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ヒトの伝説  作者: Glucose-One
第1章 とある精霊、あるいはとある子供 1887-1888
2/17

第2話

〈〈1888年 ケンベロ連邦王国

  ファンフハイト公国 シメンブルク群〉〉

今から約276年遡る1611年5月14日。

その日、当時の魔人族の国家である大魔帝国が、

一発の新型爆弾を用いた。

その日以来、

世界は俗に言われる暗黒時代を迎えた。

国民投票によって魔王に就任した一人の魔人が、

「魔人族をもう一度偉大にする」というスローガンを実行に移したのだ。

魔王はそのスローガンの元、

ここ北方大陸中の多くの小数亜人族を絶滅させ、

多数の主要人型種族を屈服させていった。

終いには、本来 魔人族が立ち入れないはずの中央大陸にまで無理矢理侵入し、

その半分を破壊と汚染の広がる汚染の大地へと変えた。

だが、54年前にかの勇者が魔王を討伐したことで、

200年以上に渡って覇権を維持した大魔帝国は、

わずか2年で崩壊した。


それ以来、世界の構図は変わった。

「『魔人族』対『その他人型種族』」という構図は過去のものとなり、

人々は種族を超えた協力と復興に勤しむようになった。

そうして、世界に真の平和が訪れることが願われた。


が、そうはならなかった。

いかなる権力も存在しなければ国境線もない荒れ果てた大地で、

人々はそれぞれの種族に分かれて領土争いを始めたのだ。

それは戦いによってではなく、

陰湿で凄惨な政治戦争だった。



北方大陸の中でも特に荒廃が酷い中央部では、

その国境線を巡る戦いに負けた小数亜人族が小国を乱立させている。

今や、彼らは大国の帝国主義に呑まれ、

多くが植民地と化した。


件の2人がいるケンベロ連邦王国は、

国際的には貧困国として名高いが、

国境線を巡る戦いを有利に進めたため、

巨大な領域と莫大な人口を抱える貧困大国と揶揄されている。

この国もまた、近年の帝国主義運動の最前線にいて、

北方大陸南部の数々の小国を植民地にした。


この国の植民地政策の特徴は、

本国と植民地の境界が極めて曖昧であることだ。

両者の間には境界線こそ引かれているが、

ほとんど本国と同様の行政管理下にある。

それがなぜかは、アファルイーの知るところではない。

少なくとも、彼女にとって極めて都合がいいのは確かだ。



ダルクドルフ群の東部の町からの数か月にわたる旅の末、

2人は本国の国境付近に達した。

今、2人の目の前には、

ここが国境付近であることを示す不格好な碑石が置いてある。

かなり北上した先には形式上の検問所があるが、

2人はそれを通過できるだけの書類も資格も持ち合わせていないし、

わざわざ用意するような義理もない。

国境付近には警備員もいなければ、

勝手な出入りを防ぐ物理的・法術的仕掛けも見当たらないのだ。

アファルイーは子供の手を握り、

意を決して碑石の向こう側へジャンプした。


無事、国境を超えた。


――――――――――


〈〈1888年 ケンベロ連邦王国

  ケンベロ連邦国領ルーネラント 西ルーネラント〉〉

ルーネラントでは、獣人族と同じ祖を持つ「ルノウェロ」と呼ばれる少数亜人族がいる。

彼らはルノウェロ獣人族と呼ばれる。

一般的な獣人族は

たまに獣の部位を持って生まれる程度であるが、

ルノウェロ獣人族は、

狼が2足歩行しているのかと見まがうほどに、

狼の要素が容姿に濃く出ている。

彼らは一般的な獣人族よりさらにすぐれた身体能力を有しているだけではなく、

何らかの『特殊技能(スキル)』を持って生まれる比率が非常に高い。

また、その『特殊技能(スキル)』は総じて珍しく、

強力である傾向が強い。



アファルイーがそんな彼らに期待したのが、

精霊人(エルフ)族に対し敵対的ではない、という点だ。

これに関しては、

アファルイーは古い文献で見かけたことがある。

大分古い情報であり、

信用に値するかは不明だ。

だが、出来れば対話をしたいと考えていた。

ここから先の道に関して、

アファルイーは全くといっていいほど情報を得られなかったのだ。

精神的にも限界が近づいている。



アファルイーは子供の手を握りしめ、

そそくさと国境から離れていく。

2人は道なき道を数時間進んでいき

やがて集落に行き着いた。

村の中心部はまだ先にあったが、

十分様子を伺うことが出来る。

当然、村の中心にある教会の姿は、

何よりも先にアファルイーの目に飛び込んできた。


中央教会の信徒であるアファルイーだったが、

多くの獣人族が信仰するのはダンバロ派教会だ。

アファルイーはダンバロ派と思しき教会を前にして、

激しい不快感を感じる。

何故なら、ダンバロ派が考える天使には、

獣の耳と尻尾がついているからだ。

信仰心を失ったと感じたアファルイーだったが、

まだ完全には失いきっていないのを感じた。


アファルイーは自らの感情に蓋をして、

恐る恐る村に足を踏み入れる。

あるところからは

農業に勤しむルノウェロ獣人族の姿が遠巻きに見える。

またあるところからは、薄汚い家畜の姿が見える。

中でも、ちらりと見えた馬は

アファルイーに嫌悪感を抱かせた。

中央大陸では長距離移動の際、

ユニコーンを用いることが多い。

馬とユニコーンでは体格こそ似ているが、

清潔感に圧倒的な差があるのだ。


外大陸の動物とはこれほど不潔なのか。

そういう思いを抱かせる。

だが、彼女は自分が部外者であることを改めて自覚し、

冷静に歩みを進めていく。


2人は、村の中心部がすぐそこというところで

一人のルノウェロ獣人族の男と鉢合わせた。

男は、鶏小屋からそう遠くないところで生きた鶏から羽をもいでいた。

普通は殺してから行うのでは、と思ってしまう。


男がこちらの存在に気付くと、

しばらく何も言わずに見つめあった。

精霊人(エルフ)族であるアファルイーの声帯では、

獣人族の言葉を発することは出来ない。

同じことが向こうにも言える。

アファルイーは、付け焼刃で覚えた獣人族の言葉を、

聖術を用いて宙に描いた。

それを相手が読めるよう裏返して、様子を伺う。


だが、アファルイーの予想どおりと言うべきか、

男の表情は芳しくない。

植民地の小さな村で農業に勤しむ特殊獣人族が

文字を読めるはずなかった。


「そりゃ獣人族の文字か?

 俺には読めん」


その男の言葉は

アファルイーには届かない。

だが、彼女の隣にいる子供は違った。


アファルイーは腰を低くし

子供にささやいた。


「彼に話しかけてちょうだい」


子供は頷いてアファルイーの前へ出ると

台本を読むようにしてしゃべりだした。


「みちをたずねたいです

 はなせますか?」


子供は、自身の精霊としての力である聖法を用い、

西方のルノウェロ獣人訛りがきいた獣人語を瞬時に習得したのだ。

対象の思念を漠然と感じ取る一般的な精霊とは違い、

音を『言葉』として認識できるからこその芸当だった。


「なんだ?」


男は訝し気な顔をすると、

そのまま鶏を絞め殺して立ち上がった。

驚くアファルイーを他所に、

男は足早に背後にある家に向かっていく。


しゃがんでいたため分からなかったが、

男の身長は2メートルを優に超していた。

狼を思わせる風貌は

立っているだけでも威圧感を与える。


暫くすると、遠くから怒号が聞こえてきた。


「おい、レグウェイ!

 わけわからん奴が来たぞ!」


それから、木と藪の家から物音がすると、

やがて同じような見た目をした別の男が出てきた。

種族元来の逞しさはあるものの、

先ほどの男と比べると貧相な体だ。

ただ、服装はやけにきっちりとしている。


「ありゃ獣人族か?

 容姿をぼかしてやがるな……」

「よく分からんが、

 気色悪い見た目してやがる

 俺は向こうに行っているから、

 何とかしといてくれ」


そう言うと、男は颯爽と立ち去っていき、

新たに出てきた男が2人に近づいた。


「なんか喋ってみろ」


男はぶっきらぼうに言い、

口の前で手をくの字にして閉じたり開いたりするのを繰り返した。

アファルイーにはその意味が分からない。

ジェスチャーが通じず、

男が気だるげに呆れていると、子供は言う。


「なんかしゃべってほしいみたい」

「なんかって、何?」


眉を顰めるアファルイーを他所に、男は口を開いた。


『今俺が喋ってる言葉、分かるか?』


男が話し出したのは、精霊人(エルフ)族の言葉、精霊語だった。


『俺はレグウェイってんだ

 ルノウェロ獣人族だ

 お前は何だ?

 魔術かなんかで容姿をぼかすのを止めてくれ

 食ったりしないから』


アファルイーは男の口調に驚かされる。

彼女と同じ、東部訛りがきいた上流階級の発音なのだ。


「…わ、私は精霊人(エルフ)族よ。

 この子は、人族みたいな見た目をしてるけど、一応精霊

 この漂っている光もね」


アファルイーは身体にかけた聖術『朦朧』を解いて言う。


『おお、精霊人(エルフ)

 例の、中央大陸の?

 えらい内戦が起きたんだってな?』


男は口を大きく開けた。

巨大な牙や舌、大量のよだれが伺える。


「……どうして、精霊人(エルフ)の言葉を話せるの?」

『そんなことが気になるのか?

 お前の隣にいるガキだって、

 人族みたいな見た目してるくせに、

 お前と会話できてるだろ?』

「それはこの子が精霊だからよ

 この子は普通の精霊と違って『言葉』の概念を持っているから

 聖法を使って簡単に他言語を習得できるの」


とはいえ、理解できる単語量が少なすぎて、

今はまだ翻訳の媒介としては不十分であるが。


『よく分らんが、

 そんな奇跡みたいなことが成り立つなら、

 俺に何ができても不思議じゃないだろ

 俺はルノウェロ獣人族だぞ?』

「『特殊技能(スキル)』のおかげなのね?」

『そうだ

 誰がどんな言葉を使っていようと、

 そいつと話している限り、

 俺はそいつの言葉を理解できるし、話せる

 そういう『特殊技能(スキル)』を持ってる

 俺は読み書きは出来ねぇし、

 かといって頭も良くねぇ

 だけど、この力を使って政府の犬みたいに働いて、

 それで食っていけてたんだ

 ……解雇されて、実家暮らしに戻っちまったがな』


そんな強力な『特殊技能(スキル)』が存在するのか、

という驚きはあったが、

下手に疑う必要はない。


「それなら、

 ここら辺の地理について教えてくれない?

 北上したいの

 教えてくれたら

 この村の農地に聖術を施すわ」

『聖術!

 そりゃいい!

 教えてやるよ』


アファルイーは地図を取り出した。


「検問所に引っかからずに、共連に行きたいの」

『どこだって?

 変な略称を使ったか?

 『特殊技能(スキル)』で翻訳できん』

「……ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦よ」


アファルイーは皮肉っぽくはっきりと言った。


ベルオクス=ウェルリオ共和国連邦とは、

北方大陸北西部にある国家だ。

歴史上、長らく君主を共にしてきた魔力系特殊人族のウェルリオ人族と、

ベルオクス系人族で構成されている。

経済規模は北方大陸で最大規模であり、

植民地競争を巡ってケンベロ連邦王国と対立している。


『はい、はい、はい、ベルオクスな

 お前がどんな略称を使ってるかは知らんが、

 こっちじゃそれを、「ベルオクス」って略すんだ

 ウェルリオ人はこの略称が気に食わないみたいだが、

 ウェルリオって略しても伝わりづらいのは確かだ』

「…で、どう行けばいいの?」

『そりゃお前、ここの、

 まだ植民地化されてない地域を伝って北上して、

 ベルオクスの植民地に入ればいい

 不法に出入国を繰り返すルートだが、

 気にすんな』


アファルイーはレグウェイの指示に従い、

地図に印をつけていった。


『そういやお前、精霊人(エルフ)のくせに

 何でこんな国にいるんだ?

 その上、こんな遠回りなルートで北上するなんて、

 どういう神経してんだ?』


アファルイーはゆっくりと視線を上げた。


「通報でもするつもり?」

『バカ言え

 通報のために、

 隣町まで数時間かけて移動するはめになる

 仮に通報したって、

 誰も来やしねぇしな

 単純に、なんでこんなとこにいるのか聞きてぇんだ

 ダンバロ派のこの国が、

 精霊人(エルフ)族を受け入れるはずがないことぐらい

 知ってるだろ?』

「知ってるわ

 まだ殺されていないことに感謝している最中よ」


アファルイーはためらいながら続けた。


「私は東部から命からがら大陸を出たのよ

 そのせいで、一文無しで、

 しかも無計画な状態でこの国に行き着いてしまったの」


レグウェイは、何かを察した顔をする。


「あなたがどのくらい事情通か知らないけど、

 東部は大変なことになったわ

 政教分離どころか、

 政治で宗教を叩き潰したい、

 って考えてる連中が勢力を確立したの

 そのくせ、

 精霊人(エルフ)族は天に選ばれた聖なる種族だ

 とか言ってるんだから救いようがないわ

 それで、何とか大陸を出てベルオクスを目指したけど、

 途中で難破してこのありさまよ」

『一緒に来た奴はどうした』

「浜辺に着いてすぐに移動し始めた私達と違って、

 他の連中はだらだらしてたわ

 時間さえかければベルオクスに行ける、ってね

 で、出迎えに来た獣人達に

 八つ裂きにされるのを遠目から見たわ」


レグウェイは深いため息をつくと、

足早に家に戻っていき、

やがて汚い布で包まれた小包を持ってきた。


『金だ

 北方まで鉄道で行くなら、

 これだけあれば十分だ」

「……受け取れないわ

 聖術をちょっとやそっとかけるぐらいじゃ返せない

 道を教えてくれた礼をするので精一杯よ」

『さっき俺が指定した地域には、

 『中央縦断鉄道』ってのが通ってる

 復興だのなんだの言って列強が小国に圧力をかけて、

 無理矢理借金させて作らせた鉄道だ』


レグウェイはそう言うと、地図の中央にある一本の線をなぞった。


「最近だと、ケ連邦とベルオクスが、

 それぞれ南北に分かれて大陸横断政策を行ってる

 そのせいで大陸は分断されちまって、

 中央鉄道が使いもんにならなくなりそうなんだ

 だが、まだ使える

 徒歩だの馬車だのじゃあ、

 いつ魔物やら盗賊に殺されても文句は言えねぇ

 それに、この金は別に、

 俺の全財産ってわけじゃない』


アファルイーにとって、

レグウェイの厚意を無理に断る理由はない。

かといって、無償に近い形で受け取るのはどこか申し訳なく、

また不安でもあった。


『俺のじいちゃんは、

 魔王大戦の時に冒険者をやってたんだ

 そん時、偶然出会った精霊人(エルフ)族に助けられて、

 パーティーも組んだらしい

 この金は、俺の一家からのお礼と思ってくれればいい』


アファルイーは、小銭の入った小包を受け取り、柄に合わないような感謝の言葉を伝えた。

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