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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第2章 とある子供 1888
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第9話

〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

  ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉


子供はさりげなく部屋に戻ってきた。

その際、子供は超越的な効果を持つ聖法を用いたが、

この偉業は誰かの知るところではない。

ともかく、子供の関心はアファルイーに向かった。

アファルイーは、子供が部屋を出る前と同じうつろな姿のままだった。

その姿に、子供はやはり一抹の恐怖を覚える。

スヴェンと比べ、あまりに機械的だった。


子供は思わず後ずさりして、

アファルイーと距離をとった場所でうずくまる。

子供はそれから、

外が暗くなって、そしてまた明るくなるまでの間

その姿勢を保った。


――――――――――


何時間経っただろうか。

外は再び明るくなったことに気付いて、

子供は立ち上がる。

彼にはまだ細かい時間の概念は分からないが、

日付が変わったということぐらいは理解できる。


子供は昨日と同じ方法で、

そして昨日より慣れた足取りで部屋をあとにした。


時間はまだ早朝。

寝つきが悪いとか用事があるといった理由で

一睡もしていない場合を除けば、

この時間帯に起きている者は少ない。

子供は薄暗い廊下をとぼとぼと下りていき、

やがて宿舎を出る。

明暗こそ違えど、

昨日と全く同じ景色だ。

自分の力で勝ち取った光景だ、という興奮は残っているが、

これを繰り返せば

いつかはこの興奮も冷めてしまう。

それは確かだった。



道に人気はなく、

教会周りは静かだ。

そのせいで、

葉がかすれる音や、

風自体の音がよく聞こえる。

一歩一歩歩く度に、

靴と地面が擦れる音もする。

目の前の風景の全てを自分が独占しているという点で、

今日は昨日と違った味わいがあった。


子供は昨日スヴェンがいた場所に座り、

宿舎のほうを眺める。

宿舎は3階建てで、

どの階の見た目も同じ見た目をしている。

唯一違うのは窓の内側の風景だ。

窓際に小物を置いているところがあれば、

そうでないところもある。

子供は木によりかかり、

窓の数を数え始めた。


――――――――――


1、2時間ほどで、

町は一気に活気で溢れ始めた。

宿舎も少しだけ賑やかになってきて、

いろいろな物音が聞こえ始める。

そんな中、1・2階のいくつかの窓が開け放たれた。

窓から人の姿がのぞける。

子供は窓を数えるのを中断し、

そこへと目をやる。

すると、向こうもこちらに目がいったようで、

しばらくの間見つめ合う。


そして、大きな声がする。


「おいお前ら起きろ!

 例の白いガキがいるぞ!!」


その声を皮切りに次々と窓が開け放たれ、

大勢の生徒が顔をのぞかせた。

子供の真っ白がよく目立つおかげで、

すぐに子供の場所が分かった。

子供に呼び声をかける者や、

隣の部屋と窓越しに話し合う声が聞こえる。

宿舎は一気に騒がしくなった。

3階からも、比較的年齢のいった者の訝しげな表情が伺える。


子供はすぐに、自分が大勢の注目を浴びていることに気付き、

ちょっとした緊張感を覚える。

その緊張を紛らわすために、

子供は昨日のスヴェンのことを思い出した。

手を振って、立ち去る姿だ。


子供はそれをマネして、

宿舎に向かって手を振る。

すると、大きな歓声が聞こえてくる。


教会の一角は一時騒然とし、

怒り狂った修道女が来るまで

騒ぎは収まらなかった。


――――――――――


生徒が朝の諸々の支度を終えると、

続々と生徒が子供の元にやってきた。

どうやら、女子煉は子供がいる庭園の反対側にあるようで、

男子煉の噂をつたってやってきた女子生徒の何人かが

子供の元にやってきた。


ただ、男女問わず子供に話しかけるのはためらわれるようで、

子供と生徒の間には一定の距離があった。

そんな中、比較的ガタイのよい生徒が子供の前でしゃかんだ。


「何で部屋から出てきたんだ?」


子供は突然話しかけられたことに戸惑いつつも

言葉を絞り出した。


「スヴェンがそうしろって」

「スヴェン?

 そうか、あいつの話

 マジだったんだな」


そうぼやくように言うと、

生徒は勢いよく後ろを振り向いた。


「スヴェンはどこだ?」


取り巻きの一人が答える。


「スヴェンの奴、

 直談判だなんて生意気だ、ってことで、

 一晩居残りで課題やらせてるよ」


それを聞いて、子供の前にいる生徒は向き直す。


「ってなわけで、

 スヴェンが今朝くるかは怪しい」

「じゃあ、どうするの?」


生徒はにやついて言う。


「グリムンっていうダルい奴が、

 代わりに来るんだ

 学校行くぞ」


子供はとりあえず頷いた。


―――――――――


グリムンは家を出た。

昨日、スヴェン率いる10数名の生徒が、

宿舎にいる精霊人の待遇改善を教会に直談判してほしい、

という旨の直談判を行った。

とりあえず、スヴェンには過酷な課題を課したが、

それでもグリムンの腹の虫は収まらなかった。


なぜ亜人族の生活のために自分が動くのか。


その気持ちがグリムンを憤らせるのだ。

とはいえこの数日間、

生徒たちが精霊人のことでざわついていることは把握していて、

一体どんな奴なのかを知るためにも

顔合わせぐらいはしておくのは悪くない。

教会の聖父パウルとは一応は付き合いがあるため、

話の切り出し方を間違えなければ

おそらく話に乗ってくれる。



グリムンは、

ちょっとした期待と不安が心で入り混じる中、

教会に向かって足を進めた。

彼の自宅は教会からそれほど離れているわけではなく、

馬車を使う必要はない。


「おい見ろ!

 グリムンだ!」


教会の敷地内から生徒の声が聞こえてくる。


「教師を呼び捨てにするな!」


グリムンは一喝して生徒を除け、件の白い子供と対面する。

背後では、宿舎の窓から大勢の生徒が顔を出して眺めている。


「なぜここにいるんだ!!

 誰が連れてきた!?」


グリムンが一喝するが、

誰も答えない。


「非ベルオクス人を

 勝手に町で連れまわすなどご法度だ!」


グリムンは群衆全体に向けてそう言うと、

すぐに子供のほうを向く。


「気味の悪い見た目だ」


そうぼやきながら、

やがて子供に近づいていった。


「君、

 君は、

 例の精霊人と一緒にいた子で間違いないね?」


子供は頷く。


「私はティム・グリムンだ

 その精霊人に問題が生じていると聞いて、

 教会と話をつけにきた

 君、名前は?」


子供は首を横に振って、

「まだない」と言う。


グリムンは呆れながらため息をつく。


「ついて来なさい

 パウルと話しに行く」


そう言うと、

子供は駆け足でグリムンについていった。

その愛らしい姿を見て、

幾人かの生徒たちもつられてグリムンのあとをたどる。


「なぜお前達もくる!

 さっさと教室に戻れ」


グリムンは相変わらずの口調でそう言うと、

生徒達は一斉に散っていった。


―――――――――


「何?

 パウルがいない?」


修道女に聞けば、

パウルは出張中だという。


「いつから出張してるんだ?」

「4日前です」


4日前と言えば、

例の精霊人がこの地にきた時期と一致する。


「それで、例の精霊人の面倒を見てる者は?」


修道女は詰まる。


「精霊人族は、個人主義の種族と聞いています

 多干渉は迷惑になるでしょう」

「————放置してるわけだな?」


グリムンは皮肉っぽく言い放った。


「それで、その精霊人の名前は——

 …知るはずないか

 宿舎の何号室に居る?」

「309です」


グリムンは修道女を一瞥して宿舎に向かった。

その後、少々息を切らして、

2人は目当ての309号室前に着く。


何と言って声をかけようか。


そう悩んでいる内に、子供に異変を感じた。

子供の体内から聖力の奔流を感じると同時に、

見たこともない形で渦巻き始めたのだ。

まるで、凝縮された聖素が煮えたぎっているかのようだった。


グリムンは、

これが聖法なのでは、と即座に察した。


「お前、これは何だ!」


聖術士ならば身震いせずにはいられない現象を前に、

グリムンは思わず声を荒げる。


一方、子供はそんなグリムンを他所に、

この2日で慣れ親しんだ、

物体を透過する聖法を用いて部屋に入る。

グリムンはこれ以上ないほどの驚きの表情を浮かべたが、

部屋に入ってしまえばその顔も見えなくなる。


部屋に入った子供は、

アファルイーが相変わらず同じ姿勢で同じ場所を見つめていることを確認する。

子供が外に出たことにも気付いている様子はない。


子供はどう話しかけるか考えた末、

結局 普通の話しかけ方を選ぶ。


「アファルイー、アファルイー」


だが、アファルイーは答えない。

かといって、無視しているそぶりもない。


子供は声を強めて言う。


「アファルイー、アファルイー!」


相変わらず返答はない。

困った子供は、聖法を発動させる。


そして——


〈アファルイー!〉


意識に直接話しかける。

すると、アファルイーは何事もなかったかのように

子供のほうを見た。


「どうしたの?」


種族的特性のおかげか、

アファルイーの見た目は全く変わっていない。

精霊人族的な健康体そのものだ。


「人が来てる」

「人?」


アファルイーが少し声のトーンを下げたことに気付き、

子供は表現を変えた。


「大人の男の人」


アファルイーは少しほっとした様子を見せた。


「話したいみたいだよ

 アファルイーと」


そう聞いて、アファルイーは駆け足で玄関に向かう。

だが、そこには大量の家具が置かれている。

数日前のアファルイーの所業だ。


アファルイー自身も

自らが行ったその狂気じみた光景に唖然としていたが、

やがて気を取り直し、

聖術を使って家具をどかしていった。


「すぐ外で待ってるよ」


子供がそう言うと、

アファルイーは息を飲んでドアノブに手をかける。

そして鍵を開け、

いよいよグリムンと対面した。

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