第4話
〈〈1888年 ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦
ベルオクス共和国領ラーザルン 南ラーザルン州〉〉
2人が着いたのは
パーラ中央国際駅である。
ラバル王国とベルオクスの国境に設置されている。
輸出入や入国審査を司る国際駅であるが、
近年では役割が大きく変わった。
それは、獣人族移民の受け入れである。
ケ連邦の政策によって
中央亜人族諸国家に移住した獣人族が、
貧困や紛争、身の危険から逃れるために
ベルオクスに逃れてくるケースは後を絶たない。
その現状を把握している駅側は、
それ相応の職員を駐在させていた。
アファルイー達を出迎えたのも彼らだった。
ある者は獣人語がかかれたプラカードを手に駅を徘徊し、
ある者は拙い獣人語で怒号を上げている。
アファルイーは一抹の恐怖の中、
獣人達の流れの中で
何とか前進していた。
下手をすれば
子供とはぐれる可能性もある。
獣人族の群衆が段々と平静を取り戻してくると、
全員が数列に分かれて並ばされる。
アファルイーもそれに従った。
その時だった。
列を監視する人族の男がアファルイーの肩をつかみ、
列から引っ張り出した。
『顔ヲ隠スナ!』
アファルイーにとって
それは聞いたことがない言葉だった。
それもそうである。
男が使ったのは獣人語なのだ。
男は、アファルイーが顔を隠す法術を用いていることに気が付いたが、
獣人ではないことに気付いていない。
やがて、アファルイーが自らの言葉に応じないことが分かると、
顔を真っ赤に紅潮させた。
男は魔道具を用いて増幅させた魔術を用い、
アファルイーの法術を乱す。
疲労困憊の中で聖術を維持していたアファルイーは、
その影響で思わずよろめく。
隠していたアファルイーの契約精霊の姿も露になる。
だが、当の男もまたアファルイーの正体に気付き、
大きく後ずさりする。
「精霊人!?」
大勢の獣人の注目を浴びる中、男は子供のほうへと視線を移し、
また別の意味での驚きをもらした。
別の数人の職員がやってきて、
事態はいよいよ騒然となった。
客観的に見ても、
精霊人が大陸中央鉄道で獣人の難民と一緒にいるなどということは、
全く想定していなかったことである。
最終的に、2人は半ば強引に別の場所に移された。
それは肌寒い牢獄のような部屋だった。
部屋に似合わない上等な椅子と机が
物寂しく置かれているが、
場違いも甚だしかった。
机の端でランプが机を照らしているが、
部屋の窓から差し込む陽射しによって
ほとんど意味をなしていない。
やがて部屋に戻ってきた男の職員は、
多くの書類を携えていた。
手で分厚い辞書を持ち、
片脇にはボロボロのファイルが挟まれている。
男は2人を座らせると、
訝し気な表情で自らも座る。
アファルイーと男は対面する形になっていて、
いわゆる取り調べのような体勢である。
男は慣れない手つきで本のページをめくり、
何やら文字を書きだす。
書き終わると、
紙を回転させてアファルイーに向けた。
精霊人族の精霊文字だった。
およそ綺麗とは言い難く、
読解というより解読が必要なほどである。
アファルイーは一通り目を通すと、
それが質問であることに気付いた。
氏名、種族、民族、身分、出身、年齢、略歴、入国の目的についてだ。
アファルイーの周囲を漂う精霊や
隣の子供についても同様のことを書け、
という指示もあった。
アファルイーは自らのことをなるだけ詳しく書き、
精霊や子供の素性についても分かる範囲で書いた。
紙を男に返すと、
「この部屋で待て」と書かれた紙を渡される。
男は部屋を出て行き、
殺伐とした部屋には2人だけとなった。
「なんて書いてあったの?」
「——私たちのことについての質問だったわ」
「これからどうするの?」
長期間にわたる聖術の行使により疲れ果てたアファルイーだったが、
子供の質問を無碍にするわけにもいかず、
言葉を絞り出した。
「心配ないわ
きっとね……」
子供はよく理解できていない様子だが、
一応は耳を傾けた、という感じだった。
暫くすると、
部屋から出て行った男が戻ってきた。
そして、ぶっきらぼうに何やら紙を渡されたと思えば、
「ついてこい」と書かれている。
2人は男についていって、
他の獣人とは全く異なるルートで駅を出た。
駅の外は殺風景で、
あちこちに魔王大戦の影響が垣間見れる。
だが、道路の最低限の舗装はされているようで、
これまでとは全く違う文化圏に来た、
と錯覚でも感じることが出来た。
駅のすぐそばの馬車乗り場につくと、
兵士と思しき者が2人いる。
ここまで2人を案内した男は、
去り際に一枚の紙を渡した。
今までとは違って長い文章が書かれていた。
字の汚さ、文法の拙さには目を見張るものがあったが、
アファルイーは何とか解読した。
どうやら、2人の身柄はとりあえず近隣の教会が預かるそうで、
迎えが来るまで待てということだった。
それが本当かどうか、果ては、自分がこれからどうなるかは、
アファルイーには見当もつかなかった。
だが、どことなく安心感を抱いた。
不潔な獣人族の世界を抜け、
やっと自分を受け入れてくれる世界に来ることが出来たのだ。
祖国の内戦で全てを失って7年。
東部を脱出してから2年。
多くの苦難に思いをはせた。
そうして、アファルイーはふと子供に視線を向けた。
子供の表情は、まるで遠足に向かうかのような呑気な表情だった。
――――――――――
数時間。
アファルイーが暇に耐えかねていると、
馬車がこちらに向かってきているのが伺えた。
見慣れない紋章と大層な装飾のついた馬車だった。
馬車が乗り合い場につくと、
中から一人の男が出てきた。
見慣れない服だったが、
その服の意図する所属が教会であることは分かった。
男は茶髪で、
大きな目の中心に浮かぶ灰色の瞳が印象的だった。
男からはかすかに聖力を感じる。
聖力保持者であることは間違いなかった。
彼は何やら法術を唱えると、
幾度か咳払いをする。
『ドウモ
スグ近クノ町デ、聖父ヲシテイル者デス
パウル、トイイマス
拙イ言葉ヲオ許シクダサイ』
どこの地域の訛りでもなければ、
幼児特有の口調でもない。
確かに精霊人族の言葉ではあったが、
笑ってしまいそうなほど下手だった。
だが、聖職者と思しき者と出会えた喜びから、
アファルイーは笑顔で答えた。
「ご丁寧に感謝します
アファルイーです」
『聖天教ノ信者トシテ、
中央大陸デノ内戦ニオ悔ヤミヲ申シ上ゲマス
ケ連邦カラココマデ、
オソラク大変ナ道ノリダッタデショウ
ダンバロ派ノ連中ハ、
天使ノ尻尾ト肉球ニシカ興味ガナイデショウカラ、
役ニ立タナカッタハズデス
皆サンノ安全ハ、
我々 北方教会ガ責任ヲ持チマス』
アファルイーは汚れた手を服で拭うと、
パウルと固く握手を交わした。