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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第1章 とある精霊、あるいはとある子供 1887-1888
6/17

第6話

〈〈1???年 ? ? ?〉〉

少女の新たな一週間は、母の呼び声とともに始まる。


「アファルイー、準備は終わった?」

「終わった!」


アファルイーと呼ばれた少女は、

荷物を手に勢いよく家を出て行った。


「行ってきます!」


そう言う頃には

彼女は既に家を出ていたため、

その言葉は家の外に響き渡った。


――――――――――


『シェイビーの誇り高き学びの園』

いわゆるシェイビー学園こそが、

少女アファルイーの通う学校だった。


彼女は幼い頃、

母の指導の元で懸命に勉強し、

優秀な成績でこの学園の下等部に入った。

そして今や、上等部の2年である。

ゆくゆくは学術部、研究部に進学する予定だ。

聖術学を学び、研究するつもりである。



アファルイーは凛とした表情で町中を歩いた。

純白の下地に緑の刺繍が入ったシェイビー学園の制服は、

精霊人族の最高学府に所属する者としての威厳を

自他問わず放っている。


そんな中、道端の様々な声が聞こえる。

ある演説には、最近では聞き慣れた文言が含まれていた。


「皆さん、魔人族はすぐそこに迫っています!

 魔王が侵攻を始めて4か月

 政府が散々持ち上げていた かの列強達は防戦一方で

 次々と西方大陸に逃げていってる、

 というじゃあ、ありませんか!!

 今こそ、再軍備・軍拡です!!」


魔人族は魔素に対して絶対的な耐性を持っている。

だが、聖素に対しては著しく弱い。

北方大陸がどうなろうと、

魔王軍が中央大陸に侵攻するなど不可能だ。


アファルイーはそんなことを思って、

憤りながら関心をそらした。



やがて歩いていくと、今度は全く別の演説が聞こえてくる。


「我々 立憲精霊党は

 議会設置を政府に呼びかけています!

 皆さんの賛同があれば、

 かの列強で起こったような

 血みどろの市民革命など必要ありません!

 我々には世界樹より与えられた高度な知性があるのです!

 さぁ、祖国に新たな風を吹かせましょう!!」


アファルイーはこの手の話に興味がなかった。

先ほどのような憤りもなければ、

それ以外の特別な感情も抱かなかった。




やがてシェイビー学園が近づいてくると、

アファルイーは足取りを速める。


そんな時だった。


「よぉ、アファルイー!」


アファルイーが最も嫌いな声が聞こえた。


「……ヴェルダー」


同じ学年、同じクラスにいる男子、ヴェルダーだった。

彼は何かとアファルイーに構ってきて、

嫌味を言ってくるのだ。


ヴェルダーは、アファルイーと同じ下等部からの内部進学生である。

シェイビー学園の入り口である下等部の厳しい競争を乗り越え、

下等部から上等部への狭い内部進学の枠を勝ち取ったのだ。

だからこそ、その優秀さはある程度担保されているはずだが、

アファルイーにとって

彼がそれほど優れているとは思えなかった。


『内部進学枠の無駄遣いね』


そんなことを思いながら、アファルイーはヴェルダーを見下ろす。


アファルイーは今年で12歳であるが、

身長の面で言えば、10代前半の男子は女子に適わない。

それが傾向だ。


「今日もぶっ細工だなぁ~」


ヴェルダーは上目遣いで

にやにやしながらアファルイーを見る。


アファルイーは腹からこみ上げてくる怒りを抑え、

ヴェルダーを一瞥した。


「おい無視かよ!

 無視か~?」


ヴェルダーはとことことアファルイーの後ろをついてくる。


「良い加減にして!

 私に構わないでよ!」


そう言われ、ヴェルダーは目を丸くして立ち尽くしてしまう。

言ってやった、と思ったアファルイーは

一層足取りを速めて学校に向かった。


――――――――――


呼び鈴が鳴り、教室に教師が入ってくる。

1限目の授業が始まるのだ。


「号令をかけなさい」


教師がそう言うと、担当の生徒が掛け声をし、

全員が一斉に起立する。


そのどさくさに紛れ、ヴェルダーがちらりと視線を向けてきたため、

最大限の睨みをもって返した。

ヴェルダーは顔を赤らめと、すぐに目をそらした。


そんな時だった。


「あれなんだ?」


ヴェルダーが自分のことを指したのかと思い、

思わずドキッとした。


だが、違った。


ヴェルダーが指さしたのは

窓の外だった。



そこには、紫の世界樹があった。

その背後には本物の世界樹が聳え立っている。

全長40キロメートルの世界樹は、その幹と葉で中央大陸全土を覆っている。

そんな世界樹の葉の下で、新しい世界樹の姿があった。

それは神秘的な聖であり、神々しさがあった。

だが、同時に嫌な感じがした。

圧倒的な違和感、不快感、不安だ。

そうした感情が渦巻く一方、

それを差し置いてでも、

その紫の世界樹は美しかった。











そして次の瞬間。

紫の世界樹は破裂し、

その爆風が全てを吹き飛ばした。






1611年9月26日

魔王軍が北方大陸で侵攻を始めてから約4か月がたった頃。

その日、魔王軍の艦隊が中央大陸の一都市に上陸し、

一発の新型爆弾を起動した。


これは、精霊人族史上最悪の時代の始まりであると同時に、

アファルイーが享受してきた日常の終わりの瞬間だった。


――――――――――


〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦

  ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉


アファルイーは大声を出して意識を取り戻す。


寝ていたわけではない。

夢を見ていたわけでもない。



アファルイーはなぜか、気絶していたのだ。

その間に、アファルイーの脳内では最悪の過去が再演されていたのだ。



アファルイーは額の汗をぬぐい、

早まった鼓動を何とか抑えようとした。


やがて落ち着いてくると、ゆっくりと辺りを見回す。

何か恐ろしいものが隠れているのでは、と考えしまうのだ。

例えば、魔人族とかだ。


だが、その不安は瞬時に収まる。

純白に輝く子供の姿を目にしたからだ。


魔人族の一番のイメージといえば、

その紫の魔力だ。

その対局にある真っ白な子供の姿は、

何にも変え難い安心感をアファルイーに与えたのだ。


「ごめんなさい

 ちょっと嫌なことを思い出したのよ」


アファルイーは件の子供に近づこうとする。

が、あることに気付く。

子供は、アファルイーに怯えたような表情を向けていたのだ。

そのことに気付き、彼女は子供に近づくのを止め、

先ほどとは別の適当な椅子に座った。


どう話を切りだせばいいか、と悩んでいると、

ドアがノックされる音がした。


聖父パウルは出張中だから、おそらく修道女だろう。


そんなことを思いながらドアを開けると、

そこには例の制服を来た学生の姿があった。



アファルイーは思わず顔を歪め、

勢いよくドアを閉めて鍵をかけた。



アファルイーはふらふらと部屋を進み、例の回想によって気分が最低になる中、

状況を整理した。

自分が置かれている状況を、だ。


まず第一に、いたずらに好奇心を向けてくる学生達

そして第2に、ひたすらに敵愾心を向けてくる修道女達


これが、今のアファルイーを囲む人々だった。

気にしなければどうということはない、とも考えられるが、

彼女にとってはそうもいかない。


ケ連邦に居た頃、アファルイーは、

壁やドアの向こうに獣人族がいやしないか、と始終気を使っていた。

その頃の閉塞感と緊張感の漂う空気が、

無性に彼女を包んでいた。

先ほど安心感を抱いたはずの子供にでさえ、

震えるほどの恐怖を感じ始めた。




アファルイーはカーテンを閉め、大量の家具でドアを塞いだ。

そして、アファルイー自身も完全に塞ぎこんだ。

第1章 ー終ー

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