表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第2章 とある子供 1888
8/17

第8話

『ラーザルン第4聖科学校南部ベルオクス人校』

中等教育を担う6カ年制の学校だ。

教育対象とするのは

先天的に聖力を有する12歳から18歳までのベルオクス人だが、

辺境植民地に設置された学校なだけあって、

生徒確保に苦心している。

そのため、本国首都ルベリオルンで見られるような純血主義は掲げていない。

おかげで、アルミナ人の血が入った肌色の濃い者や、

ウェルリオ人の血が入った青髪青瞳の者も散見される。

非常に稀な例だが、耳や尻尾の生えた者も卒業生にいる。

つまり、獣人族の血が入った者だ。


とはいえ、獣人族に関して言えば、

それは学校設立直後の話である。

具体的な時期でいうと、60年代だ。

その頃は、魔王対戦終結から30余年が経ったばかりだった。

社会の中核にいる大人たちのほとんどが、

魔王大戦終結という一大事をリアルタイムで経験した世代だ。

まだ、『種族を超えた復興』が完全には諦められてはいなかった。



だが、70年代に入って世界はがらりと変わった。


魔王大戦後に世界を主導した種族は、

歴史的に見て長きにわたって覇権を握り、

さらには魔王大戦で主役となった人族と、

同じく魔王大戦で著しい活躍をおさめ、

なおかつ優れた身体能力と莫大な人口を要する獣人族だ。

要は、世界の中心をなすことになった2種族が、

どちらも短命なのだ。

戦後の著しい技術発展を以てしても、

人族の平均寿命は40代止まり。

獣人族に至っては、

数百年生きる者がちらほらいるのにも関わらず、

大抵は2、30代で人生を終える。


70年代に入り、魔王大戦に直接関わった者や、

リアルタイムで関心を向け続けてきた者の大半が、

社会から引退するなり人生を終えるなりして表舞台から去った。


彼らに代わって社会を担った大半の者は、

自種族の覇権のために武力行使を厭わない者と、

他種族の話を聞けば反射的に蔑視の言葉が出てくる者達だった。


種族ごとの生物的・文化的違いから、

『種族を超えた復興政策』というものがもはや

実現不可能な絵空事に過ぎない、と吐き捨てられるようになったのだ。



こうした時勢から、ラーザルン第4聖科学校南部ベルオクス人校

 ——いわゆる『南4校』からは、

獣人族を自らのルーツに持つ者の姿はなくなった。


最近では、世俗的に言われる「純血主義」が南4校にも押し寄せている。

その影響で、ウェルリオ人はまだしも、

アルミナ人に対する差別意識が芽吹き始めていた。


―――――――――


〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

  ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉


『仕方ない

 行くか』


スヴェンはそう思いながら、

よたよたと道を進んでいく。


右には教会の庭園、その奥には宿舎が。

左にはルべリオルンを意識した街並みが。


そして、ひたすら直進していった先に

目的地である南4校がある。



遅く歩いても、

校舎につくまで10分もかからない。

一限目の数学が行われている講義室まで行くのにも、

そう時間はかからない。

授業時間50分、休憩時間10分ということを加味すれば、

もう少し庭園でごろごろしておくのが賢明だ。


だが、例の白い子供との話を早々に切り上げてしまった手前、

その場に居続けるのは気まずかった。


『何とかなるだろ』


そんな軽い気持ちで、スヴェンは道を進んだ。


————————


「このウェルリオ野郎!!

 一体どの面下げて入ってきた!!!」


案の定というべきか、

スヴェンは痛い目に遭った。



教師の機嫌を損ねまいと、

彼はそれなりにかしこまった顔付きで講義室に入った。

だが、講義室に入って一発目に、

スヴェンは教科書を思いきり投げつけられ、

それが頭に直撃した。


無論、それぐらいなら簡易的な治癒系聖術を施せば済む話だし、

自然治癒に任せるにしろ、

そう時間はかからない。



だが、問題はそこからだ。


「この私の授業を遅刻するとは、

 大した度胸だな!!」


スヴェンの目の前にいる人物は、

人格が著しく歪んでいることが有名な名物数学教師なのだ。

そんな彼の蛮行は、以下に挙げられる。



成績が優秀な場合:

おごり高ぶっているという理由で罵る。


成績が不良な場合:

怠慢であるという理由で罵る。


成績が平均的な場合:

何の取柄もないという理由で罵る。


『純血』のベルオクス人の場合:

ベルオクス人としての誇りが足りないという理由で罵る。


『純血』のベルオクス人でない場合:

ベルオクス人もどきだと言って罵る。



この通りだ。


ふざけた生徒が、

人によって差別しない、という点で彼を評価することもあるが、

それは屁理屈に過ぎない。

正確には、

だれかれ構わず差別し、

そして軽蔑している。


「答えてみろ!!

 お前は何様だ!!

 そんな青い髪しやがって!!!」


講義室中に品性のない怒号が響き渡る中、

スヴェンは何も言わずに立ち尽くしている。


一方、室内の生徒たちはというと、

この教師の授業に途中入室したことが

信じられなくて唖然としていたり、

人が痛い目を見る姿で養分を得たり、

単純にスヴェンの行いをバカにしていたりと、

多種多様だ。

だがやはり、驚きを隠せずにいる者が大半だ。


それもそうである。


人格・授業・試験

どれをとっても良い点のない教師であるが、

一つだけ救いの余地があるのだ。

それは、彼が生徒の顔と名前を両方とも覚えていないことだ。

例え欠席したとしても、

次の授業で平気な顔をして出席すればいいのだ。


が、スヴェンはあろうことか、途中入室した。

あるまじき行為だ。


「この野郎、何か言わないか!!

 顔付きだけは一丁前にベルオクス人とは、

 良いご身分だ!

 私の拳でウェルリオ人の顔にしてやろうか!!!」


全く終わる目途の立たない怒号が続く。


スヴェンはあきれ果てた同級生の顔を眺め、

やっとのことで言葉を絞り出す。


「いやぁ、恐縮です」


スヴェンは特大のゲンコツを食らった。


――――――――――


医務室から治癒系聖術の触媒を貰ったスヴェンは、

それを額にあてながら廊下を歩いていた。


彼の蛮行は、

授業が終わると瞬く間に学校中に広がり、

一気に注目を浴びることとなった。


だが、今の彼にとって

状況はそれどころではない。

なぜなら、彼は非常に面倒な教師に呼び出された。

彼のクラス担任の、ティム・グリムンだ。


応用聖術を教える聖術学教師で、

聖術士としても非常に秀で居ている。

そんな彼の優秀さに関する逸話は数多あるが、

良くない噂も多々ある。


以前は蜥蜴人族の学校で教鞭をとっていたらしく、

そこで何やら、

ベルオクス人としての誇りが行き過ぎたらしく、

一人の蜥蜴人族の生徒に目を付けられ、

危うく刺殺されそうになったとか。


要は、大の亜人族嫌いなのだ。



スヴェンの体には、

別に亜人族の血が流れているわけではない。

ウェルリオ人はあくまで特殊人族という分類であり、

決して亜人族などではない。


だが、亜人族を論理ではなく感情に頼って軽蔑する者に限って、

特殊人族もまとめて軽蔑してくる。

ティム・グリムンとは、その類の人物なのだ。



数学教師の授業に途中入室したことで遅刻がバレ、

教員室に呼び出されてしまったのだ。


スヴェンは憂鬱な足取りで教員室へと向かい、

ティム・グリムンと対面する。


「この馬鹿野郎!」


開口一番、拳が一緒に飛んできた。


スヴェンは痛みと呆れで顔を歪める。

それが逆にグリムンの癪に障ったのか、

更にもう一発拳を食らうこととなった。


「先生、勘弁して下さい

 さっき教科書でぶたれたばかりなんです」


スヴェンが苦し紛れに言うと、

拳がさらにもう一発飛んでくる。


彼はもはや何も言えなくなり、

黙ってグリムンに対峙する。


「お前、呼び出された理由は分かるな?」


スヴェンは小さく頷く。


「分かったなら『はい』と言うんだ、

『はい』と!!」


スヴェンはまた拳をくらう。


「はい!」

「……スヴェン」

「はい!」

「前に約束しただろう、

 もう遅刻はしないと」


グリムンは真剣な趣で言う。


「はい!!」


スヴェンがはっきりと返事すると、

グリムンは立ち上がって拳を彼に食らわせた。


「ふざけているのか!?」


スヴェンは、

心の中で一気に殺意が湧き上がってくるのを実感する。

だが、じっと堪えた。


「そんな調子じゃあ、

 単位が足らんのは分かるだろう?」


グリムンは平静を取り戻して再び座ると、そう言った。

スヴェンは返事をするか黙るか迷ったが、

勇気を出して沈黙を選んだ。


幸い、グリムンから拳が飛んでくることはなかった。


「卒業ぐらいだったら、

 大目に見てやってもいい

 だが、お前はそこで終わりじゃないだろう!」


スヴェンは沈黙を保つ。


「大学進学は、お前と、お前の親御さんの合意だったはずだ

 お前は確かに、

 勉強と聖術の才能の両方に恵まれた

 だが、それだけじゃダメだ

 もっと真面目に生きなきゃダメだ」


グリムンの熱意がこもった言葉に対し

スヴェンは言い返す言葉が思いつかない。

無論、言い返せば拳が飛んでくるので、

思いついても言い返さないが。


「いいか

 大学進学ってのは

 みんながみんな出来るもんじゃない

 それをよく理解した上で、

 自分の進路を潰さないよう、励むことだ

 行け!」


スヴェンは一礼すると、

グリムンと距離を置いて教員室を去った。


――――――――――


昼食の時間。

大勢の学生が食堂で一同にかえす中、

スヴェンは普段以上に注目を浴びていた。

何せ、例の数学教師とグリムンの両方の逆鱗に

一日の内に触れたのだ。

その噂を遅れて嗅ぎ付けたとある生徒が、

スヴェンの元に向かっていた。


「ようスヴェン!」


それは、スヴェンの数少ない親友の一人だった。


「デーア

 ここに座りな」


スヴェンは隣の席を指さす。


「聞いたぜ?

 今日はさんざんだった、ってな?」


デーアはにやりとした笑みを浮かべる。


「からかいは結構だよ

 もし心配してくれるなら、

 朝 僕を起こしに来てくれ

 宿舎の誰も、

 僕を起こしてくれなくなったんだ」


デーアは鼻で笑う。


「俺は自宅通いだ

 わざわざ毎朝

 お前の寝顔を見に行くのは御免だ

 ていうか、彼女に頼んでたじゃなかったのか?」

「それが、今朝は来てくれなかったんだ

 さすがに、

 毎朝規則を破るのが

 嫌になったんだろうね

 機会をつくって謝らないと

 今日はまだ会えてないんだ」

「寮生が遅刻で大学進学を逃す、

 っていう前代未聞の瞬間を

 みんな見たがってるぜ?」

「冗談きついよ」


周囲の生徒もスヴェンとデーアの会話に耳を傾けていて、

多くが笑みを浮かべている。



スヴェンは訝しげな表情で固いパンをかみちぎる。

すると、ふとあることを思い出す。


「そうだ!

 そんなことより、

 今朝は面白いことがあったんだ」

「面白い事?」

「そうそう

 例の精霊人と一緒にいた、

 あの白い子供と会ったんだよ」


デーアは目を丸くして驚いた。

この会話を聞いていた幾人かの生徒も同様に驚く。

何せ、その精霊人はここ数日の間

部屋に籠ったきりなのだ。


「名前なんていうんだ?

 種族は?

 特殊人族の類なのか?」

「いや、大した会話は出来なかったよ

 ただ、名前がないらしくて、

 例の精霊人と一緒に決める約束をしてるみたいなんだ」

「なんだそれ?

 どこの亜人族の文化だよ

 特殊なのか遅れてるのか……」

「それでなんだが、

 どうやらその精霊人っていうのが、

 すっかり落ち込んでるみたいなんだ

 新天地に来て失望したとか、

 何か不都合なことがあったのか、

 詳細は分からないけどね

 ただ、教会がこれを放置してるのは

 いただけないね」

「じゃあどうするんだ?」

「教会に直談判する立場にはないし、

 それを乗り越える勇気もない

 そこで、だ

 生徒で一致団結するか、

 そこそこ地位のある大人に頼みたいんだ」


デーアは机にひじをつく。


「それはその白い子供との約束なのか?」

「そうだよ」

「でも、今日のお前には無理そうだな?」


スヴェンは背もたれによりかかってため息をつく。


「そう、それだよ

 それが問題なんだ

 タイミングが悪いし、

 かといって

 一緒に直談判しよう、

 なんて誘えるようなツテがないんだな、

 俺には」

「それなら俺に任せとけ

 例の精霊人の情報をまとめてる裏掲示板があってだな

 その取り巻きの連中なら、

 その話に乗ってくれるよ

 俺が話を通してみる」

「……バカな奴もいるもんだ

 まぁ、助かるよ

 頼んだ」


スヴェンはデーアと固い握手を交わし、食堂をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ