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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第1章 とある精霊、あるいはとある子供 1887-1888
3/17

第3話

レグウェイによる紹介の元、

アファルイーと件の子供は村で紹介された。

獣人族に対する不信と蔑視は根強いアファルイーにとって、

そんなことは論外だった。


アファルイーは、

自分はレグウェイに嵌められた、とまで考えた。

だが、それが間違いであると気づくのに

時間はかからなかった。


「2人は南方に誘拐されてきた亜人族の親子で、

北方の故郷に帰りたがっている」


レグウェイはこの嘘を広め、

村人はすぐに信じた。

というのも、ここの村人は他種族について

よく理解していなかったのだ。

それが精霊人のこととなると、

当然 見たこともあるわけなかった。



この事をよく理解しているレグウェイは、

2人に関する涙ぐましい感動の物語を語り始めたのだ。

もちろん、その話は嘘であるが、

村人はまんまと涙を誘われた。

結果、2人は村全体で盛大に歓迎されることとなった。

村は貧しく、よく想像されるような、

いわゆるな歓迎ではなかったが、

アファルイーがひとまずの安息を得るには十分だった。


一連の歓迎会が終わると、

不法ルートが詳細に記述された地図を

レグウェイから受け取り、

2人は村をあとにした。


――――――――――


〈〈1888年 ラバル王国

  ナーヤ州 中央部〉〉

質の悪い線路の上を、

むせるような煙を出しながら走る蒸気機関車の姿があった。


馬車の客室をそのまま利用した1等車両

貨車に申し訳程度に天井と椅子を設置した2等車両

吹きさらしの貨車の3等車両


これが、その列車の編成だった。


レグウェイからある程度の資金を貰った2人だったが、

乗れたのは3等車両である。


列車は想像以上に高速で、

かつ安定していて、

ふとすると線路から滑り落ちるのではないか、と思ってしまう。

3等車両ともなれば、

その不安は絶大だ。

粗悪な線路と粗悪な車輪に対して、

貨車が安定しすぎているのだ。


アファルイーはその不安に対し、

何とか知識をこねくり回して対処しようと試みる。

彼女の予想では、

この原因は貨車にかけられた魔術にある。

そうであれば、その原因を理解するのは容易だった。


アファルイーは魔術に関する知識を殆ど持っていないが、

聖術に関する知識であれば相当なものを持っている。

魔術と聖術の術式の基本構造は似ていて、

魔術のことも大方類推できるのだ。



しばらく頭をこねくり回したアファルイーは

該当する聖術を頭に浮かべ、

自らの本能から湧き出る不安に蓋をした。



実際のところ、2人が乗る列車には

車輪の軌道を安定させたり、

振動を軽減したりする魔術が付与されている。

『安定』という複合的な工業用魔術である。

この魔術を貨車に付与すれば、

たとえ車輪や線路が歪んでいても貨車が安定する。

しかしながら、この魔術は通常の物質に対する負荷が強い。

そのため、付与対象が粗悪であればあるほど

魔術の作用が相対的に強くなり、

付与対象を魔力で侵食し、

より劣化させるのだ。


魔王大戦中に建設された、

かの有名な抗魔冒険者戦団の軍用列車が良い例である。

工学的にまともな走行が不可能であったが、

当時開発されたばかりだった『安定』を使い、

長きにわたって現役を保ったのだ。

その列車の整備士が、

部品の劣化があまりに酷く、

何度整備を担当しても驚きを隠せなかった、

というのは有名な話である。

こうした話が徐々に広がる中で、

「『安定』が付与された貨車は、

車輪が歪んで いずれは線路の上を浮いて走る」と言われだした。




アファルイーはあれこれと不安を感じているが、

乗れた事自体がありがたいことに変わりはない。


実際、鉄道なしで自力で北上しようものなら、

身の毛もよだつような時間がかかる。

しかも、安全とは程遠い環境である。

そう考えると、アファルイーは思わず絶句してしまう。

アファルイーは苦し紛れにあたりを見回し、

貨車の様子を観察する。


椅子もなければ屋根もない貨車で、

多くの獣人がぎゅうぎゅう詰めになって座り込んでいる。

体は薄汚れ、全員が独特な苦悩の表情を浮かべている。


鏡が手元にあれば、

自分自身もそういう表情をしている姿を

拝めていたかもしれない。


アファルイーは乗客の一人一人に目を移し、

その姿を観察していった。


あるところには半裸の者

あるところには薄汚れた身なりの者

あるところには体毛越しに分かるほどやせ細った者。

生きているのか死んでいるのかわからないような者。


凄惨な状況を前にして、

アファルイーは目をそらしてしまう。

何度見ても、どれだけよく見ても、

現状が変わることはないのだ。


アファルイーは獣人族という種族を心底 軽蔑している。

それでも、この場にいる獣人族に対する同情の感情はぬぐえなかった。



アファルイーは子供を自分のほうに寄せ、

視線を青空に固定した。


大変な快晴であった。


――――――――――


三日三晩。

あるいはそれ以上の時間。

列車はほとんど止まることなく進んでいった。

その道中の風景といえば、

獣人を思わせる農民の農作業や、

荒れ果てた大地がほとんどだった。

最初 目にした時には何か感じるものがあったが、

既に飽き飽きしてしまった、というのが本音だ。


一方、貨車の中の凄惨さは一層増していた。

満足な食料もなければ、

休息を得ることもできない。

衛生状況は壊滅し、

完全に動かなくなった乗客も出てきていた。

不謹慎であることを恐れなければ、

死んだ、と考えるのがもっとも妥当である。


列車の走行中にも、

耐えきれずに貨車から飛び出す者もいた。

そのせいで、自分も飛び出そうかと悩んでいるのか、

挙動の怪しい者も出てきた。

だが、飛び降りたところで

その先には何ら明るい未来があるわけではない、

ということは明らかだ。


結局、悩むだけ悩んで気を病むか、

あるいは意を決して飛び降りて、

命を消費するかの2択だった。




一方、アファルイーにも、

既に限界がおとずれようとしていた。


獣人族に対する警戒

長時間にわたる聖術『朦朧』の行使


アファルイーは人生の中で

1、2を争うほどに疲労していた。

いつまでこんな状況が続くのか。

状況を理解していない子供の姿を横目に、

アファルイーは形にならないため息をついた。


だが、すぐに貨車の空気感が変わっていることに気付く。

動ける乗客達の多くが前方に注目していたのだ。

アファルイーは恐る恐る獣人達の視線を追っていった。


アファルイーははっとする。

ベルオクスのものと思しき国旗が掲げられている駅が、

眼前に迫っていたのだ。


目的地に着くのだ。

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