。

風を防ぐ石壁と、空を望む天井の隙間から差し込む光が、地面に白と金の模様を落としていた。


ラースは静かに木剣を構えていた。いつもの短剣ではない。学園指定の訓練用武器――不慣れな長さが、逆に彼の集中を研ぎ澄ませていた。


向かいに立つのは、ユウト・グランベル。


額には汗、息は浅く、両足には軽い震え。それでも、彼の目は逃げていなかった。


「はぁ……っ、もう一回……!」


「姿勢が甘い。肩が浮いてる。力が入ってねぇのに、突っ込むな」


「ぐっ……!」


ラースの指摘は鋭く、それでいて、どこか“温度”があった。彼はただ貶しているのではなく、見て、理解して、伝えていた。


何度目かの交差。ユウトの剣がラースの木刀に受けられ、簡単に弾かれる。体勢を崩して倒れかけた瞬間、ラースが一歩踏み出して肩を支えた。


「……なんで俺なんかに、付き合ってくれるんだよ」


呟きのような問いに、ラースはしばらく黙ってから答えた。


「……“前に出る奴”は、嫌いじゃねぇから」


それは、戦場で何度も見た“死にかけの英雄たち”に重なる、静かな肯定だった。






ある放課後。日が傾きかけた学園の中庭、風に揺れる魔樹〈セイルリーフ〉の下。

小さなベンチに、エイリンとエルが並んで座っていた。


「あのね、エルちゃん……無理して喋らなくていいよ。私ね、ただ一緒にいられたらそれで嬉しいの」


エイリンの声は、風に溶けていくように優しかった。


エルはベンチに座ったまま、膝の上にそっと置いた包みを開ける。中には、色とりどりの魔力キャンディが入っていた。


「これ……甘い?」


「うん、めっちゃ甘いよ。ちょっとだけ、涙が出そうになるくらい」


「……ふうん」


エルはキャンディを一つ取り出し、口に入れた。


舌先にひろがる優しい甘さ。魔力がじんわりと口内に溶け込んで、思わず目を閉じた。


「……あったかい」


その呟きに、エイリンは目を見張った。


「えっ……」


「……ありがと」


それは、たった一言だった。けれど、エイリンの胸には、なにか大きなものが押し寄せてきた。


「……エルちゃん、だいすきっ!」


言葉とともに抱きつくエイリンに、エルはやや驚いたような顔をしつつ、肩に手を添えた。


ベンチの上で揺れる葉と、並んだ二つの影。

その距離は、もう“他人”とは呼べないほど、やさしく寄り添っていた。



夕暮れの鐘が鳴るころ、二年Aクラスの教室には、まだいくつかの灯りが灯っていた。


放課後の教室。日が傾き、窓の外の空が茜色から紫へと染まりゆく時間――

生徒たちは帰り支度を終えた者もいれば、まだ課題に取り組んでいる者もいた。


「エイリン~、またノート貸してくれよ~!」


「も~、またぁ? でも、いいよっ♪」


「うるさいぞ、マクダネル……でもありがとう!」


教室の一角ではエイリンが笑いながらノートを渡し、ユウトがそれを受け取って頷いていた。二人のやり取りに、周囲も自然と微笑む。


ラースは教室の後方、窓際の席で背を伸ばして座っていた。肘を窓枠に乗せ、頬杖をついたまま、外の空をじっと見上げている。


夕焼け空に浮かぶ雲の輪郭が、魔力光に照らされてゆらぎながら色を変えていく。それは、どこか幻想的で、現実から一歩だけ離れたような光景だった。


「……うるせぇけど、静かだな」


ぽつりと漏らした言葉は、誰に向けたものでもなかった。


それでも、その隣にいた者は、しっかりと聞き取っていた。


「……でも、“あったかい”」


エルが机に肘を乗せ、手のひらに頬をのせながら静かに言った。


彼女の髪が夕日に照らされ、金糸のように揺れていた。


教室の喧騒が、やさしく二人を包んでいた。誰も、彼らを遠ざけない。誰も、彼らに恐れを抱かない。


「……ラース、明日も“ここ”でいい?」


「“ここ”って……この席か?」


「うん。……この場所」


一瞬の沈黙。


だが、ラースはゆっくりと頷いた。


「……悪くねぇな」


その日、教室を後にするラースとエルに、数人のクラスメイトが手を振って声をかけた。


「また明日なー!」


「エルちゃん、またお菓子持ってくね!」


「ラース、訓練の件、覚えてるからな!」


彼らは、もう“戦場の異物”ではなかった。


少しずつ、ゆっくりと。

だが確かに、彼らは“交差する風景”の中で、新しい色を見つけ始めていた。



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